第474話 夜会の招待状
一回目の謁見を終えて、俺達は執務室を後にして控室へと戻っていった。
扉を閉じて城の従僕の目がなくなったところで、ガーネットが長々と息を吐き出す。
「夜会ねぇ。苦手なんだよな、そういうの。全員参加じゃなくてもいいんだろ?」
明らかに周囲へ聞かせるための声量だ。独り言にしては大きすぎる。
俺はすぐさま、ガーネットの目的が『自分はその夜会に参加しないつもりだ』と、他の団員達にさり気なくアピールすることだと察し、自然に話を合わせることにした。
「多分な。陛下も俺以外に参加しろとは仰っていなかったわけだし、希望者だけで大丈夫だと思うぞ」
「ならいいや。せいぜいアルマと楽しんでこいよ」
ガーネットが夜会への参加を拒む理由は、陛下が婚約者にも声を掛けろと言っていたからだ。
アルマが出席するなら、必然的にガーネットは同じ場所に姿を現すことができなくなる。
そのことに違和感を覚えさせないため、今のうちから違和感を与えないための下準備を済ませようとしているのだろう。
だが、意外と言えば意外である。
王宮主催の夜会という大勢の人間が居合わせ、なおかつ嫌でも注目を浴びざるを得ない場に女の姿で現れることに対し、ガーネットは嫌がる素振りすら見せていなかった。
単に一人二役がバレることを避けたいだけなら、アルマの方に不都合があって参加できないということにしてもよかったのだから。
にもかかわらず、妹のアルマとしての参加を即決したということは、陛下の誘いを断るわけにはいかないと考えたのか、それともまさか本当に参加したいと思っていて――
「希望者のみか。それなら僕も不参加を希望しよう。構わないかな」
ガーネットの不参加表明に続き、アンブローズも希望を口にする。
「いいのか? エイル議員は古代魔法文明について何か知っているみたいだぞ」
「僕が興味を抱くのは現在と未来だ。過去の出来事を解き明かすのは、目的ではなく新たな知見を得るための手段に過ぎない。専門家のヒルド卿からの又聞きで充分さ。君は出席するんだろう?」
アンブローズから不意に呼びかけられたヒルドは、すぐに頷いてそれを肯定した。
「もちろんです。こんな絶好の機会、何があっても逃すわけにはいきません」
「ならよし。土産話を期待しているよ。僕はその間にやっておきたいことがあるからな」
現状、白狼騎士団からの参加者は俺とヒルドで、不参加者はガーネットとアンブローズだ。
他の二人にも意見を聞こうと思ったのだが、マークは緊張で疲れ果てた様子で椅子に座り込んでいて、話しかけてもちゃんと考えて答えられるか怪しそうだ。
マーク自身は一言も発さずに同席していただけだったが、それでも相手がアルフレッド陛下ともなると、やはり緊張の度合いが大きくなり過ぎてしまうのだろう。
そしてチャンドラーの方に目を向けると、こちらから尋ねるまでもなく、何やら諦め混じりに答えを返してきた。
「俺は参加しますよ。柄じゃないんですがね……赤羽の方の騎士団長の方針で、中央にはなるべく顔を売っておけってなってるんですよ」
「そいつは……お前も大変だな」
チャンドラーも参加予定で、これで六人中三人。
マークの意見は気力を取り戻してから聞くことにしよう――そんなことを考えて、そろそろこの大仰な服を着替えてしまおうかと思ったところで、控室の扉が丁寧にノックされた。
「失礼いたします。ルーク・ホワイトウルフ様にお渡しするものがございます」
「何だ……? 入ってくれ」
城の従僕は扉を開けて恭しく礼をしてから控室に入り、俺に何通かの封書を差し出してきた。
「本日の夜会の招待状になります。白狼騎士団の方々は一番上の一通のみで何人でもご同行いただけます。また、アルマ・アージェンティア様も同様です」
「分かった。それで、残りはどうしたらいいんだ?」
「夜会にご招待なさりたい方がおられるのでしたら、どうぞこれをお使いください。一通につき二人までの入場が許可されますので、ルーク様のご判断でお配りください」
つまり白狼騎士団の団長名義の招待枠ということか。
これだけあれば、シルヴィア達も夜会に招待してもなお余るくらいだ。
「二つほど確認してもいいか? 白狼騎士団からの同行者はここの全員じゃなくてもいいんだよな」
「はい。ルーク様のご判断でお決めください」
「ありがとう。それともう一つ、招待状を渡す相手は貴族や騎士だけってことはないんだな?」
「その通りでございます。一般の方々も多く招待される夜会でありますから。ただし、特別招待枠のお方のみが立ち入れる場所もございますので、平にご容赦を」
特別招待枠とは、俺や白狼騎士団のために用意された分と同じ、特別な招待状を受け取った客のことだ。
恐らくキングスウェル公爵やエイル議員もこの枠で呼ばれていて、他人には聞かれたくない話題を問い質すのなら、その『特別招待枠だけが入れる場所』を利用しろということだろう。
さすがは陛下というべきか。細かいところまで配慮と根回しが行き届いている。
城の従僕が深々と頭を下げて立ち去った直後に、ガーネットが普通の招待状の一通を手に取って、困ったような微笑を浮かべた。
「こいつを使えばシルヴィア達も招待できるってわけか。だったら、あいつらとアルマを会わせるのも夜会の会場で良さそうだな」
「まだ皆も参加すると決まったわけじゃないぞ。いきなり今夜どうだって言われても、予定が空いてるとは限らないだろ」
「ま、そりゃそうなんだが」
くるくると指で招待状を弄ぶガーネット。
きっと俺の思い過ごしなのだろうけど、そんなガーネットの横顔を眺めていると、やはりアルマとしてシルヴィア達と会うことを嫌がっていないように感じてしまう。
もちろん、それを口に出して確かめる勇気は持ち合わせていないのだが。




