第487話 千年回廊を暴く光 前編
俺が案内された先は、アビゲイルが言っていた通り大広間の隣に設けられた一室だった。
恐らく夜会で話を盛り上がらせたお偉方が、周囲の目を気にせずに意見を交換できる場所を欲しがった需要に応えたものだろう。
「失礼します」
厳重な警備と身体検査を通過して応接室に入ったところ、予想外の面々が俺を出迎えた。
まずは最初から会う予定だったキングスウェル公爵。
次に、エイル議員との会合に同席すると言っていたアンジェリカ卿と、会場で姿を見なかったヒルドの虹霓鱗の騎士二人――もちろん団長の従者は別としてだ。
そして最後に、アルフレッド陛下も応接室の椅子に大柄な体を収め、俺の到着を待ち受けていた。
「陛下もいらっしゃったのですか。エイル議員はまだご到着なさっていないようですね」
「うむ、到着までもうしばらく掛かる予定だ。その前に我々だけですべき話を済ませてしまおう」
アルフレッド陛下に勧められるまま、空いていた椅子に腰を下ろす。
何か挨拶なり前振りなりをすべきかと思った矢先、キングスウェル公爵が前置きもせずに本題を切り出した。
「ルーク卿も到着なさったので、さっそくだが本題に移ろう。私と虹霓鱗の双方から、ルーク卿と陛下にお伝えしたいことがある」
「まずは公爵閣下からお願いいたします」
どうやらアンジェリカ卿……というか虹霓鱗側とキングスウェル公爵の間では事前調整が済んでいたらしく、この場の進行の主導権は今のところ彼らが握っていた。
こちらとしても新たな情報の提供は望むところだ。
アンジェリカ卿が関わっていて、なおかつ陛下も説明の対象であるなら、おかしな仕込みがされていることもないだろう。
「陛下のお時間を無為に費やすのは本意ではありませんので、結論から端的に申し上げます。アガート・ラムに与した我が兄、アルジャーノンの研究の目的が分かりました」
「なっ……! 本当ですか、キングスウェル公爵!」
「だが、過度な期待はしてはならんぞ。非常に残念ながら、分かったところで何の意味もない類のものだったのだからな」
キングスウェル公爵は発言の前半を国王陛下に、後半を俺に向かって発言した。
「愚兄が残した資料は自分自身が研究を振り返るためのものであり、他人に理解させるためのものではありません。なので研究の目的を明示した記述もなく、分析にもかなりの困難が伴ったのですが……」
一呼吸置いてから告げられた分析結果は、公爵の言う通り『分かったところで何の意味もない類のもの』であった。
「……どうやら我が愚兄は、あのダンジョンの秘密に自らの手で可能な限り迫りたいという欲求に突き動かされ、ただひたすらに探究を繰り返したようなのです」
「ふむ、つまりは知的好奇心や探究心が動機であり、迷宮探索は手段であると同時に目的でもあったということか。想像できたとはいえ厄介な手合いだな。まぁ、俺も人のことは言えんが」
俺は言葉にこそしなかったが、陛下と同じような考えを抱いていた。
しかしアンジェリカ卿に従って同席していたヒルドはどうにもピンとこないらしく、説明を求めたそうな視線をさり気なく俺に向けてきた。
陛下や公爵ではなく俺に目を向けたのは、その二人よりも遥かに話を通しやすい相手だからだろう。
俺は『この理解で大丈夫か』と確認する体を取って、二人の発言を端的に纏めた発言を投げかけた。
「虹霓鱗の研究者のような社会への貢献など一切考えず、いわば行き着くところまで突き進めたいという考えだけで、知的欲求の赴くままに探索していたということですね」
「そうだ。受け入れられるか否かは最初から関係なく、成果を世に還元するつもりなど毛頭なかった。つまるところ、我が愚兄は自分自身が満足するまで止まらぬ男だというわけだ」
それを聞いてヒルドも納得したような表情を浮かべる。
「なるほど……私達のように研究成果を共有して全体の向上を図るという発想もなく、社会の役に立つ知識や遺物を持ち帰ろうという意図もなく、ただ自分の好奇心を満たすためだけに……確かに厄介ですね」
要するに、アルジャーノンは極端過ぎるくらいの冒険者気質だったのだ。
知識にせよ品物にせよ、何か欲しい物があるからダンジョンを探索するのではなく、未探索領域を自らの足で踏破すること自体を目的とする。
冒険者ギルドでも珍しいくらいの純粋な冒険欲。
俺と陛下がすぐさま納得し、ヒルドが今ひとつ理解しきれていなかったのも、その辺りが原因だろう。
「だが、これはあくまで地上に残された資料を分析した結果。迷宮……即ち『奈落の千年回廊』を突破し、魔王軍の目を盗んで第二階層へ踏み込んで以降に心境の変化があったとして、私には知る術もない」
キングスウェル公爵は長々と息を吐きながら首を横に振った。
こればっかりは、キングスウェル公爵の胡散臭さや自己保身の強さとは無関係に、どう頑張っても覆しようがない限界だ。
例えるなら、俺は勇者に捨てられて『奈落の千年回廊』を脱出した後、一時的に冒険者稼業を続ける意欲を失って武器屋を開くことにしたわけだが、以前からの知人友人がそれを事前に予想できたかというと、答えは否だ。
勇者の依頼を受ける前の俺のあらゆる言動、あらゆる記録を調べることができたとしても、迷宮を抜けた後で冒険者の休業を決めたという顛末を知るのは不可能に違いない。
今回もそれと同じことが言えるのである。
「ルークよ。果たしてアルジャーノンが心変わりをしたか否か……お主はどう考える?」
「所感でよろしければお答えできます」
「構わん。聞かせてくれ」
俺は一旦しっかりと呼吸を整えてから、陛下から求められたとおりに、自分の頭の中で思い浮かんだ考えを説明することにした。
「アルジャーノンは第二階層で冒険者ギルドと遭遇した後も、こちらを利用しようという素振りは一切見せず、一貫してアガート・ラムの協力者の立場を保っていました」
あのときは特に違和感を覚えなかったけれど、先程のキングスウェル公爵の話を聞いた今は事情が違う。
「かなり偏見が入った見解かもしれませんが、手段を選ばず迷宮の秘密に迫る人物であるのなら、冒険者ギルドとアガート・ラムの双方を利用してやろうと考えても不思議ではありません」
しかし現実にはそうならず、アルジャーノンは優秀で忠実な協力者であり続けた。
そこには何かしらの理由があるはずだ――あくまで俺自身の個人的な想像ではあるが。
「恐らくアルジャーノンは、探索の末に何らかの具体的な探索目標を見出したのだと思います。冒険者ギルドに寝返ってもたどり着けるとは思えず、アガート・ラムにすり寄るのが最も確実だと断言できるような……」
「俺も同じ考えだ。ひょっとしたら、アルジャーノンが求める『何か』こそが、アガート・ラムの核心と直結した代物なのかもしれんな」
陛下は真剣な面持ちで考えを巡らせ、そして今度はアンジェリカ卿とヒルドに視線を向けた。
「次は虹霓鱗騎士団の話を聞こうか。察するに、お前達も『奈落の千年回廊』に関わる報告なのだろう?」




