第500話 新たなる元素の階層
――白狼騎士団が王都で慣れない役目をこなすその頃、グリーンホロウ・タウン近郊の『元素の箱舟』において、とある冒険者の探索が大きな成果を挙げようとしていた。
その現場は『元素の方舟』第一階層、かつては『魔王城領域』を正式名称とし、呼称が更新された後も俗称としてそう呼ばれ続ける、荒涼とした岩山と荒野の地下空間。
多くの冒険者は地上に通じる道から、黄金牙騎士団の管理下にある魔王城を経て第二階層へと向かうが、一部は正反対の岩山へと足を運ぶ。
進展を迎えようとしている探索の現場は、広大な岩山地帯の更に奥――岩山の合間にぽっかりと口を開けた巨大な縦穴であった。
町一つが丸ごと飲み込まれるのではないかと思えるほどの巨大な穴からは、不規則的にドラゴンが飛翔しては第一階層の空に舞い上がり、広大な地下荒野を新たな住処と見定めていく。
そしてドラゴンの注意から逃れるようにして、何人もの冒険者達が大穴の壁面に沿って地下を目指していた。
とはいえ、岩肌にしがみついて下を目指しているわけではない。
移動経路は壁面に沿って螺旋状に下層へと続く、半トンネル状の通路……岩肌に半分ほど埋没した螺旋階段とも称される、大規模な人工的通路である。
基本的な構造は螺旋状の緩やかなトンネルであるが、ちょうど窓ほどの高さの壁に横長の穴が空いていて、大穴の中心から見れば螺旋状の溝が上端から下端へと続いているようにも認識できる。
第一階層へ飛び立つドラゴンは、壁面をそのまま這い降りようとする生物を見逃さない。
安全かつ確実に大穴の底を目指せる手段は、この通路をおいて他にはないのである。
「しかしまぁ、今更だけどこの通路が見つかったのは運が良かったね。魔族か人間かは知らないけれど、こいつを作った古代人様々だ」
底へ向かって螺旋通路を下る冒険者の一団に、貴族然とした雰囲気の美丈夫の姿があった。
Aランク冒険者、セオドア・ビューフォート。
ドラゴンスレイヤーの二つ名を持ち、大貴族たる辺境伯家の嫡子でありながら、ドラゴンを狩猟の対象として楽しみたいがために冒険者となった変わり者。
この『元素の方舟』においても、ドラゴン絡みの案件のみに興味を持ち、多くの冒険者が殺到する第二階層に興味を示さない例外的な人物である。
セオドアは第一階層でドラゴン狩りを楽しむ傍ら、いくら狩ってもドラゴンの生息数が減少する気配がないことを訝しみ、どこか別の階層からドラゴンが移動してきているのではないかと考え、それまで顧みられなかった第一階層深部の探索に乗り出した。
探索の結果、ドラゴンの出現地点と思しき大穴を発見――そしてこの日、更に重大な発見の一歩手前まで辿り着いていた。
「僕一人ならいくらでも底まで降りられたのだろうけど、長期探索を考えると人員や物資を運び込まないことにはやっていけないからね」
「全くです。それにしても、こんなしっかりした通路があったということは、この大穴も人工的なものだったりするんでしょうか」
同行していた他の冒険者が興味深そうに同意と疑問を示す。
「いや、大穴自体は人為的なものではなくて、後から利便性のために道を掘った可能性もある。時間さえ十分にあれば、僕達だけでも同じようなものは作れただろう。ゴーレムを量産できるような連中ならもっと楽だったはずだ」
この螺旋通路はセオドア達が作ったものではない。
ずっと昔に岩肌を削って彫り抜かれた、いわゆる遺構である。
セオドア達は長い年月の中で土と砂に埋まったこの通路を発見し、大勢の冒険者を動員して土砂の除去を試み続けていたのだ。
「だけど完全に土で埋まっていましたから、掘り返すだけでも一苦労ではありましたが。休眠状態だったゴーレムやら魔法的なトラップやらを掘り当てては大騒ぎなど、二度とは経験したくない日々でしたよ」
更に別の冒険者が漏らしたぼやきに、セオドアはさほど気にしていなさそうな笑いで答えた。
「いやいや、これもいい経験さ。ドラゴンの目を盗んで作業を続け、狭い通路でゴーレムとの遭遇戦を切り抜ける。若手連中にとっては得難い刺激だろう?」
「貴方でも若手を気にかけたりするんですね。そういうのは黒剣山の専売特許かと思っていました」
「失礼なことを言うな、君は。魔王狩りじゃあるまいし、たまにはそんなことを考えたりもするさ」
「結局、たまにはですか」
そんな冗談めいた会話を交わしながら、一行はどこまで続くか分からないほどに深い穴を下りていく。
「――さて、楽な道のりはここまでだ」
螺旋通路は突如として終わりを迎えていた。
まるで踊り場のように開けた場所を最後に通路がぷっつりと途切れ、まるで飛び込み台か何かのように大穴と合流してしまっている。
その少し手前には、これまた人為を感じずにはいられない空間が、岩壁の内側に向かって彫り抜かれていて、大勢の冒険者達が留まるための拠点が設営されている。
「発掘作業はこの場所を発見したところで一時中断。前回の遠征はこの場所に拠点を築くところまでの予定で無事成功。二度に渡ってお預けをくらったわけだけど、ようやく次の段階へ進むときが来たわけだ」
通路が途切れた縁から、セオドアは大穴の底を楽しげに見下ろした。
大穴の底にはおぼろげながら赤い光が見え、まるで南方地域の夏の風のような熱気が吹き上がってきている。
「まずは僕一人で様子を見てこよう。問題なさそうならロープ降下を試みてくれ」
「ではロープをどうぞ」
「いらないよ。魔力が切れるまでには戻ってくるさ」
「えっ……?」
セオドアはそう言うなり、さも当然のように虚空へと踏み出した。
「うわぁ!?」
若い冒険者が叫びを上げるも、彼が想像した通りのことは起こらない。
何故ならセオドアは、さも見えない足場を踏みしめるかのような足取りで、ごく自然に空中を歩いていたからだ。
「こういうスキルもあるということさ。まぁ、あまり燃費は宜しくないから、大穴の上から底まで駆け下りるわけにはいかないんだが。僕も修行が足りないね」
上機嫌な面持ちで散歩でもするかのように、セオドアは大穴の壁に沿って空中を歩き下りていく。
だが、次第にその笑顔も薄れていき、やがては緊迫と驚愕を誤魔化すような笑みへと変わっていった。
――大穴もまた、途中で途切れた。
ちょうどそれはどこかの階層の天井に相当し、そこに大穴が穿たれて第一階層まで繋がっている状態だ。
第一階層や第二階層とは違い、この階層の天井には光が宿っていなかったが、その広大な地下空間はそこかしこが赤や橙色の光に満たされていた。
光の発生源は――炎であり、熱と光を宿した大岩であり、そして熱く溶けて飛沫を散らす溶岩であった。
「……こいつはいよいよ、我らが騎士団長殿の助けが必要かな」
セオドアは天井すれすれの空中に立ち、目の前の光景を端的に表現した。
「明らかな火の階層――どうやら僕らは、第三階層をすっ飛ばして第四階層に到達してしまったようだ」
予告通り、第十二章はこれにて完結となります。第十三章も応援よろしくお願いします。
それと気付けば通算500話到達。これも皆様の応援のおかげです。




