第472話 獅子の覇王と白狼の騎士 前編
国王との謁見と聞くと、豪華絢爛な謁見の間での対面が思い浮かぶかもしれない。
恐らく典型的なイメージは、かなりの奥行きがある広間の最奥に高座があり、そこに設けられた玉座に国王が腰かけて、謁見を望む訪問者を見下ろしている光景になるのだろう。
しかし、そういった定番を必ずしも踏襲しないのが、国王アルフレッドという人物である。
現に、侍従が俺達を案内した先は、城内に設けられているはずの謁見の間ではなく、国王が普段の執務を行うための小振りな部屋であった。
「久しいな、ルーク・ホワイトウルフ。グリーンホロウでの活躍は俺の耳にも届いているぞ」
豪奢な執務机の向こうから、獅子のような威圧感を纏った男が不敵な笑みを投げかけてくる。
国王アルフレッド。
ウェストランド王国の統治者にして大陸統一戦争の覇者。
かつては大陸でも指折りの冒険者として知られ、両方の分野で頂点を極めた規格外の人物。
今を生きる偉人と呼ぶべき存在から名指しで呼びかけられるだなんて、一昔前の俺なら呼吸どころか心臓まで止まってしまったかもしれない。
けれど、こんな間近での謁見が初めてではないからだろうか。
俺は不思議と落ち着いた心持ちで、相応しい態度での応対をこなすことができていた。
「お久しぶりです、陛下。Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』および『魔王城領域』……改め『元素の箱舟』の調査状況について、直接のご説明を差し上げるために罷り越しました」
「ははは、大仰な挨拶は不要だぞ。他の騎士団長にも常日頃からそう言っているのだがな」
アルフレッド陛下は卓上に広げられていた書類を腕で脇に除けると、侍従から渡された書類の束を手前に置いた。
「しかしまぁ、最初に会ったときと比べると、ずいぶん肝が据わったと見える。相応に場数を踏んできた成果が出てきているようだな」
俺が陛下に初めて謁見したのは、グリーンホロウの目と鼻の先にある『日時計の森』が魔王ガンダルフの勢力圏に直結していると判明し、黄金牙騎士団がグリーンホロウに派兵されるという話が持ち上がったときだった。
あのとき俺は、陛下から直々に当時の派兵案について意見を求められ、自分の【修復】スキルなら現地の負担を最小限にできるはずだと奏上した。
もちろん緊張は今の比ではなかったが、当時の案だとグリーンホロウに多大な負担を強いてしまう可能性があったので、どうしても退くわけにはいかなかったのだ。
結果、驚くべきことに俺の提案はあっさりと会議を通り、俺が冒険者でも武器屋でもない形で注目を浴びるきっかけとなってしまった。
後悔はしていない。
最善手を打つことができたと今でも思っている。
たとえそれが巡り巡って、領地だの騎士団だのといった大きすぎる責任を背負うことになったのだとしても。
いや、むしろあの一件があったお陰で――
「さてと、すまんがあまりのんびりはできん。さっそくで悪いが調査状況を口頭で説明してもらいたい。こちらから適宜質問を入れさせてもらう」
「かしこまりました。それではまず……」
陛下から求められるがままに、まずは俺から『元素の箱舟』の調査状況について語り始める。
現時点で到達している最深部は第二階層。
冒険者に協力的な魔族から得られた情報によると、このダンジョンは四つの迷宮と四つの地下空間が互い違いに重なり合った構造をしているらしい。
地上の人間が『奈落の千年回廊』と呼んだ迷宮が第一迷宮で、その先の地下空間である『魔王城領域』が第一階層だ。
そして第二階層は水と緑にあふれた階層で、複数種類の魔族が生息している。
とりわけ重要なのが、他のあらゆる勢力に対して中立を保つと宣言した湖上都市、アスロポリスである。
第二階層の魔族はいわば被支配者層で、魔王ガンダルフのような支配者層が第三階層に住まい、第二階層の住民を支配している構図が成立していた。
アスロポリスはそれらの支配からの避難所だったのだが……どういうわけか、最近になって第三階層からの干渉が途絶え、魔王ガンダルフの軍勢も満身創痍の様相で第一階層へ去ってしまったのだという。
「恐らく、魔王ガンダルフは彼らが『真なる敵』と呼ぶ勢力によって第三階層から駆逐されたのだと思われます。他の支配者層も敗北して壊滅したのでは……というのが現地での推測です」
「そして『真なる敵』とやらは、ミスリル密売組織のアガート・ラムと同一組織であると。銀翼騎士団にとっては寝耳に水だな。これでは地上のどこを探しても見つかるまい」
アルフレッド陛下は表情を引き締めたガーネットに目をやってから、手元の書類を一枚めくった。
「かつて大陸統一戦争の最中、魔王ガンダルフは我らが知らぬ道を通って地上に軍勢を送り込み、国を一つ滅ぼしたとされている。この出来事が第三階層に居座っていた頃のことなら、アガート・ラムはガンダルフを追い落とした後、同じ道を使って地上にミスリルを持ち込んでいるのだろうな」
陛下の推測は恐らく大当たりだろう。
更に、魔王ガンダルフが第一階層を占領したことで、第三階層のアガート・ラムはミスリル鉱床も同然の第一迷宮の様子が分からなくなってしまった。
地上側から様子を窺おうにも、あの迷宮は冒険者ギルドの管理下にあるので、部外者がそうやすやすと情報を手に入れることはできない状況だ。
明確な理由は不明だが、アガート・ラムは第一迷宮こと『奈落の千年回廊』に人間が干渉することを嫌がっているらしい。
きっと、第一迷宮の内壁が石材に偽装されたミスリル製だからだろう。
ミスリルの大鉱床を入手されたら自分達の商売が上がったりになるからか、あるいはまた別の理由があるからか……その辺りは考えても仕方がない。
ともかく、アガート・ラムは第一迷宮に踏み込んだ人間の情報を欲し、第二階層に到達した人間であるアルジャーノンに接触。
アルジャーノンの望みを叶える代わりに、彼が雇って第一迷宮に連れ込んだAランク冒険者の情報を入手して、自動人形の夜の切り裂き魔を王都に送り込んで次々に殺害させた。
全ては『元素の箱舟』とアガート・ラムを軸に繋がっていたのだ。
「逆に言うと、第三階層に直結する抜け道を押さえれば、アガート・ラムのミスリル密売を抑制しつつ、第三階層へ殴り込みをかけることができるわけだ」
「それが実現すれば素晴らしいですね。現状、第二階層から第三階層へ移動可能なルートは発見されていませんから」
大勢の冒険者がアスロポリスを拠点に第二階層を探索しているが、今のところ第三階層へ移動する手段は見つかっていなかった。
第二階層の魔族達は第三階層への行き方を最初から知らず、管理者フラクシヌスが把握していたルートは物理的かつ魔法的に封鎖されていて、簡単には再開通させられそうにない。
「よし、分かった。滅亡した王国の跡地の調査を行うことにしよう。だがあそこは魔王軍の進軍の影響か、地上にありながら魔物の巣窟と化していてな。冒険者ギルドの方にも相談しておく必要がありそうだ」
さり気なく提示された新しい情報に思わず閉口してしまう。
アガート・ラムがそんな場所を経由して地上に手を出しているのなら、いくら銀翼騎士団でも簡単には足取りを追えないはずである。
魔王軍め、つくづく余計なことをしてくれるな――思わず内心でそう毒づかずにはいられなかった。




