第514話 魔道具職人、ノワール 後編
「次、は……こっち……コート型の、冷却装備だ……」
続けて提示されたのは、冒険者らしき背格好の人物が厚手のコートを羽織っている図だった。
「仕組み、は……さっきのと、同じで……内側に、向かって、冷気を……発生、させる、んだ……」
スペルスクロールを応用しただけの使い捨てタイプにせよ、魔力結晶の魔力を供給器からミスリルの金属線を経て送り込む機巧型にせよ、基本的な原理は変わらない。
冷気を発生させる魔法紋に魔力を流し、それによって体温を下げ熱気を防ぐというものだ。
服としての形状にかかわらず応用できる手法だろう。
「個人携帯用の冷却器というよりは、冷却服とでも表現した方が正確だな。次からはそう呼ぶか」
「冷却服……そうかも、しれない、な……」
「肌着にせよコートにせよ、着用せざるを得ないものに冷却機能を持たせるっているアイディアは凄くいいと思うぞ。それ専用の道具にしてしまうと、どうしても重量が嵩んで邪魔になってくるからな」
冒険者の活動において常に大きな課題となるのは、持ち物や装備品の重量をどう解決するかという問題だ。
武器と防具だけ持ち歩けばいいという単純な探索はまず存在しない。
それが通用するのは駆け出し時代くらいだ。
水や食料の現地調達の目処が経たなければ、それだけでとんでもない質量になるし、安全にキャンプを張る必要がある土地ならそのための道具も必要となる。
筋力や体力を底上げするスキルや、アレクシアが持っている【重量軽減】などの専用スキルなどである程度は対応できるが、それにしたって限界はある。
装備品の重量の低減はあらゆる冒険者達の関心事であり、過酷な第四階層の環境を踏破するにあたって、体を防護する上着が体温冷却を兼ねてくれるのは強力な助けとなるはずだ。
「あの、変な質問だったらごめんなさい。第四階層って凄く暑いんですよね。そんな環境でコートなんか着て大丈夫なんですか?」
エリカがごく素朴な質問を口にする。
「だってほら、グリーンホロウの源泉の近くとかだと、冬でも上着を脱ぎたくなるくらいですし」
「ガーネットも同じようなことを聞いてたな。温泉の暑さとはまた質が違うから、むしろ肌は露出しない方がいいんだ」
「おいこら、今オレを引き合いに出す必要あったか?」
さり気なくガーネットから視線を逸らしながら、その理屈を簡潔に説明する。
喩えるならば、炎に肌を晒すようなものだ。
素肌を炎に近付ければ火傷を負ってしまうかもしれないが、燃えにくい布や革越しに近付ければある程度は耐えることができる。
それに暑さを感じるかどうかは湿度の影響も大きい。
源泉の周りのような場所はとにかく暑さを感じやすいだろうし、乾燥した土地柄なら気温よりも直射日光の熱さの方が重大な問題になるくらいだ。
「なるほどー……グリーンホロウやウォールナットの環境とは全然違うんですね」
エリカは納得顔で深々と頷いた。
そして俺とエリカのやり取りが終わるのを待っていたかのように、今度はレイラが口を開く。
「コート型の場合は、使い捨てよりも使い回せる方がいいかもしれませんね。熱源からの保護のためでもあるのに、冷却が終わったら崩壊してしまうのは都合が悪いでしょう」
「いや、一概にそうとも言えないな」
俺はすかさずレイラの意見に補足を加えた。
「体温冷却ではなく『周囲から浴びる熱を防ぐ』ための装備品は、セオドアが手配することになっているんだ。つまり俺達がコートそのものを用意する必要はないわけだな」
「そうすると、コート型自体の意味が……」
「……あ、ああ、そうだ……これ、は、ね……改造案、なん、だ……」
「改造案……そういうことでしたか」
ノワールの手短な説明を受け、レイラはすぐさま事情を理解してくれた。
「セオドア、が……用意、する……耐熱、装備、品に……冷却機能、を……追加、する。そのため、の……プラン、だ……」
イラストには描き切れなかった事細かな構想を、ノワールは逸る気持ちを抑えきれない様子で語り始めた。
例えばコートの裏地に冷却用の布製スクロールを取り付ける。
縫い付けてしまうのが単純だが、現地で新しいスクロールを簡単に装着できるようにできれば、使い勝手がより一層向上することだろう。
内側にミスリルの配線と小型供給器を取り付けて、魔力結晶の取り付けだけで長期間に渡って使えるようにするのもいいかもしれない。
こちらはどうしても重量増が避けられないので、用途によって使い分けるのがベストになるはずだ。
いずれにせよ、実現のためには魔道具だけでなく縫製の知識と技術も必要になる。
仕立て屋を紹介して欲しいと言ったのは、その分野についての相談や外注をしたかったからだ――というのが、ノワールからの説明の主旨である。
「俺としては、どちらの案もかなり良い線を行ってると思う。とりあえず、実際に試作品を作ってみてセオドア達に試してもらおう」
「あ、ありがとう……安心、した……とに、かく、やって……みる……」
ノワールがホッとした顔で胸を撫で下ろしたところで、扉をノックする音とシルヴィアの声が飛び込んできた。
「最初の料理をお持ちしました。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「もうそんな時間か。ありがとな、入ってくれ」
「待ってました!」
年甲斐もなく歓声を上げるアレクシア。
シルヴィアが部屋に入ってくるのと同時に、料理の美味しそうな匂いが部屋に漂い始めた。
他の面々もすっかり気持ちが夕食に傾いてしまったようなので、仕事の話は一旦ここまでとしておいて、まずは夕飯を頂いてしまうことにする。
ただしその前に、大事な用件を忘れないうちに済ませておく。
「おっと、ちょっといいか? シルヴィア、頼みたいことがあるんだ」
「いいですよ、どうかしました?」
「ああ、いや……今日の食事とは関係ないんだけどさ」
どうやら店員に対する客としての頼み事だと解釈されたようだったので、それを明確に否定したうえで続きを口にする。
「グリーンホロウ在住で腕のいい仕立て屋を紹介してもらえないか? 新製品の製造で相談をしたいんだ」
「仕立て屋さんですか……新商品開発のお手伝いなら、口が固くて誠実な人がいいですよね。それと無茶なリクエストも答えてくれそうな……」
シルヴィアはまさしく一を聞いて十を知るといった様子で、こちらの事情を即座に理解しながら、口元に手をやって考え込んだ。
そして、胸の前でぽんっと軽く手を打ち合わせる。
「ありますよ、心当たり! うちの宿もよくお世話になっている職人さんです!」




