第498話 希少極まるアーティファクト
――あれは魔王戦争の最終盤、想定外の流れで発生した魔王ガンダルフとの決戦において、ガンダルフが抜き放った規格外の切れ味を誇る剣。
ガーネットが陛下から受け取った剣は、間違いなくあの一振りであった。
「さすがに拵えは新しいものに取り替えてあるがな。剣本体は全くの手付かずだ」
「陛下……その、魔王が用いていた武器を流用するのは、果たして……」
思わず不安を滲ませながら尋ねると、陛下はその質問を待っていたとばかりに破顔した。
「案ずるな。魔法的な仕込みの有無は徹底的に調べてあるが、意外にもそういう類の仕込みは全く見られなかった。お前の『右眼』でも目を凝らせば読み取れるのではないか?」
陛下の言う通り、魔王ガンダルフの金剛鉄の剣であることが見抜けたにもかかわらず、それ以外に特殊な構造があるようには全く見えなかった。
つまりガンダルフは、純粋に刀剣として優れているだけの代物を佩剣とし、特殊な武器の性能に頼ることなく戦ってきたということだ。
今更ながら、圧倒的な自信、あるいは自負とでも呼ぶべきものを感じずにはいられない。
となると、残る問題はガーネットが剣を気に入るかどうかだが……。
「(その心配はなさそうだな)」
ガーネットは渡された抜き身の剣を手に、腹の底から湧き上がる興奮で笑みが浮かぶのを堪えきれずにいた。
やはり騎士である以上、特別な素材で作られて唯一無二の逸話を持つ名剣を下賜されるというのは、嬉しくて仕方がないことのようだ。
俺だって気持ちはよく分かる。
騎士ではなく冒険者にとっても喜びは同じはずだ。
魔王が振るっていたアダマントの剣を手に入れて身につけることができたなら、きっと出会う同業者達の誰からも羨まれ、いくら自慢してもしたりないに違いない。
「陛下のご期待に添えるよう努力いたします。しかし……この剣にミスリルと魔法紋の加工を施すことは、陛下がああ仰るほどに重大な出来事なのですか?」
「うむ。金剛鉄は神銀と比べると研究が進んでおらん。単純にミスリルよりも希少な金属だというのもあるのだがな……」
ガーネットの疑問に対し、アルフレッド陛下は深々と頷いた。
「まず第一に、鋼鉄と同じ方向性で極めて優れた性質を示すという点を除き、アダマントには観測しやすい特徴というものがない。ミスリルが魔力に対して高い親和性を示し、実際に魔力を流してみれば即座に『普通の銀とは違う』と見て取れるのとは正反対だ」
俺とガーネットは、二人揃って真剣に陛下の説明に耳を傾けていた。
アダマントは伝説の金属の代表例として、名前こそ広く知られているのだが、現物を目にすることはミスリル以上にない代物だ。
流通が厳しく管理されているとはいえ、多少なりとも市場流通し店頭にも並びうるミスリルとは違い、アダマントが売買されたという信憑性のある話は一度も聞いたことがない。
大貴族や大神殿なら、アダマント製の物品を宝物として抱え込んでいることがあり、その収蔵品が極稀に公開されるかどうか――一般人がアダマントを目にする奇跡はそれくらいのことがなければ起こらないものだ。
つまりこの剣は、魔王ガンダルフが用いていたという前歴がなかったとしても、ガーネットが子供みたいに頬を紅潮させて喜ぶのも当然の希少品なのである。
「第二に、通常の鋼鉄を凌駕する強靭さと堅牢さの代償か、加工が極めて難しい。尋常な金属の条理にそぐわぬ難しさとのことだ。どこぞの神殿に奉納されているような代物は、ダンジョンで発見された形状のまま納められたものばかりだからな」
大抵そういうものは、冒険者が信仰対象の神殿に献納したというケースがほとんどだ。
武器の形状をしているとも限らないので冒険者自身の役に立つとも限らず、アダマントが発見されるようなダンジョンに潜れる冒険者は金銭にも不自由していないことが多いので、利益より信仰と名誉を重視することも珍しくはない。
「当然、ミスリルとの合金化など試みられたこともない。だがお前のスキルであれば……」
「……あるいは容易に加工せしめ、ミスリルとアダマントの合金を生み出せるかもしれない……そういうことなのですね」
ぞくりと背筋が震える。こいつは武者震いだ。
これまでに誰も試したことがなく、それどころか試すことすらできなかった試みに、他ならぬ国王アルフレッドの命令で取り掛かろうというのだ。
しかも完成した剣をガーネットが振るうことを思えば、俄然やる気も湧き上がってこようものだ。
「畏まりました。その役目、果たしてみせます」
「いい返事だ。ここで怯むようならもう一つのアーティファクトを託すことはできんと思っていたが、心配のしすぎであったな」
「もう一つ……ですか?」
「うむ。ルーク・ホワイトウルフよ、貴様もこちらに来い。渡したいものがある」
少なからぬ動揺を覚えながら、数歩ほど前に進み出てガーネットの隣に膝を突く。
アルフレッド陛下は豪奢な机の引き出しから、柔らかな布に包み込まれたものを取り出すと、その中身を俺の手の上に置いた。
――正確に言うと、陛下が引き出しに手を伸ばしたのを目で追って、机を『右眼』の視界に収めた瞬間から、それがただならぬものであることを感じていた。
手の平に収まる程度の大きさをした、金属製のメダルのようなアーティファクト。
俺はこれを知っている。これと同じものを知っている。
「これは……メダリオン!」
思わず大声を上げた横で、ガーネットも目を丸くして驚きを露わにする。
「陛下! どうしてこれを! しかも王都に送った炎の巨人のメダリオンではなく……これはまるで……白狼が所有する巨狼のメダリオンと同じ……!」
違いがあるとすれば、スコルのメダリオンが完全な形を保っていたのに対し、こちらは二つに割れたメダリオンを無理に接着した不完全な形状であることくらいだ。
「やはり分かるか。その『右眼』はつくづく便利な代物だな」
陛下はにやりと笑みを浮かべて椅子に腰を下ろすと、俺達に楽な姿勢を取るように促してから、正体不明のメダリオンについて語り始めた。




