第504話 新たな発明の依頼
「だからこそ君達の力を借りたい。白狼騎士団ではなく、君の大切なホワイトウルフ商店の力だ。話を聞いてもらえるかな?」
「……ええ、探索で俺の助けが必要になったら、快く協力するという約束ですからね」
元々、セオドアは俺に対して『お願い』をする必要はない立場だ。
以前に作った貸しを返せと言えば事足りる。
それをあえて明言しないのは、言うまでもなく察しろということなのか、あるいは本人も忘れてしまっているのか。
どちらもありうるのがセオドアという男の印象だ。
「約束……?」
フローレンスが不思議そうに首を傾げる。
「個人的な貸し借りだよ。必要なら力を貸すと約束してあったんだ」
「なるほど。それなら話は早いわね」
「それに借りがなくったって、騎士団としても商店としても協力は惜しまないさ。それで……一体どんな協力をすればいいんですか?」
発言の前半部分はフローレンスに、後半はセオドアに向けたものだ。
セオドアは満足そうに頷くと、俺をここに呼びつけた本題を悠々と話し始めた。
「まず必要なのは耐熱装備だ。人間が生きていけないほど暑い……というほどではないんだが、まともな装備を身に着けての長時間の探索は困難と言っていい」
「体を冷却して活動時間を伸ばす装備が必要ということですか。ホワイトウルフ商店にその開発を依頼したいと?」
以前、北方警備を担当する灰鷹騎士団から、極寒の地での活動を容易にするための暖房器具の開発を依頼されたことがある。
今回はその逆、暑すぎる環境での活動を支える道具が必要なわけだ。
「薄着になればいいとか、そういうやり方じゃ耐えられないってことですかね」
ガーネットがそんな疑問を差し挟むと、セオドアは笑って首を横に振った。
「キャンプ内で大人しく過ごす分には問題ないのかもしれないけどね。あの階層には高熱を発する物が山ほどある。そんな環境下で素肌を晒して探索するなんて、あまりお勧めはできないよ」
その説明を聞いて、ガーネットは納得と不満が半分ずつ混ざりあったような表情を浮かべた。
理屈には納得できるものの、ドラゴン狩りという危険に好んで身を投じるセオドアに言われるのは、どうにもしっくりこないといった様子である。
まぁ、そう思うのは仕方ないかもしれないけれど、自分が危険を冒すのと他人を率いるのとでは、判断基準が変わるのも当然だ。
「熱に強い、燃えにくい装備品の調達は僕の方でやっておくつもりだ。君達への依頼……まず一つ目は懐に入れて携帯、もしくは服や鎧などの装備品に取り付けられる冷却器の開発だ」
ここまではまさに予想通りの内容だったが、同時に『一つ目』という気になる単語も飛び出してきた。
内容を想像することはできるけれど、考え込まずとも説明はしてくれるだろうから、大人しくセオドアの発言の続きを待つことにする。
「二つ目は昇降機の開発だ。大型である必要はない。ロープによる降下を補助する器材があれば、当面はそれで十分だ」
「ロープ降下……?」
「……ああ、詳しい説明が漏れていたね。現状、僕の探索隊はまだろくに第四階層の探索ができていないんだが……」
改めて、セオドアは第四階層の探索状況を解説し始めた。
第四階層は『魔王城領域』こと第一階層の大穴から直通しているが、大穴の繋がった先はフローレンスが言った通り、第四階層の天井そのものである。
要するに、地下空間の天井部分に大穴が穿たれている状態なのだ。
ドラゴンはその両翼で空を飛んで第一階層に移動し、セオドア達は大穴の壁面に設けられた古代の螺旋通路を通って第四階層の……天上まで移動することができる。
そう、天井付近までだ。
現在の探索拠点は螺旋型の通路の末端、ちょうど踊り場のように開けた場所に設けられており、そこからロープやスキルなどを用いて第四階層に降下している。
この行き来を少しでも楽にしなければ、まともに探索を行うことすら難しいままなのだ。
「欲を言えば、物資の積み下ろしもできればありがたい。だがドラゴンが飛び交う場所でもあるから無理は言わない。当面は必要最低限の機能があれば十分だ」
「なるほど……これまでの階層と比べると、かなり探索難易度が高そうですね」
腕組みをしてしばし考え込む。
ロープに頼って下りなければならない状況自体は、珍しくはあるものの非現実的なものではない。
しかしその行き先が灼熱の地下空間で、なおかつドラゴンが飛び交っているとなると、それだけでもギルドからAランクダンジョン認定を受けそうな代物である。
要求を満たせるような道具を作ることはできるのだろうか。
そんなことを考え込んではみたが、専門家でもない俺に結論を出せる事柄ではなく、後でアレクシア達に意見を聞くしかなさそうだ。
「可能かどうかはうちのスタッフ達に尋ねてみます。彼女達でも手段が見つからないなら……」
「もちろんそのときは諦めるさ。現状でも地道に作業を続けることはできなくもないからね。それで三つ目のお願いなんだが」
まだあるのかと驚きつつ、顔には出さずに続きを待つ。
「三つ目。これの優先順位は高くない。先の二つが完成した場合、追加で設計してもらいたい道具だ。まぁ端的に言うと、第四階層に設ける陣地のための冷却器だ」
「それはつまり、携帯できる大きさでなくてもよく……むしろ大型のものが必要だと」
「正解。北方では陣地にも暖房を置いて、待機中の寒さを凌ぐんだ。それと同じものが第四階層の拠点にも欲しい。さもなければ後方支援もろくにできないからね」
セオドアの実家であるビューフォート家は、北方担当の灰鷹騎士団と連携して、異国である北方樹海連合に対する警戒を担う辺境伯だ。
どうやらセオドアは親不孝な放蕩息子のように見えて、それでいて北方での軍事活動の知識と経験はしっかり身に付けているらしい。
携帯用の小型冷却器、陣地用の大型冷却器、移動を速やかにする昇降機。
どれも第四階層の探索に必要な道具であることは理解した。
後はそれらが技術的に実現可能かどうかというのが、唯一残された問題だ。
製造コストについては……セオドアなら資金に困ることなどないだろう。
「分かりました。店に持ち帰って専門家と相談してみます」
「よろしく頼むよ。いやぁ、持つべきものは優れた人脈だ」
そう言って、セオドアはいい顔で笑った。




