第527話 トラヴィスからの支援
「ルーク店長! こちらにどうぞ!」
「待ちかねたぞ、ルーク! まったく、どこで油を売っていたんだ?」
レイラもトラヴィスも『微妙な空気が払拭できずに困っていたところに共通の友人が現れた』としか表現しようのない態度で、さっきまでレイラのいた場所に来るように促してくる。
ガーネットはもう一個の椅子を引っ張ってくると、そちらをトラヴィスの正面に置いて、自分はレイラが座っていた椅子を横にずらして腰掛けた。
「わ、私はこの辺りで! トラヴィス様、続きはまたの機会にでも……!」
足早に部屋から駆け出していくレイラ。
その後姿を見送りながら、アレクシアは微笑を浮かべてやれやれと首を横に振った。
「私も売り場に戻っておきますね。それと例の案件ですが、もうすぐ実行に移せるところまで計画が煮詰まりそうですよ」
「本当か? それはよかった」
「でも、一番低コストな手段はルーク君のスキル頼みなんですね。そっちが採用されるようなら、色々とお願いします」
「……ああ。俺が請け負った仕事だからな。責任持ってやり遂げるさ」
つい右の目元に手を添えてしまいながらも、何気ない風を装ってアレクシアに返答する。
そしてアレクシアが部屋を立ち去り、俺が椅子に腰を下ろしたタイミングで、トラヴィスがわざとらしく大きな咳払いをした。
「あー、さっそくですまんが本題に入らせてもらうぞ」
「待たせて悪かったな。始めてくれ」
明らかに、レイラと一緒にいたことを掘り返されまいと急いだのは明らかだったが、深くは追求せずに話を聞かせてもらうことにする。
下手にからかったら意固地にさせて逆効果になりかねない。
当面は大人しく見守っておくのが最善だろう。
「実はな、お前がアダマントについてアスロポリスのドワーフ達に尋ねる予定だと聞いたので、もののついでに聞き込みをしてみたのだ。成果はこの手帳にまとめてある」
「……! そんなことをしてくれてたのか」
トラヴィスがテーブルに滑らせた手帳を受け止めて拾い上げる。
「余計なお世話だったかもしれんが、別件で情報収集をする必要があったからな」
「助かるよ。なかなかダンジョンに足を運ぶ機会がなくて困ってたんだ」
心からの感謝をトラヴィスに伝える。
ダンジョン内の移動ルートの整備が進んでいるとはいえ、第二階層にあるアスロポリスまでの移動時間は、おおよそ二日程度を見なければならない道程だ。
遠すぎるというほどではなくても、他の仕事も進めなければならない段階で赴くには、往復四日、現地の滞在も含めれば五日前後の往復というのは少々難しい。
その問題を解消してくれたことに感謝しないはずなどなかった。
「ただ、別件の聞き込みのついでに一言添えただけだから、あまり詳しくは調べられてはいないかもしれん」
「お前がやって駄目だったなら俺にも無理だ。ありがたく使わせてもらうとするよ」
手帳に記された情報の確度という点において、俺は大して疑いを抱いていない。
俺のような曲りなりの出世ではなく、実力でAランクの地位を掴むほどとなると、情報収集能力も冒険者の中で間違いなくトップクラスといえる。
さもなければ、Aランクまで上り詰められるほどの成果を叩き出すことは難しいのだ。
もちろん実際に一軒一軒ドワーフ達を尋ねて聞き込みをしたのは、トラヴィス本人ではなくパーティメンバーの冒険者達なのだろうが、そこはさして問題にならない。
何故なら、パーティを率いる冒険者の『情報収集能力』とは、パーティメンバーを上手く使って情報を集めさせることも含めての評価なのだから。
「どれどれ……?」
さっそくページを軽くめくり、少しだけ内容に目を通してみる。
それと同時に、トラヴィスも口頭で簡単な説明を加えた。
「俺達が調べたところによると、どうやら第二階層のドワーフの社会にも『イーヴァルディがアダマントの剣を打った』という伝承があったらしい」
「魔王ガンダルフの剣だっていうことも伝わっていたのか?」
「いや、誰のために打ったのかは不明とのことだ。奴らにとってもアダマントは伝説上の金属で、それを使って武器を打ったということそのものが、単体で神話足りうる題材になるようだ」
やはりそうなるかと内心で納得する。
もしもイーヴァルディが魔王ガンダルフに剣を作り与えたと伝わっていたなら、これまでに騎士団やギルドの耳に入っているはずだ。
アダマント云々の方は『地上の人間達には関係ないから教える意味がない』と思って当然だが、ガンダルフに関する情報はそうではないのだから。
「ここからが重要なんだが、ドワーフの中にはイーヴァルディがアダマントを加工した技法の再現を研究している者もいた。アダマントの現物は彼らの手元に存在しないが、その技法は通常の鍛冶にも活用できると考えたらしい」
「だけど……手帳を見る限り、成果は芳しくない、と」
「しかし、現時点で突き止められていることは包み隠さず教えてもらえたぞ。アスロポリスの窮地を二度も救った男のためならケチ臭いことはなしだと言ってな」
トラヴィスはそう言って豪快に笑った。
アスロポリスを二度も救ったのは、確かに客観的な事実かもしれないが、改めて言葉にされると気恥ずかしいことこの上ない。
まず、一回目は中立都市アスロポリスを冒険者の探索拠点にする条件として、夜が明けなくなってしまった第二階層の天井の発光機能を直したとき。
そして二回目は、管理者フラクシヌスの暗殺を目論むアガート・ラムを、現地の魔族達と協力して撃退したときだろう。
前者はこちらの利益を目的とした協力で、後者は成り行きと個人的な理由からの敵対だったので、救世主か何かのように表現されるのはくすぐったい。
「ともかく、役に立てそうなら何よりだ。頼らせてもらってばかりでは気が引けるからな」
トラヴィスは椅子から立ち上がって帰り支度を始めようとしたが、不意にその手を止めて一言付け加えた。
「……おっと、そうだ。大事なことを忘れるところだった」
「どうかしたのか?」
「セオドアが第四階層の探索に乗り出し、お前もそちらに関わっていると聞いた。なので第二階層にいる冒険者を一人、第四階層の探索に向かわせようと思うのだが……」
しばし考え込む素振りを見せてから、トラヴィスは俺にとって馴染み深い名前を口にした。
「やはりお前と気心の知れた者がいいだろう。シラヌイ・サクラに話を持ちかけてみようと思うが、不都合はないな?」




