第517話 命を守るための服
とにかく、伝えておかなければならないことは全て伝えた。
残るはミランダがどう思うかだ。
「もちろん無理にとは言いません。気が向いたなら……」
「……あはは。世間って狭いんだなぁ。こんなところでヴェラのことが分かるなんて」
ミランダは一頻り困ったように笑ってから、短く呼吸を整えて顔を上げた。
「ごめんなさいねぇ、余計な気なんか使わせちゃったみたいで。返事を先送りにすると迷惑だろうから、この場で決めさせてもらいますよ」
「と、言いますと」
「ヴェラの件は個人的なことなので置いておくとして。死なせないための装備を作る……防具職人じゃなくて一介の仕立て屋にそんなことができるなら、そりゃあ嬉しいに決まっていますけど……本当にできるんですか?」
俺はもちろんだとばかりに頷き、ノワールに視線を向けて説明を促す。
ノワールは俺に頷き返してカウンターに資料を広げた。
「……第四階層は、火山のような……高温地帯……普通の、装備なら……数日と、生きて、いられない……だから、こういう、服を……作り、たい……」
「どれどれ。なるほどなるほど……ホワイトウルフさんとこで評判のスペルスクロールを布で作って、そいつで肌着を仕立てたり上着の裏地にしてしまおうと」
「上着、は……裏地の、取り換えを、簡単に……したい……着心地も、損ねない、ように……でも……私には、無理だ……」
「だから私に依頼を持ち込んだと。なるほどなるほど……」
広げられた資料を眺めるミランダの眼差しが、にわかに鋭さと真剣味を増す。
口調はさっきまでと同じ投げ槍なものでありながら、職人の目線から新装備の計画内容を吟味しているのが伝わってきた。
「面白いね。こっちが指定する寸法でスペルスクロールの布を用意してもらえるなら、技術的には問題なく可能だ。素人でも取り換えられる方法でコートの内側に固定して、なおかつ異物感を感じさせないってのも何とかできると思うよ」
「……ほ、本当か……?」
設計に太鼓判を押すようなミランダの返答を受け、ノワールがカウンターの向こうに身を乗り出す。
ミランダはそんなノワールの額を前髪越しに押し戻しながら、今度はノワールではなく俺に話しかけようとする。
実務担当者ではなく総責任者に話を振るということは、恐らく技術的な問題ではなく金銭面の確認をしようとしているのだろう。
「だけどコストは相応に掛かりますよ。具体的には倍くらい高く付きます。肌着は材料費のアップだけで済みますが、上着の方はどうしてもお値段マシマシですね」
「金額は気にしなくても構いません。パーティのリーダーはAランクのセオドアですし、探索の重要性を鑑みればギルドや騎士団からも資金を回せるかもしれませんから」
予想通りの問いかけが寄越されたので、事前に用意していたとおりの答えを返す。
基本的に冒険者の探索資金は私費であるが、例えば探索の障害となる魔王の討伐を目的とした探索のように、公益性が高いと認められた場合はギルドや領主からの資金援助を受けられる場合もある。
事前支払いだったり探索後の申請だったりと形態は様々だが、第四階層の探索ならば間違いなく認められるだろう。
またそうでなくとも、辺境伯たるビューフォート家の嫡男であるセオドアは、金銭面で他の冒険者達を大きく引き離しているのだ。
「へぇ、あのお貴族様が。だったら金銭的なコストは度外視しても良さそうですね。だけどこの辺の領主様はおたくなんですし、資金を回せるかもしれないってのはどうかと思いますけど」
「む……まぁ、確かにそうなんですが。町役場に丸投げしていますから、相談くらいはしないといけませんよ」
ややもすると自分でも忘れがちな点を指摘され、とりあえず言い訳を返しておく。
それにしても、ミランダの態度は明らかにさっきまでと違っていた。
後ろ向きで意欲のない雰囲気は鳴りを潜め、興味津々で前のめりになって計画書を覗き込んでいる。
まるで興味深い仕事を持ち込まれた、ノワールやアレクシアのような反応だ。
ミランダはそんな俺の眼差しに気が付いたのか、へらりと笑って顔を上げた。
「冒険者の死装束を作りたくないっていうのは本当です。今もそう思ってますし、多分死ぬまで変わりません。だけど……防具にはならないただの『服』で命を守れるっていうなら……まぁ、結構やる気が湧いてくるみたいです」
「それじゃあ……」
「この仕事、お受けします。材料さえ揃えば全力で仕上げてみせますよ」
全面的な承諾の意思表示に、シルヴィアが声を潜めて喜色を露わにし、サクラがほっと胸を撫で下ろす。
そして開発担当者のノワールは、計画の進展が保証された喜びに興奮を抑えきれない様子で、立て続けに何か喋ろうとしてはその度に言葉を詰まらせている。
もちろん俺も一安心である。
せっかくシルヴィアが紹介してくれた仕立て屋であり、腕も確かな職人だというのに、交渉が上手く行かずに流れてしまうなんて勿体ないにも程がある。
「ありがとうございます。詳細な条件の決定はまた追って……」
「ところで、それとは別件なんですがね」
ミランダがにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「よかったらヴェラのことも色々と教えてもらえません? 最後に会ったときはどこに住んでたとか、変わりはなかったかとか、色々と。ひょっとしたら私より親しかったかもしれないんでしょ?」
「ま、まぁ……それはおいおいということで……最後に会った町なら今教えられますけど、もう引っ越しているかもしれませんよ」
「それでも十年音沙汰なしだったのと比べれば大前進ですよ。いやぁ、結婚してたのかぁ。知らなかったなぁ」
俺とミランダの予想外の繋がりで、ミランダがこんなに喜んでくれているのは良かったが、対する俺の心境は決して穏やかではなかった。
ガーネットはいつの間にやら人の輪を離れ、店舗の隅の棚にもたれかかって、諸々の感情が入り混じった心境を持て余した様子で、すっかり黙り込んでしまっている。
もしも俺と二人だけだったなら、それが何であるにせよ感情を思う存分にぶち撒けることができたのだろうが、素性を隠さなければならない現状ではそうもいかない。
この一件が終わって自宅に戻ったら、しっかり相手をしないとな――俺はそう心に決めて、ミランダとのやり取りを最後まで進めようとするのだった。




