第513話 魔道具職人、ノワール 中編
そういうわけで、俺達は場所を春の若葉亭に移し、出勤日ではなかったアレクシアも含めた本店スタッフ全員で夕食を取ることにした。
依頼に絡む話もする予定なので、普通の食堂ではなくシルヴィアに頼んで個室を用意してもらい、部外者の目を気にしないで済むようにするのも忘れないでおく。
シルヴィアにはこれまでに何度もそういうお願いをしているので、いちいち事細かに説明するまでもなく理解してもらうことができた。
こんなやり取りを当たり前にしていると、俺達もすっかり常連客らしくなったものだなと、今更ながらにしみじみと感じてしまう。
さて――まずは全員が思い思いの注文を済ませたので、料理が届くまでの間に仕事の話を進めてしまうことにする。
「それじゃあ、さっきノワールと話してた話題なんだが、携帯用冷却器の進捗について教えてもらえるか」
俺はごく自然に、例の案件を担当しているアレクシアとノワールに目をやった。
するとアレクシアは目を何度か瞬かせ、それから思い出したように「ああ、そうでした」と頷いた。
「セオドア卿からの依頼なんですが、ノワールと相談して役割分担することにしたんです」
「そ、そのこと、も……若葉亭、で……説明、しよう、かなと……思って……」
「端的に言うとですね、個人携帯用のはひとまずノワールにお任せして、私は第四階層への上り下りと拠点建設の方に注力しようかと思いまして」
なるほどな、と頷き納得する。
依頼の進め方には二人に大きな裁量を任せてある。
何だかんだ言っても店長を始めて一年と少しの俺よりも、アレクシアの方が機巧技師として長く仕事と向き合っているわけだから、仕事の進め方については心から信頼しているのだ。
「当然ですけど、お互いに丸投げというわけじゃないですよ。でも個人携帯用の道具となると、やっぱり機巧より魔道具が近いですし、大掛かりな案件に取り掛かるときはそっちに本腰入れたいですから」
アレクシアは前菜代わりにと出された種実をこりこりと齧りながら、分担に至った考え方について簡潔に説明した。
「と、いうわけで。今日はノワールが主役ということでお願いします」
「主役……だなんて……」
ひとしきり困惑を露わにしてから、ノワールは気を取り直して本題を切り出した。
「個人、用の……冷却器は……服の、形に、しようと……思うんだ……」
ノワールはポケットから折り畳まれた紙を取り出し、テーブルの中央付近に広げてみせた。
俺が身を乗り出して覗き込むのと同時に、左右からエリカとレイラも首を伸ばしてくる。
「わっ! 可愛い!」
「ノワールさん、意外と愛らしい絵を描くのですね」
「二人とも余計なことは言わない。話が先に進まなくなるだろ」
不意打ちで褒められたせいで、ノワールがまた口を噤んで縮こまりそうになってしまっている。
その紙に描かれていたのは、異なる二種類の装備品に身を包んだ人物画だった。
精巧な絵画ではなく簡略化されたイラストレーションで、装備品の描写も細かくはないため、設計図というよりは大まかな意図を伝えるコンセプトアートに近い印象だ。
「まず……こっち、は……鎧の下に、着用する、服を……冷却の、魔道具に、する……案だ……」
ノワールは二つの人物画のうち、コートを羽織っていない側を指差した。
「体を、全体的……に、冷やせ、ば……灼熱……空間、でも……快適な、はずだ……」
「だから仕立て屋を紹介してくれっていう話になったわけか。なるほどな」
「な、何か……問題が……ありそう、なら……教えて、くれ……」
「問題点というと……」
顎に片手を当てて軽く考え込む。
何かしらの案を考える場合、それがどんな分野であるにせよ、他の人に駄目出しをしてもらうのは大切だ。
自分の頭の中だけで考えていると見落としに気付けないことがあるし、ひょっとしたら問題ではないのか、という疑いを確信に近付ける材料にもなる。
場合によっては、専門家じゃない方が素朴な指摘をしてくれることすらあるだろう。
「スペルスクロールを応用した使い捨て式だと、限界を越えたら服がボロボロに崩壊することになるよな。使用を肌着だけに限るとしても、実際に使う奴からの評判は良くないかもしれないぞ」
「や、やっぱり……そう、だな……残骸が、服の下に、溜まるのは……気分が、良くない……アレクシアの、使い回せる、タイプが……いいかな……」
ノワールは真剣な面持ちで頷きながら、やり取りの内容をメモに書き込んでいる。
また、意見を出しているのは俺だけではなく、一緒に覗き込んでいたエリカとレイラもだった。
「確かアレクシアさんの懐中暖炉って、ミスリルの金属線で魔法陣を作るんでしたよね。服でそれをやったら、洗濯が大変そうだなって……」
エリカの意見は家庭的で素朴だが、長期探索の使い勝手に対する指摘としては正鵠を射ている。
「使い捨ての方も、時間制限があることを前提に短時間だけ使うなら効果的では? ほら、第四階層は火山の噴火口みたいな場所もあるのでしょう。そういった高温地帯に近付くための強力な装備になるのではないかと」
そしてレイラの意見は、近衛騎士団の中核を担う名家の育ちという経歴からか、広い知見に支えられていることが伺える内容だった。
生身なら近付くだけで焼けてしまうような極限環境――探索の展開次第では、こういったエリアに踏み入らなければならないことも充分に考えられる。
仮にそうなった場合、役に立つスキルを持つ冒険者が可能な限りの防備を固めて挑むことになるのだろうが、それでも活動時間が極端に限られることは想像に難くない。
そこに『程よい冷気を放ち体表を冷やすスペルスクロール式の肌着』を投入すれば、かなり強烈な探索の助けになるだろうし、機能の時間制限よりも現場に留まれる活動制限の方が先にくる可能性は高い。
普段遣いをするにはパフォーマンスが悪くても、第四階層の環境を考えれば十二分に強力な装備となるはずだ。
「うん……うん……ありが、とう。聞いてみて、よかった……凄く、参考に、なった……」
ノワールは俯き気味に書き込みを続け、垂れ下がった前髪の下で嬉しげな微笑みを浮かべた。
「次、は……こっち……コート型の、冷却装備だ……」




