第473話 獅子の覇王と白狼の騎士 後編
「ふむ……魔王軍本隊の所在については現在も不明、第二階層に残っているのか第三階層へ移動したのかも調査中、と……」
アルフレッド陛下は報告書をめくって内容を読み上げながら、更に問いかけを投げかけてきた。
「中立都市アスロポリスに残留している魔王軍は、負傷などの理由で戦線離脱した兵とのことだったな。魔将クラスはまだ都市に残っているのか?」
「報告書のとおり、火のスズリは我々が第二階層に到着した直後に遭遇し、アスロポリスを訪ねた時点では既に姿を消していました。もう一人、氷のノルズリですが、報告書を送付した後に都市を出ているのが確認されました」
ノルズリの方は一時的な別行動の可能性も否定できませんが、と補足を入れておいて、陛下の次の発言を待つ。
陛下は顎髭に手をやってしばし考え込み、視線の先を俺からヒルドへと移した。
「アスロポリスの管理者から得られた情報……古代魔法文明の滅亡の経緯と大陸各地のダンジョンの関係性について、報告書にはない新たな裏付けは取れているか?」
「申し訳ありません。今のところ『元素の方舟』の探索結果からは、証言以上の証拠を発見できていないのが現状です。虹霓鱗騎士団の本部とも意見を交換し、より本格的な研究を行うよう準備を進めていく所存ですが……」
ヒルドは心底残念そうに率直な答えを返した。
管理者フラクシヌス曰く、地上に跋扈した神獣と魔獣によって古代魔法文明が滅亡に追いやられた際、当時最高の魔法使いだったアルファズルは神獣討伐と並行し、文明を保存するための次善の策を取ったという。
それこそが、現代の人間がダンジョンと呼ぶ地下空間である。
地上の環境や生態系などを人工の地下空間に再現し、神獣の脅威が消えた後に地上を復興させる苗木とする――そして『元素の方舟』はこのプロトタイプだったというのだ。
無論、真偽の程は全く分からない。
現時点では古代魔法文明の時代から生きているフラクシヌスが、こういう経緯があったのだと俺達に説明したに過ぎず、どこまで信用できるのかも不明である。
「分かった、引き続き調査を進めてくれ。しかし、アルファズルとやらも未だに全貌が掴めんな。ルークよ、お前の『右眼』でも『右眼』自体のことは分からんのか」
「はい。申し訳ありません」
「謝ることではない。虹霓鱗に地上のワイズマン信仰から辿らせてみても、全く成果がないほどに謎めいた存在なのだからな」
アルファズルについては未だ謎に包まれていることが多い。
俺が最初にその名前を聞いたのは、魔王ガンダルフに支配されていたドワーフ達が、あのダンジョンの創造主として信仰する神性である、という流れでの言及だった。
更に、魔王ガンダルフがアルファズルの存在と迷宮創造の事実を認め、俺のことをアルファズルに連なる者として配下に加えようとした。
その後、俺は事故に近い形で魔王ガンダルフの魔法の直撃を受け、死の淵でアルファズルらしき人物の幻影と邂逅――そして右眼球を『叡智の右眼』に作り変える力を手に入れた。
問題がより複雑になったきっかけは、主に二つ。
一つは地上の『奈落の千年回廊』の入口付近の地域、つまりキングスウェル公爵の元領地で、アルファズルが『ワイズマン』の名で信仰されていると判明したこと。
そもそもアルジャーノンが『奈落の千年回廊』に興味を持った理由も、地元のワイズマン信仰と関係があるのではないだろうか。
二つ目は、ウェストランド王国に従わない北方樹海連合の議員であるハイエルフ、エイル・セスルームニルとの邂逅だ。
ハイエルフは古代魔法文明の滅亡前から生きているエルフの総称であり、エイルはどうやら生前のアルファズルと親しい関係にあったらしく、俺達がアルファズルと古代魔法文明について調べるのを妨害しようとしてきた。
あれから再度の干渉を受けることはなかったが、ああまでして知られたくないことがあるというのは、やはり不気味に感じずにはいられない。
「しかし、あれだ。ここまで来ると、アガート・ラムとアルファズルの間にも何らかの関係性があるのでは、とも思えてくるな」
「はい……断片的だった様々な情報が一つに繋がってきましたが、その二つはまだ明確な繋がりが見えてきません。全くの無関係だという方が不自然だとは思うのですが……」
「当事者から情報を引き出せればいいのだがな」
「……?」
陛下が溜息混じりに零した呟きを聞いて、俺は何とも言えない引っかかりのようなものを感じてしまった。
しかしそれを問い質せずにいる間に、陛下の質疑の矛先がアンブローズの方へと移ってしまう。
「アンブローズ。魔獣ムスペルの核だったメダリオン、確かにこちらの研究施設で受け取った。もう一つのメダリオンもあれと変わらぬ組成だったのだな?」
「ええ。メダリオンと人体の【合成】による強化実験につきましても、最新の研究結果は事前にお送りした報告書のとおりです」
「ならば結構。後でこちら側の担当者を拠点に向かわせる。メダリオンについての詳細な意見交換はそやつと行ってくれ」
陛下はやや足早に話をまとめると、執務室に備え付けられた時計に目をやった。
「すまんが次の予定が迫っている。続きは……そうだな。今夜、王宮主催の夜会が執り行われる予定だ。その後ならば多少の時間が取れるだろう」
「分かりました。では、夜会が終わる頃にもう一度お時間を……」
「何を言っておる。せっかく十三人目の騎士団長が王都にいるのだ。参加して顔を売るのも悪くはあるまい」
思わず声に詰まってしまう。
陛下は「強制するつもりはないがな」と言ってはいるが、確かに騎士団長ならそういうことも仕事のうちになるのかもしれない。
だが、拒否しようという気持ちを根こそぎ奪い取っていったのは、そんな身の入らない義務感などではなく、陛下が次に付け加えた言葉であった。
「それに、夜会の参加予定者はお前も無関係ではない。キングスウェル公爵と北方樹海連合からの招待客――エイル・セスルームニル議員を含む一行も参加する予定だ」
「――なるほど、陛下もお人が悪い。そんなことを言われたら、参加せずにはいられないではないですか」
俺が情報を引き出したいと考えている権力者二人――それらが同じ会場に揃うというなら、むしろ頼み込んででも参加させてもらいたいくらいだ。
エイル議員まで参加するというのは驚きだが、王宮主催の夜会なら異国との外交の場になっていても全くおかしくない。
それはそうと、エイル議員の度胸というか、面の皮の厚さはかなり強靭らしい。
確かにエイル議員が俺に仕掛けたトラップは、物的証拠を全く残さず追及が困難だったが、それでも素知らぬ顔で夜会に顔を出せるのは逆に尊敬の念すら浮かんでしまう。
「ちなみに、王都に滞在中の騎士団長は全員が出席予定だ。もしも話しておきたいことがあるなら、開会前にでも会合の場を用意できるぞ」
「本当ですか? 是非ともお願いします」
「では、そろそろ時間も限界だ。次は夜会の席で会うとしよう。婚約者にも忘れずに声を掛けておくのだぞ」
最後の最後にとんだ爆発物を投げ込んでから、陛下はあっさりと執務室を立ち去ってしまった。
……その間、俺は隣に立つガーネットから睨むような視線を感じていて、そちらに顔を向けることが全くできなかったのだった。




