第494話 ロビンソン伯爵
「……ったく、戻ってたんならもっと早く来いっての」
シルヴィア達からの矢継ぎ早な質問の雨も一段落したので、俺とガーネットは適当な理由をつけて皆から一旦離れることにした。
ガーネットがいい加減に疲れ果ててしまいそうだったし、先程の会合の内容を報告しておく必要がある。
報告は後でも構わないと言えなくもないが、前者のついでに後者もやっておくのは悪くない。
さっそく、会場隅に用意された休憩用の椅子を借りて、周囲に話を聞かれないように身を寄せ合って、会合の顛末について簡潔に説明する。
ここからなら会場をおおよそ一望できるので、誰かが近付いてきたらすぐに気付いて会話を切り上げることができる。
そうでなくとも、男女がこういうシチュエーションで語り合っているところに割って入るのは、誰がどう考えても無粋の極み。
近くを通る人々も自然と気を使って距離を取ってくれている。
俺とガーネットが婚約者候補であると、多少なりとも知られているのもいい隠れ蓑だ。
「やっぱりあのハイエルフ、ろくな奴じゃなかったんだな。最初っから怪しいと思ってたんだ」
「まぁ、あいつもこれ以上は手出しもできないだろ。陛下も今まで以上に睨みを利かせるだろうしな」
「アルファズルの復活がどうとかはともかく、そのためにお前を利用しようだとか、とっくに成功したつもりで色目使ったりだとか、とにかく気に入らねぇ奴だったんだ」
「……色目なんか使ってたか?」
ガーネットは表情だけはお嬢様らしい澄まし顔を維持したまま、口調は普段のものに切り替えているので、視覚と聴覚のギャップがなかなかに凄まじい。
なのに『これはこれで』と思えてしまうあたり、俺もなかなかに毒されてしまっているようだ。
「俺達がアガート・ラムを何とかすることを望んでいて、そのために情報を提供するつもりだっていうなら、それだけやって大人しくしてもらいたいところだ」
「全くだぜ。下手にちょっかい出されたら余計に敵が増えちまう」
「お前ならどちらも蹴散らしてやるとか言い出しそうだしな」
ガーネットは笑みだけを返して否定はしなかった。
実際にどうなるのかはともかくとして、現時点での心境としてはたとえ二正面作戦になるのも厭わない覚悟なのだろう。
「で、次は何をする予定なんだ? やることはまだまだ残ってんだろ」
「そうだな……とりあえず、陛下やアンジェリカ団長からはまた呼び出しがあると思う。特にアンジェリカ団長の方は、今日中にもう一度呼ばれそうだ」
騎士団長達と会合をしたとき、虹霓鱗騎士団との方針のすり合わせをまた後ですることになったが、結局エイル・セスルームニルとの対面中にはその話題が出ることはなかった。
まさか何のすり合わせもせずにグリーンホロウへ帰ることにはならないだろうから、きっと近いうちに、想像だが今夜中には次の機会が設けられるのだろう。
アンジェリカ団長は基本的に王都を離れないそうなので、俺達の滞在中ならいつでも可能性はありそうだ。
そんなことを考えながらガーネットと話し込んでいると、一組の夫婦らしき男女が近付いてくるのが視界に入った。
どこかの誰かが新任の騎士団長に挨拶でもと思ったのだろうか。
俺は何事もなかったかのように応対しようと待ち構えたが、その隣でガーネットが警戒心を露わに眉をひそめた。
「……スカーレット……」
「スカーレットお姉様、でしょう? 立場に相応しい振る舞いをなさい」
その名を聞いて、俺は金色の髪をした夫婦の片割れの正体を悟った。
他ならぬガーネットの姉である、スカーレット・アージェンティア。
いや、婚姻によって一族の力を増すという方針に則って、とある貴族に自ら嫁いだと聞いているから、苗字は既に配偶者のそれに変わっていたか。
ガーネットはスカーレットから視線を切り、隣にいる貴族の男性へと顔を向けた。
「お久し振りです、ロビンソン伯爵」
「この前の夜会以来だね、アルマ嬢。そちらの彼は……そうだ、思い出した。夜会のときの彼だ。いやぁ、仲睦まじいようで何より」
政略結婚じみた婚姻という事前情報の割に、ロビンソン伯爵はやたらと気さくな雰囲気の貴族であった。
父親のレンブラント卿と似たような貴族を想像していたのだが、これは少々予想外だ。
もちろん、こういった社交の場で見せる顔が本性だという保証は、どこにもありはしないのだが。
「お目にかかれて光栄です、伯爵閣下。白狼騎士団を預かることになりました、ルーク・ホワイトウルフと申します」
「噂は聞いているよ。元冒険者の騎士というだけならそれなりにいるが、まさかの騎士団長なのだからね。注目しないわけにはいかなかったさ」
ロビンソン伯爵は何やら上機嫌にまくし立てながら、やたらと積極的に話しかけてきている。
これに対してガーネットは意外そうな顔をして、スカーレットは呆れ混じりに首を横に振っていた。
「私も若い頃には冒険の日々に憧れてみたものだ。家を継ぐ都合で冒険者にはなれなかったのだけどね」
「貴族出身の冒険者もいますよ。例えばビューフォート家の……」
「セオドア卿だろう? 知っているとも、私のような者にとって、彼もまた有名人だからね!」
……この食いつきよう、どうやら俺に対するリップサービスで『冒険者に憧れていた』と言ったわけではないらしい。
話を合わせるためだけに適当なことを言っているなら、発言の節々に相手の出方を伺って『これでいいのか』と確認しようとする素振りが垣間見えるものだ。
しかしロビンソン伯爵はそうではなく、割って入るタイミングを見つけないと立て板に水の勢いで一方的に語り続けそうな勢いすら感じる。
「自分は貴族社会に詳しくないのですが、冒険者に憧れる貴族というのは珍しくないのですか?」
「決して多いとは言えないが、滅多にいないと言えるほど少なくもないね。本気でなりたいとは思っていない、漠然と羨ましく思っているだけというのも含めればの話だけど」
頻りに頷くロビンソン伯爵の様子は、こうやって心置きなく語れていることが嬉しくてしょうがないと言わんばかりだ。
「隣の芝生は青く見えるということもあるだろうけど、やはり国王陛下の影響は大きいな。私はそういう類ではないのだが、陛下と同じ冒険をしたいと無邪気に望む者もいてね……」
なおも語り続ける伯爵と、ひたすら聞き役に回ることになってしまった俺。
そしてその隣で、ガーネットが口の端を上げてスカーレットを皮肉げに見やった。
「私達にも似ているところがあったものですね、お姉様」
「この人の数少ない欠点です。一緒にしないでちょうだい」




