第512話 魔道具職人、ノワール 前編
――それから今日の営業もおおよそ終わりを迎え、そろそろ店を閉める準備を始めようかという頃合いに、俺はガーネットにちょっとした確認を持ちかけた。
「そういえば、勇者エゼルとエディの二人は、まだ王都から戻ってきてないのか?」
「ああ。実家の都合でオレらより長期滞在になってるからな。まだ王都にいるとは思うけど、さすがにそろそろ出発するんじゃねぇの?」
勇者エゼルとその弟のエディの実家とは、要するにこのウェストランド王国の王家のことである。
エゼルは素性のせいで友人知人との間に心理的な溝ができることを嫌い、普段は両親のことを隠して振る舞っている。
数少ない例外が、今俺の前にいるガーネットである。
二人はガーネットが騎士を、エゼルが勇者を志す前からの関係であり、お互いの素性を包み隠すことなく把握しあっていた。
それだけに、ガーネットに対するエゼルの思い入れも尋常ではなく、王都でも何かとガーネットの力になろうとしてくれた。
「で、エゼルに何か用でもあんのか?」
「剣を見せてもらいたいなと思って。ガンダルフの剣もイーヴァルディが作った可能性が出てきたからさ」
「ああ……なるほど。だったらお前が見比べりゃ何か分かるかもな」
ニューラーズが勇者エゼルに献上した、イーヴァルディの作であると言われている剣は、何の問題もなくミスリルと【合成】させることができた。
同じ鍛冶師が作った双方の剣を比較すれば、何かしらの共通点か相違点が見つかって、原因究明の一助になるかもしれない――そう考えるのは決して突飛な発想ではないはずだ。
「んじゃ、エゼルが戻ってくるまで剣のことは先送りか」
「いや。機会があれば、アスロポリス在住のドワーフからも話を聞いてみるつもりだ。さすがに日帰りできる距離じゃないから、他の用事のついでにって形になるだろうけど」
「エゼルの剣がイーヴァルディ製だって知ってたのも連中だったか。ニューラーズより詳しくても不思議じゃねぇな」
ガンダルフの剣についての今後の方針を共有し、ひとまず店舗を閉めておくことにする。
そうして、店員の皆にも引き上げてもらおうと思った矢先、ノワールが遠慮気味に話しかけてきた。
「ル、ルーク……相談、が、ある……んだ……」
「ノワール? どうかしたのか?」
「どこか、仕立て屋、を……紹介、して……もらえ、ない、か……?」
仕立て屋はもちろんグリーンホロウ・タウンにも幾つか存在しているが、ノワールの口から仕立て屋を紹介してほしいという言葉が出てきたのは、正直意外ではあった。
しかし改めて考えてみるまでもなく、仕立て屋が必要とされる理由には心当たりがある。
「もしかして、セオドアの依頼絡みか」
こくんと頷くノワール。
「今日、こ、これを……試作して、みた……んだ……」
渡されたのは、前に灰鷹騎士団の依頼で作成された、平べったい袋状の懐中暖房具とよく似たものだった。
手振りで『使ってみるように』と促されたので、例の暖房具と同じように魔力を流し、内部に折り畳まれて仕込まれたスペル・スクロールを起動させてみる。
すると袋の温度がどんどん低下していき、冬の夜に屋外で放置されていたのではと思えるほどに冷たくなっていった。
「おおっ! いい感じにできてるじゃないか」
「い、いや……これ、じゃあ……まだまだ……足りない、んだ……」
既に雛形が出来上がっていたことに驚いて称賛するも、当のノワールはまだ不十分だと認識しているらしく、喜ぶ素振りも見せずに首を横に振った。
「これ、だと、多分……接触、してる……ところが、冷たく、なる……だけで……全身、には……ちょっと……」
「そうか……真夏の直射日光の下で氷の塊を持ってるだけ、みたいなものなんだな」
確かにこの魔道具はよく冷えている。
ポケットに入る程度の大きさで、なおかつ氷のように溶けたり濡れたりすることもなく、スペル・スクロールが持続する限り冷却してくれる――それだけでも色々と利用価値が思い浮かぶくらいだ。
だが、焼けるような高温だという第四階層における活動時間を伸ばす魔道具を、というセオドアの依頼内容を満たす手段としては、さすがに出力が心許ない。
少なくともノワール自身はそう判断して、これ以上の性能を持つ魔道具の開発を試みようとしているのだ。
「でもまぁ、こいつにも使い道はありそうだぜ」
ガーネットが横からその試作品をひょいっと取り上げ、首元に当てて冷たさを実感し始める。
「甲冑の裏に貼っ付ければ夏場でも涼しそうだし、行軍中の糧食も腐りにくくできそうだ。依頼が一段落したら、そっち方面でも狙って商品化してみねぇか?」
「ははっ、甲冑の暑さが真っ先に思い浮かぶのは騎士らしいな」
「……ったく、魔法使い連中がもうちょい社交的なら、そういう道具がもっと早く生まれてたんだろうな。ほんと、ノワールみたいな奴がいてよかったぜ」
ノワールはガーネットからも褒められたことで、さすがに嬉しさや気恥ずかしさのようなものを滲ませたが、すぐに気を取り直して真剣な表情を作り直した。
「この、前の、騎士団、は……充分、な、防寒を……自力で、して、いた……けど……」
「現状の冒険者達は充分な防熱ができていない。だから例の防寒具みたいなプラスアルファだけでは足りそうにない……ってことだな」
「あ、ああ……多分、そうなる、かなと……」
「確かに納得だ。こいつを現地で試験運用してみても、きっとその通りの結果が出ると思う。便利であることは間違いないんだが」
ガーネットの首元から試作品の冷却具を取り返し、ぐっと握り締めて手の平に伝わる冷たさを改めて確かめる。
「新しい試作品を作るために仕立て屋の協力が必要なんだな。そういうことなら、俺よりシルヴィアの方が詳しいと思うぞ。これから夕飯にでも行くついでに紹介を頼んでみるか」
「あいつ意外と衣装持ちだからな。看板娘だから着飾るのも仕事のうちってことかもしれねぇけど」
「それで、一体どんな魔道具を作るつもりなんだ?」
防具職人ではなく、あえて仕立て屋を――服の専門家を頼りたいと指定したあたり、ノワールには何か考えがあるのだろう。
「え、ええと……それ、じゃあ……ご飯、食べながら、説明を……」




