第510話 新たな課題の発見
激突する二つの刃。
通常なら叩きつけた剣の方が欠けかねない衝突だったが、音を立てて二つに折れたのは、中途半端にミスリルと合成させられたアダマントの剣であった。
「うげっ!? ルーク! どうなってんだ!」
ガーネットが驚愕の叫びを上げる。
俺は嫌な予感が当たってしまったことに歯噛みしつつ、右目に手をかざして『叡智の右眼』を発動させた。
「やっぱりそうだ。アダマントの剣身の強度がガタ落ちしてる。これじゃあ武器として使い物になるわけがない」
「おいおい、冗談だろ? 原因は分からねぇのか?」
「詳しいところは視えてこないけど、少なくとも何かの呪いが掛かってるとか、そういうわけじゃないみたいだ」
いくら『右眼』が多用途で強力だといっても、さすがに知りたいことが全て分かる全知の力というわけではない。
喩えるなら優秀な助言者のようなものであり、あらゆる障害がこれ一つで解決するものだとは、最初から微塵も考えてはいなかった。
――そもそも、この『右眼』は『元素の方舟』の創造主にして神とすら崇められる、アルファズルの力の断片とも言えるもの。
完全に使いこなせるようになるとしたら、それは間違いなく、俺の肉体がアルファズルに乗っ取られてしまうときだろう。
「多分これは……物質的な性質の問題なんだろうな。俺の【合成】のやり方が悪かったのか、ミスリルとの相性自体が悪いのか、それとも比率の問題なのか……」
武器屋を始めて一年余り。
素材に関する知識もそれなりに仕入れてある。
同じ金属同士の合金であっても、比率に応じて性質が変わるのは当たり前に起きる現象だ。
また当然だが、常に任意の割合で合金を作れるわけでもなく、ある種の制限や限界があるものだとも聞いている。
しかもこれは普通の合金ではなくスキルによる【合成】なので、なおさらよく分からないことが多いのだ。
「さっきアレクシアが言ってたみたいに、トライ・アンド・エラーあるのみってことか」
「でもよ、ミスリルですら分からねぇことが多いってのに、もっと珍しいアダマントの性質なんて、マジで誰も知らねぇだろ。参ったな……」
「やり直しが利くのは不幸中の幸いだな」
折れてしまった剣身を【修復】スキルで元に戻しつつ、溶け込ませたミスリルを排除して元通りの純アダマントの状態へ復元する。
きちんと【修復】が完了したのを『右眼』で確かめながら、念の為の確認として、今度は作業台の傍に置いてあった普通の鉄剣めがけ、アダマントの剣を振り下ろしてみる。
甲高い音を立てて、アダマントの刃が鋼の剣身の中程まで食い込む。
「俺が適当に振っただけでこれだ。本当に凄い代物なんだが……いっそミスリルを【合成】させずにこのまま使うのも手か?」
「いや、できれば【合成】してくれ。魔法紋の斬撃や防壁が今まで通りに使えなくなるのは、差し引きしたら戦力ダウンになっちまう。それに……」
この部分まで、ガーネットは真剣な面持ちでハッキリと意見を主張していたのだが、何故か急に口籠ってしまったかと思うと、俯き気味に視線を泳がせ始めた。
「……我儘かもしれねぇんだが……その、アレだ。命を預けるなら、お前の手が入った武器がいいっつーか……」
「……反則だろ、それは」
他のどんな要求の仕方よりも格段に威力が高過ぎる。
本人にそのつもりがなさそうなのも強烈だ。
こんな顔を見せられて、やる気を出さずにいられるわけがない。
「ちょっと待て! 反則って何だ! ニヤニヤしてんじゃねーぞ!」
ガーネットが照れ隠しに俺を睨みつけながら、手や足をばしばしと遠慮なくぶつけてくる。
それがまた実に効果抜群で、俺は何としてもミスリルの【合成】を成功させなければという思いを強くしたのだった。
――その日、俺は奇妙な夢を見た。
夢なら毎晩のように見ては毎朝のように内容を忘れているのだが、今夜の夢はいつもと違って、視点が俺ではない別の人物の体を基準にしているようだった。
ぼかさずに言い切るなら、俺は生前のアルファズルとして夢の中に立っていた。
場所はどこかの部屋だとしか表現できない。
壁も床も固く滑らかで清潔感があり、天井の白い魔力照明が部屋の隅々までを照らしている。
室内にいるのは俺の他に後二人。
若かりし魔王ガンダルフと、ドワーフのイーヴァルディだ。
どうして彼らだと分かったのかといえば、夢だからというだけでなく、かつてエイル・セスルームニルとの一件で垣間見た、『叡智の右眼』に宿る記憶の光景と同じ姿形をしていたからだ。
俺も含めた三人の会話はうまく聞き取れなかったが、何を話しているのかは不思議と伝わってきた。
どうやら愛用の剣を失ってしまったガンダルフに、アルファズルとイーヴァルディが新しい剣を渡した場面のようだ。
イーヴァルディはドワーフらしい髭面に会心の笑みを浮かべ、自分とアルファズルの技術の合作なのだと、新たな剣の出来栄えを誇っている。
対するガンダルフは口の端を上げて笑うだけだったが、それが彼にとっての満面の笑みなのだと、この場の誰もが理解していた。
――ドワーフ。ひょっとしたら『元素の方舟』のドワーフなら、アダマントについても何か知っているかもしれない。
俺は夢心地のままにそんなことを思った。
この夢が単なる俺の無意識の想像に過ぎないのか、それとも本当にアルファズルの記憶の再現なのか、確かめる手段は誰も持ち合わせていない。
あのアダマントの剣が、アルファズルとイーヴァルディの手による物なのかどうかも不確定だ。
しかし、ドワーフ達に確認を取ってみる価値はあるだろう。
アダマントについて尋ねてみたところで何も損はしないのだから、試してみない理由は全くない。
俺達の身近にはドワーフが住んでいる場所が二ヶ所――『魔王城領域』の城下町と、第二階層のアスロポリス。
さて、どちらから話を持ち込んでみるとしようか。
やはり、距離が近い城下町がいいだろうか。
あそこなら、うちの店に武器を納入してくれている、若いドワーフのニューラーズも暮らしている。
勇者エゼルに献上された、イーヴァルディが作ったとされる古剣も彼らが保管していたものだから、ひょっとしたら魔王ガンダルフの剣についても何か知っているかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は意識を手放して深い眠りへと落ちていったのだった。




