第502話 白狼騎士団、準備中 後編
――メダリオン。
ダンジョンに生息する通常の魔物とは異なる、魔獣や神獣と称される存在の肉体を構成する核。
よもやそれが、陛下の王位継承の条件として示された謎のアーティファクトの正体だったとは、この世の誰も思わなかったに違いない。
俺達がメダリオンの存在を把握したのは、第二階層に住まう魔族達の中立都市、アスロポリスを訪ねたことがきっかけだった。
アスロポリスをダンジョン探索の拠点として利用させてもらうために、管理者のフラクシヌスが提示した条件――それは天井の発光機能が失われた第二階層に朝をもたらすこと。
要するに、天井の発光機能を【修復】するだけの仕事だったはずなのだが、故障の原因は何と、巨大な狼の魔獣であるスコルが魔力を吸い上げて再生を目論んでいたことだった。
魔王軍四魔将の一人である氷のノルズリとの意図せぬ共闘の末、スコルを撃破して入手したメダル型のアーティファクト、それこそが最初のメダリオンだった。
その興奮も冷めやらぬうちに、次なる脅威が俺達に襲い掛かる。
アガート・ラムが管理者フラクシヌスの暗殺を試み、アスロポリスに同時多発的な攻撃を仕掛けると同時に、二体目の魔獣である炎の巨人を投入してきたのである。
幸いにも被害は最小限に食い止められ、俺達は管理者暗殺を阻止したうえでムスペルを撃破し、新たなメダリオンを手に入れるに至った。
そしてスコルのメダリオンは引き続き手元に置き、ムスペルのメダリオンは研究用に王都へ送ったので、陛下から授かったメダリオンは入手順では三番目だが、使用可能な道具としては二番目ということになる。
(完全な状態で発見されたメダリオンはスコルのものが最初だったけど、陛下はその二十年以上前の時点で、二つに割れた不完全なメダリオンを手に入れていた……本当、冒険者としてのレベルが俺とは段違いだな)
思い浮かんだのは決して自分を卑下する感想ではない。
むしろそんな人物から二つとない貴重品を託されたことに対し、言いようのない喜びのようなものを感じていた。
ガーネットに対する褒美が魔王ガンダルフを倒して得たアダマントの剣なら、俺に対する褒美は氷の巨狼を倒して得たというあのメダリオンだ。
王位継承に絡んだ品であることは伏せなければならないが、陛下からメダリオンを託されたこともちゃんと記録に残さなければ……そんなことを考えながら、ふと確認しておきたかったことを思い出す。
「そうだ。陛下から授かったメダリオン……こいつも実戦に投入しようと思うんだが、誰に使うのがいいと思う?」
本来、メダリオンは十分な量の魔力を吸収することで、魔獣の肉体を形成してその核となるアーティファクトだ。
前にガーネットが自分自身の戦力アップを望んだ折、俺はメダリオンのこの性質を利用して、ガーネットに魔獣の力を【融合】させる手段を編み出した。
魔獣スコルのメダリオンが特殊だったというわけでもないので、氷狼のメダリオンでも同じことができるはずだし、陛下もそれを前提にこれを託したのである。
「あー……前にも言ったかも知れませんが、俺はパスっす」
真っ先に返事をしたのはチャンドラーだった。
「うちは代々戦士の家系なんですがね。戦闘能力の底上げのために色々と仕込みをしたりもしてるんですよ。どうも話を聞く限り、メダリオンの【融合】とそいつらの相性は良くなさそうなもんで」
確かに、いつだったかにそう言っていたのを聞いた覚えがある。
それならチャンドラーを対象にするのはなるべく避けた方が良さそうだ。
「私に使うのは……戦術的にあまり旨味がないかもしれませんね」
チャンドラーの次に答えたのはライオネルだ。
「前所属が軍事担当の黄金牙ということもあって、私はこちらでも外部協力者の指揮などを主に任されておりますが、その影響で最前線で戦う機会が他の方々より少ないですから」
「まぁ……そうだよな。部隊を指揮しての戦闘なんてさすがに経験がないから、その辺はいつも頼りっぱなしだ」
もちろんライオネルも最前線で俺達と戦うこともあるのだが、頻度としては決して多い方ではない。
素材となるメダリオンと【融合】を行う俺、そして対象者が全て同じ場所に揃わないと使えない手段なので、別働隊を指揮してもらうことが多いライオネルだと使い勝手が悪いかも知れない。
しかしそう考えると、最も使い勝手がよくて相性がいい相手は、やはり護衛として常に行動を共にしているガーネットということになってしまう。
「別に今ここで考えなくたっていいんじゃねぇの?」
ガーネットがアダマントの剣を鞘に収めながら、さも当然のようにそう言ってのける。
「一度誰かに使ったらそいつ専用ってこともねぇんだろ。だったらその場その場で都合のいい奴に使えばいい。何なら冒険者に使うのもアリだろ。サクラとかナギとか……トラヴィスやダスティンはさすがに過剰すぎるか?」
「確かに……言われてみれば。俺がその都度で最適な相手を選べばいいのか」
「だろ? 何ならノワールやメリッサみたいな魔法使いに使ったら、オレのときとは違う結果になるかもな」
スコルのメダリオンをガーネットに【融合】させた場合、主だった外見的な変化は魔獣の耳や尻尾が生える程度で、後は爪や牙が鋭くなる小さな変化や、身体能力の飛躍的な向上などの外見に表れない変化だった。
しかし、誰に試しても同じ結果が出るとは限らない。
ひょっとしたらもっと魔獣然とした、文字通りの獣人じみた姿形になる可能性も否定できなかった。
そもそもガーネットの外見の変化があの程度に収まったのは――他の連中には言えた理由ではないが――容貌を損なうような変化を俺が無意識に避けようとしたからなのかもしれない。
「ならひとまず、メダリオンの扱いはそれでいくか。今更だけど、責任重大だな」
「騎士団長なら当然だろ。お前なら問題ねぇって」
笑顔で太鼓判を押すガーネット。
不思議なものだが、他の誰から言われる『大丈夫』よりも、ガーネットが何気ない態度で口にする言葉の方が安心できてしまう。
メダリオンを実戦投入する際の扱いもひとまず決まったので、それも含めて書類に書き記そうとしたところで、会議室の扉がノックされて最後の一人の団員が顔を出した。
「団長さん、お客さんですよっと」
藍鮫騎士団のユリシーズ。
俺よりも歳上で、どことなく疲れた雰囲気を漂わせた痩せ気味の男だ。
「冒険者ギルドからの連絡員だね。どうやら『元素の方舟』で何か進展があったみたいだ」




