第493話 北方エルフは祝福したい
それからすぐに、俺とヒルドはパーティー会場の一画でガーネット達を発見した。
さっそく声を掛けようかとも思ったが、シルヴィアとマリーダが左右から楽しげに話しかけているものだから、少しばかり様子を見てみることにする。
王都の生活について好奇心旺盛に尋ねるシルヴィア。
婚約者のどこを好ましく思っているのかを知りたがるマリーダ。
困ったような笑顔で二人に挟まれたガーネットを――彼女達の前ではアルマだが――眺めていると、それだけで先程の会合の疲れが癒えていく気がした。
そしてそんな俺を横から眺めながら、ヒルドが頬を綻ばせてくすりと笑う。
「どうやらご関係が良好なようで何よりです」
「……年甲斐もないところ見られちまったな……」
「エルフの前で年甲斐も何もないでしょう。生きた年数を単純に計上すれば、私は全騎士団の中でも最年長なんですし」
まぁ、それはそうだ。
古代魔法文明が健在だった頃を知るハイエルフ達が飛び抜けて特別なだけで、普通のエルフも人間とは比べ物にならないほど長く生きている。
具体的な年齢は失礼かと思って聞いたことがなかったが、ヒルドもその例に漏れていないらしい。
「何となく思い出したんですけど、実は『白亜の妖精郷』の若いエルフの間では、地上の人間の結婚式に出席するのが人気だったりするんですよ」
ヒルドがガーネットの方を眺めながらポンと手の平を打ち合わせ、唐突にそんなことを口にした。
「思い出した理由は聞かないことにして……結婚式が人気って、どういう理由なんだ?」
「エルフ同士の結婚式は滅多にありませんから。華やかで幸せそうな雰囲気を頻繁に味わえる機会ですし、先方としてもエルフの祝福は縁起がいいということで、ちょっとした知り合い程度でも招待されることが多いんです」
なるほど、聞いてみたら意外と興味深い理由である。
冒険者時代の俺が活動していた範囲では見られなかった文化だが、エルフと関わり深い北方諸国ならではの風習なのだろう。
想像してみると、確かに華やかさと神秘性の演出としてはかなりのものかもしれない。
「というわけですので、楽しみにお待ちしていますね」
「…………」
フードの下で輝かんばかりの微笑みを浮かべるヒルド。
何の話だと誤魔化すのはあまりにも白々しく、かといって素面で真っ向から返答できる内容でもなく、俺はただ沈黙を保つことしかできなかった。
ヒルドもそんな俺の反応は想定通りだったようで、気にする様子は特に見せていなかった。
「ようやく戻られましたか。かなりの大物との対談だったようですけど、首尾はどうでした?」
ちょうどいいタイミングでマークが話しかけてきたので、ひとまずそちらに意識を向けることにする。
「まぁ、悪くはなかったと思うぞ。騎士団長会合の結果も合わせて、今後の活動指針も固めていけそうだ」
どれもこれも緊張の連続ではあったが、得る物自体はかなり多かったと言えるだろう。
まずは『元素の方舟』の探索と同時に対アガート・ラムの体制を整える必要がある。
そのために冒険者ギルド支部とも協調して、探索中の冒険者と銀翼騎士団の連携を密にしなければならない。
冒険者はアガート・ラムという犯罪組織に挑むことに、銀翼騎士団はダンジョンという地上の常識が通じない環境に挑むことに、それぞれ知識と経験が足りていない。
これらを補い合って、適切な対応が取れるようにするのが一番の急務である。
続いて、探索の過程で魔王ガンダルフの軍勢の足取りを掴めた場合、軍事担当である黄金牙騎士団に迅速な連絡を取り、必要とあらば軍事行動に移ってもらうことになる。
また、この連携を実現するためには、現場の冒険者に魔王軍を深追いしないよう周知徹底しておくことも必要だ。
功名心目当てで勝手に手出しして事態が悪化するのは避けたいので、せめてギルド支部か白狼騎士団にすぐさま報告することを徹底してもらいたいところだ。
もちろん、ただ報告をしただけで十分な評価が与えられる、という前提を広く知らせておくのも必須だろう。
気を使う必要があるのはダンジョン内だけではない。
一部の魔法使いが研究のために『元素の方舟』を訪れる可能性があるため、そういった連中がグリーンホロウ・タウンを訪れた場合は、素性を確認して担当の翠眼騎士団に報告することになった。
この分野で連携することになるのは、ダンジョンへの出入りを管理する冒険者ギルドと、魔法使い達が仮住まいを求めるであろうグリーンホロウの町役場か。
前者とはどうせ様々な連携が必要になるので、それに一つ要件が増えるくらいだ。
後者は……そもそも俺が、白狼騎士団の活動資金源にするための名目だけとはいえ、グリーンホロウ・タウンおよび周辺地域の領主にさせられたので、そちらの方向から町役場に働きかけるのが手っ取り早そうだ。
また、第三階層への移動手段の探索は、ダンジョン内のみならず地上の別ルートからも試みられている。
鉄狗騎士団が管理する禁域――かつて魔王軍が地上侵攻に用いたルート周辺にも探索の手を伸ばし、地上から『第三階層』を目指す試みも同時進行で実行される予定だ。
地上が先に上手く行けば、地上経由で地下に『第三階層』探索の前線基地を築き、地下が先に上手く行けば、地下経由で地上に禁域探索の前線基地を築く……鉄狗騎士団とはこういう間接的な協力関係を築くことになる。
(それに加えて、エイル・セスルームニルから引き出した情報の共有も必要不可欠だな)
三体の魔王の一角――ガンダルフを一人目、現在は中立都市アスロポリスの管理者に転向したフラクシヌスに続く三人目、ドワーフのイーヴァルディ。
第一階層で多数目撃されたゴーレムも、この魔族が設計や製造を担当したものであり、現在も存命でアガート・ラムを率いている可能性すらあるという情報。
そして目指すべき第三階層には、古代魔法文明人が――少なくとも過去にはいたという情報。
これまでにフラクシヌスから得られた情報と相互に照らし合わせる限り、彼女達から得られたこれらの手がかりは、かなり確度の高いものだと言えるはずだ。
目指す次の階層に関する情報が皆無なのと、古い情報とはいえ多少は判明しているのとでは、探索のしやすさが全く違う。
むしろ、冒険者ギルドが最も欲している情報は、こういった分野のものなのである。
「グリーンホロウに帰ったら、まずは冒険者ギルドとの協議だな。白狼を介して、他の騎士団との連携や情報共有を強化してもらわないと」
「それはごもっともだと思いますし、俺もできる限り力を尽くすつもりですけど、今はその話をする場面ではないと思いますよ。ほら、凄くこっちを見てますから……」
気圧された様子のマークの視線を辿ると、俺達が戻ってきたことに気が付いたガーネットが、いるなら早くこっちに来いと眼差しで訴えかけてきていた。
今はアルマとして振る舞っているので表情の変化も控えめだが、普段の格好ならそれはもう強烈に睨みつけていたかもしれない雰囲気だ。
「……そうだな。行こうか」
「えっ、俺も巻き添えですか。ああいう女性の輪に飛び込む度胸はですね……」
「いいからいいから。お前だけ楽はさせないっての」




