第495話 常に初心はここにあり
しばらくの間、不満そうなスカーレットを尻目にロビンソン伯爵の話し相手を務めていると、王宮の侍従が俺達を呼びにやってきた。
今回は俺だけでなくガーネットも呼び出されていたので、二人揃って会場を後にしようとする。
その直前、スカーレットが俺にさりげない態度で話しかけてくる。
「私達はアージェンティア家の繁栄をこそ第一に考えています。婚姻によって他の一族との繋がりを強めるのもその一環です。貴方の思惑はともかく、貴方とアルマの関係にもそうした価値を望んでいます」
「ええ、レンブラント卿からも伺っています」
アージェンティア家の先代当主、即ちガーネットの父親であるレンブラント卿や、母親違いの兄であるヴァレンタイン。
彼らはスカーレットが述べていた通りの価値観を持つ人々であり、俺もそのことは承知の上でここまで来た。
「他の人々がどれだけ『古い価値観だ』と罵ろうと、私達にはこの在り方を変えるつもりなどありません」
「分かっています。だからこそ騎士団長への任命を受けたのですから」
返答に迷いは一切ない。
ずっと前から固めてきた覚悟の再確認に過ぎないからだ。
「俺が新設される騎士団の団長にならないかという誘いを受けた理由は、アルマの相手として相応しい男になるためです。レンブラント卿が主義主張を変えず、アルマが交わした約束を上書きすることもできないなら……こちらが歩み寄るのが一番でしょう」
ガーネットが復讐を果たすためには、銀翼騎士団との繋がりを保ち続け、犯罪組織であるアガート・ラムの最新情報を手に入れ続けることが最善手。
しかし、銀翼騎士団とアージェンティア家に対し、未だに強い影響力を持つレンブラント卿がその考えを変えるつもりがなく、対立が悪化して騎士団に所属できなくなれば情報を得ることも難しくなる。
けれどレンブラント卿の計画通りに事を進めてしまえば、ガーネットは復讐を果たすかタイムリミットの十八歳に達した時点で、父親にとって望ましい相手と結婚させられることになってしまう。
そんな状況下で俺が下した結論――それを実行に移した結果こそが、武器屋の店主と騎士団長と名ばかりの領主を兼任した現状なのだ。
「父はそれなりに期待を抱いていたようですが、私は身の程知らずにも程があると考えていましたよ」
スカーレットは俺を一瞥だけして、それ以降は視線も合わせずに語り続ける。
「ですが、陛下からの覚えもめでたく、何やら希少なダンジョンで歴史的に重要な発見を繰り返しているとあらば、多少は評価を上向きにしなければならないでしょうね。不本意ではありますけど」
そう語るスカーレットの視線の先には、自慢気に微笑むガーネットの姿があった。
こんなまるで自分のことのように喜ばれると、見ているこっちがむず痒くなってしまう。
「ありがとうございます。そろそろレンブラント卿からも認めていただけそうでしょうか」
「さぁ、どうでしょう。私からは何とも。ですが、アガート・ラムの壊滅か件のダンジョンの解明を果たせば、さすがの父も快く貴方を認めるかもしれませんね」
それは遠いようでいて、もう少しで手が届きそうな予感すらする目標だった。
アガート・ラムが『元素の方舟』の第三階層に潜んでいて、なおかつその階層が古代魔法文明人の居住地を兼ねたダンジョンの中枢であるなら、そこに辿り着くこと自体が実質的な王手だ。
後は第三階層まで移動する手段を見つけることが最大の問題で、しかしそれもダンジョンの広さが無限ではない以上、そう遠くないうちに人海戦術で手がかりを掴める望みはある。
ドロテア会長がもうそろそろ進展があるはずだと読んだのも、こうした状況が理由の一つになっているに違いない。
「それでは、私共はこの辺りで。陛下からの招集が掛かっているというのに、長々とお引き止めするわけにはまいりませんから」
スカーレットはわざとらしいくらいに他人行儀な挨拶をし、夫のロビンソン伯爵と一緒に俺達から離れようとした。
だがその前にふと足を止めて振り返り、最後の質問を投げかけてくる。
「……ところで。兄のヴァレンタインが療養のためグリーンホロウに逗留していることはご存知だと思いますけれど……何やら貴方達に好意的な手紙を送ってきたのですが、現地で何があったのです?」
本当に心からの困惑が籠もった質問だった。
スカーレットの認識の中では、ヴァレンタインが俺達を支持することはまずありえないはずだ、という印象でもあったのだろう。
ヴァレンタインが意見を変えた原因には心当たりがあるものの、それを詳しく説明するとなると、メダリオンやら人体改造やら軽々しく広められない情報にも触れざるを得ない。
だから俺は、笑顔と一緒に無難な要約を返すことにした。
「腹を割って本音をぶつけ合っただけですよ。もちろんガーネット卿も一緒にね」
今度こそロビンソン夫妻に別れを告げ、ガーネットと一緒にパーティー会場を出て指定の部屋まで足を運ぶことにする。
先程は会場横の応接室だったが、今は別の要人がその部屋を使っているらしく、王宮内の廊下をしばらく歩き続けることになった。
その途中、ガーネットが他の誰もみていないのをいいことに、いつもと同じ調子で表情を崩した。
「見たか、さっきのスカーレットの顔! ルークのこと甘く見るからああなるんだぜ!」
「馬が合わない姉妹だってのは本当なんだな。男の好みも正反対だ」
「いやまぁ、そんなところまで違うってのは、最近まで想像もしてなかったけどな。お前に会うまでは男の好みだの何だの気にすることも――」
ガーネットは上機嫌にそこまでまくし立ててから、勢いに任せて恥ずかしいことを言いかけていたと気が付いたらしく、調子に乗った顔はそのままに頬を赤らめながら口を閉じた。
まったく、陛下に会うまでには顔を冷ましておかないと……お互いに。
「んで、エゼルの奴が言ってた武器ってのも、陛下が都合してくれることになったのは聞いたんだが。そこから先の詳しい話はまだなのか?」
急にガーネットが話を切り替える。
照れ隠しで違う話をしようとしたわけではなく、こちらの話題もガーネットにとっては重要で、一刻も早く詳細を知りたい案件なのだ。
「さっきの会合では何も。ひょっとしたら、その件についてはこれから教えてくれるのかも」
「それならオレまで呼び出された理由も分かるぜ。さすがに陛下はオレの事情を知ってるからな」
「確かにこのタイミングなら……ん?」
何やら初めて聞いた気がしないでもない情報が飛び出したが、前にもその話をしたかどうか尋ねてみる暇もなく、俺達は指定された部屋の前にまで辿り着いてしまった。
そして待ち受けていた侍従がすぐさま部屋の扉を開き、俺達を陛下の前へと送り出したのだった。




