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第486話 商売人の勘

 ――まったく、チャンドラーにはすっかりしてやられてしまった。


 ひょっとしたら俺が近付く前から、あの女性達に騎士団長と婚約者のことについてあれこれと話していたのかもしれない。


 とにかくこの場にいても話の(さかな)にされるだけなのは明白だったので、チャンドラーから離れてガーネット達のところに戻ろうとした矢先、別の方向から俺を呼ぶ声が投げかけられた。


「お久しぶりだね、ルーク卿」

「ドロテア会長。お元気そうで何よりです」


 声の主はシルヴィアの祖母であるドロテア会長だった。


 衣装は女性用のそれではなく、黒を主体とした男性向けの礼服に近いもので、背筋がしゃんと伸びた体型がよく分かる服装だ。


「ババァのドレス姿なんて誰も見たくないだろう? こういう服がちょうどいいんだよ」

「格好のことはまだ何も言っていませんって……」


 ドロテア会長はそんな軽い冗談から繋げるようにして、会話の内容を自然と本題へと移り変えさせていった。


「あたしがここに来た理由は諸々の商談を進めるためだからね。たとえ若かったとしても、舞踏会で踊るような華やかさは必要ないのさ」

「というと、こうして俺に声を掛けた理由も……」

「そうなるね。今すぐ契約をってわけじゃないんだが、耳に入れておいてもらいたい話がある」


 サンダイアル商会は王国全域で活躍する商会であり、ホワイトウルフ商店や白狼騎士団を含む各騎士団も何かと世話になっている。


 けれど商会の方から俺達に話を持ちかけてくるというのは、全くなかったわけではないが少々珍しい。


 しかも、こんな大舞台で会長自らの提案なのだ。

 内容が気にならないはずなどなかった。


「グリーンホロウの『魔王城領域』については常に情報を集めさせてもらってるよ。いや、今は『元素の方舟』と呼称を変えたんだったかね」

「厳密には、これまで『魔王城領域』と呼んでいた階層を含めた全体を『元素の方舟』と呼ぶことになった形です」

「ああ、そうだった。それを踏まえた上で話がある。じきにグリーンホロウでは大量の物資が必要になるはずだ。その辺りの受入準備を、騎士団とギルドで進めておいてもらえないかい?」

「今から、ですか?」


 ダンジョン探索に進展があれば、それに応じて新たな物資を運び込む必要が生じるものではある。


 しかしドロテア会長の口振りを率直に解釈すれば、もうすぐ大量の物資が急に必要となるから、早く受け入れ体制を整えておいた方がいいと聞こえてしまう。


 現状、ダンジョン探索は進展の気配が見えておらず、近視眼的に考えれば安定期にあると言えなくもないが……。


「長年やってる商売人の勘でね。こういう状況になって油断したところで、一気に状況が動いて泡を食うってことが多いのさ」


 ドロテア会長は出席者に提供されている飲み物の中から、ノンアルコールのものを選び取って軽く喉を潤してから、流れるような口調で更に言葉を続けた。


「特に現国王が台頭する前……戦乱がだらだらと何十年も続いていた時代はそうだった。群雄割拠は常に敵対者が存在している事柄だからね。落ち着いたと思っても、相手から見れば攻め時以外の何物でもなかったりするんだよ」

「……つまり、魔王軍なり他の勢力なりが攻撃を仕掛けてくる頃合いだと?」

「あくまで想定される可能性の一つって奴さ。そうなるかもしれないし、単純に冒険者の誰かが成果を挙げるだけになるかもしれない。いずれにせよ……もうすぐ大きな動きがあるとあたしは読んだ。それだけのことさ」


 確かにそうなる可能性は、現実的な範疇で『ある』と言える。


 冒険者達が探索を成功させるという方は当然として、もう一つの方も納得せざるを得ない指摘である。


 普通のダンジョン探索であれば、逃げも隠れも反撃もしないお宝を――もちろん金銀財宝とは限らない――求めて、自分達のペースでじっくりと探索を進めていくことも普通にできる。


 けれど『元素の方舟』の場合、魔王軍と奴らの敵対勢力が潜んでいるところを探そうとしているわけだから、戦争と同じように『相手から仕掛けてくる』ことだって当たり前に起こりうる。


 だが、どうしても気になることが一つ。


「……一つ質問があります。それは本当に商売人の勘()()が根拠なのですか? 他にも例えば……何か大きな動きが起こるに違いないと判断する根拠があるのでは?」

「さすがだね。これであっさり納得するようでは、十五年も冒険者を続けられてはいないというわけだ」


 俺がその一点に気が付いたことを、ドロテア会長は喜ばしいことのように受け止めていた。


 それにしても、武器屋の店長でもなければ騎士団長でもなく、冒険者を十五年も続けてきたことの方を高く評価しているかのような言いようだ。


 肩書の重さよりも、経験の大きさこそが評価基準として相応しい……会長はそう考えているのだろうか。


「詳細はあたしの口からは言えないが、ルーク団長ならば()()()()()()はずだよ。これほどまでに御膳立てが整っておきながら、何も起こらない方が嘘だろうってね」


 ドロテアは俺に対する呼称を、最初の卿から団長に変えていた。


 この人に限って、意味のない変更だとは思えない。

 つまり騎士であるためではなく、団長であるがゆえにそれを知ることになるのだという、言外の情報提示であると受け止めるべきだろう。


「分かりました。グリーンホロウに帰ったらそのように進める予定にしておきます。どうせもうすぐ、納得するだけの根拠も得られるみたいですしね」


 地下勢力が動く予兆か、それとも探索に進展が見られる吉兆か。


 いずれにしても、これから会う予定の面々と無関係ではないはずだ。


 そしてちょうど会話を終えたとき、アビゲイルが俺を呼ぶために人混みを縫ってやって来た。


「ルーク様。王宮の侍従からのお呼び出しがありました。会合の準備が完了したとのことなので、会場裏の応接間にご移動くださいませ」

「……分かった、ちょっと行ってくる。アルマのことはよろしく頼む」

「承知いたしました。お嬢様とご友人方のお世話は全て私にお任せください」


 アビゲイルが一礼をして引き返していくのを見送ってから、最後にもう一度だけドロテア会長の方にも視線を向けておく。


「シルヴィアも向こうにいます。もしもまだ顔を合わせていなくて、時間の余裕もあるなら会ってあげてください」

「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかね。孫の顔はいつまで見られるか分かったものじゃないんだ」


 ドロテア会長もアビゲイルが去っていった方へと歩き出す。


 そして俺は反対向きへと踵を返し、一筋縄では行かない面々が待っているであろう場所へと向かうことにしたのだった。

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https://kadokawabooks.jp/blog/syuuhukusukirugabannou-comicstart.html
― 新着の感想 ―
[良い点] ドロテア会長は戦乱末期にどういう戦いをしていたんでしょうかね。 相当王家にも借りを押し付けてそうな予感。 それが、孫娘のいる町が地上の最前線となれば行動は惜しまないでしょうな
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