第518話 若き日の思い出 前編
ミランダとの最初の話し合いを終え、彼女が経営する裁縫店を後にする。
ひとまず耐熱服の加工にミランダの協力を得られることは確定。
後はノワールが設計を固めれば、開発作業を先に進めることができるはずだ。
店舗を出て場所を変えようとした矢先、サクラが真剣な面持ちでノワールに話しかける。
「ノワール。少しいいだろうか」
「……? ど、どうか、した……のか?」
「この案件が終わったら、個人的に依頼したいことがある。いや……戦力の底上げという意味では、私個人の問題に収まらないのかもしれないが……」
俺とガーネット、そしてシルヴィアも足を止めて振り返り、サクラがノワールにしようとする相談事に耳を傾ける。
「端的に言おう。今回の案件の技術を応用して、私の『神降ろし』を制御する装備を作ってもらいたい」
ああ、そういうことか――傍から話を聞きながら納得する。
サクラの最大の関心事は確かにそれだ。
戦力増強、ひいては探索の成功確率の向上という面でも、神降ろしの安定化は影響が大きい。
「既に知ってのとおり、私は未だ神降ろしを完全に制御できているという自信を持つに至ってはいない。絶対にできないと断言するには至らないが、万が一の事態を考えると、どうしても発動をためらいがちになる」
神降ろし。ここにいる面々には改めて説明するまでもないであろう、サクラの切り札にして完成を目指すべき目標。
第二階層における数々の戦いを経て、神降ろしには暴走の危険と更なる進化の可能性の両方が見いだされてきたが、本人にとってはまだコントロールに成功したとは言い難い感覚のようだ。
「以前、不覚にも暴走の愚を犯してしまったときは、梛の見様見真似の東方呪術とメリッサの属性魔法の組み合わせで、高熱の魔力の昂りを相殺して食い止められたと聞いている」
あれは第二階層に到達して間もなくのこと。
未知の環境に潜む自然の驚異――地上にはない瘴気溜まりが冒険者を苦しめていた頃、原因究明に乗り出した俺達は魔王軍四魔将の一人、火のスズリに遭遇した。
スズリと戦いを繰り広げる中、奴が利用している現在の肉体が、死んだはずのサクラの父親であったことが判明する。
その事実に動揺したサクラは神降ろしを暴走させたが、前々から万が一に備えていたナギとメリッサのおかげで無事に食い止められ、さしたる被害を出すこともなかった。
後にサクラの父親が『奈落の千年回廊』に潜った者達の一人であったことが分かり――いや、これ以上は今の話題とは関係のないことだ。
「……そ、その術式、を……魔道具で、再現……して、みたいん、だな……」
「そのとおりだ。確実に暴走するとは言い切れず、さりとて暴走の危険を無視できないのであれば、何らかの安全装置を設けるのが上策だと思うんだ」
サクラの提案はどの分野でも同じことが言えるだろう。
できる限り危険なことが起こらないようにするのは必要だが、絶対に安全であるという確証を得ることは不可能だ。
そこで役に立つのが各種の安全装置である。
何か起きたときに被害を抑えられるのはもちろんのこと、何かが起こってもどうにかなるという安心感を得られることが、何より大きいメリットといえるだろう。
「……もちろん、請け負う……さ。だけど……私、だけ、では……難、しい、から……」
「梛とメリッサには私から協力を求める。奴に頼み込むのは、その、何というか……複雑な心境ではあるんだが」
「ナギ達には俺から言っておこうか」
俺がそう提案すると、サクラは軽く目を丸くして、それからふるふると首を横に振った。
「いいえ、私が責任を持ってやるべきことだと思います。探索パーティの戦力増強という名目があるにせよ、結局は私自身の目的に直結することですから」
「そうか……じゃあ余計なことはしない方がいいな」
「お気遣いありがとうございます。気にかけて頂いただけで充分です」
話が一通り纏まったのを見て取ったかのように、シルヴィアがポンと手を叩いて割って入る。
「では、続きは宿に戻ってからにしましょうか。こんなところで立ち話っていうのも良くないですし」
「そうだな。すまない、思わず話し込んでしまった」
「く、詳しい……打ち合わせ、も……やっておこう……」
「お茶とお菓子も用意しておきますね。それじゃあ、ルークさん。私達はこの辺で」
春の若葉亭に戻るサクラ達に別れを告げ、ガーネットと二人で自宅へ帰ることにする。
さて……ここからが一番の問題だ。
ガーネットは何事もなかったかのように押し黙っており、周囲には人の目もたくさんあるので、しばらくは何も喋らずに歩き続ける。
やがて町を離れて山中の坂道に差し掛かり、人の気配がなくなった辺りで、俺は意を決して口を開いた。
「なぁ、ガーネット」
「別に怒ってねぇよ」
「…………」
確かに怒ってはいないようだったが、露骨なまでに不機嫌だ。
不愉快そうだと言い換えてもいいかもしれない。
誰を責めるべき案件でもないと理解しながらも、快く感じないという思いを消し去ることもできていない……といったところだろうか。
「お前みたいな奴にこれまで誰も引っかからなかった……なんて言われたって、とてもじゃねぇけど信じられたもんじゃないからな」
「そんなのは最初の五年くらいだよ。スキルが少なくても、ランクが最低のEランクのままでも、まだ違和感が少なかった頃の話だ。五年、十年と経てば相手にされなくなって……」
「つまり最初の方は、それなりに遊んでたってわけか」
あからさまな表現を投げつけられてしまったが、咄嗟に全面否定することもできなかった。
俺にだって、十代後半だとか二十代前半だとかいう時期はあった。
今ではまずやらないようなことも、当時の友人と一緒にやってきた覚えはある。
まぁもちろん、女が苦手なトラヴィスは常に例外だったけれど。




