第459話 二人でこれからを語ろう 前編
ホロウボトム支部での食事会を終え、本店組は揃って地上に戻って明日に備えることにした。
まずはノワール達四人をそれぞれの部屋に送り届け、俺とガーネットの二人で本店へと引き返す。
「ふー、ようやく肩の荷が下りたって感じだな」
家に入るなり、ガーネットは肩をぐるぐると回しながら、満足気に息を吐いた。
「ま、オレは商品開発の方にはほっとんど役に立たなかったわけだけどさ」
「その間ずっと店の方も忙しかっただろ? しっかりフォローしてくれるのもありがたかったよ」
「そりゃどうも。ほんと煽てるのが上手ぇよな」
ガーネットは満更でもなさそうな表情でソファーに腰を下ろした。
俺はその間に台所へ向かい、作り置きをして暗所で冷やしておいたハーブティーを二つのコップに注ぐ。
そしてガーネットの隣に腰を下ろし、ハーブティー入りのコップの片方を手渡した。
「ほら」
「ん」
短いやり取りを交わして同時に喉を潤す。
「肩の荷と言えば、強くなりたいっていう方はどうなんだ?」
「そうだな……オレ自身の強化は、メダリオンのアレでかなり満足できたぜ。だけど後は武具だな。現状でも相当な逸品だと思うんだが、相手が相手だけにもう一押しの強化が欲しいっつーか……」
ガーネットは包み隠すことなく本心を語ってくれているのだと、言葉にされるまでもなく伝わってきた。
現状のガーネットの装備品のうち、剣は市販品としては一級品に俺がミスリルを【合成】し、ノワールが魔法紋を刻んで魔力の斬撃と障壁を発生させられるようにしたものだ。
服も特別製で、ドラゴンスレイヤーのセオドアが仕留めたドラゴンの素材を用い、同じくセオドアから紹介してもらった職人に仕立ててもらった一品物である。
「あれ以上の強化となると、そうだな……もう騎士だってことは隠してないんだから、金属鎧を使うのも視野に入れてみるか?」
「装備が重くなりすぎて他の連中と足並みが乱れる、なんてのはなるべく避けてぇんだよなぁ。サクラやダスティンに足でついていけねぇのはまずいだろ?」
ガーネットの身体強化スキルの性能なら、金属鎧を着用していてもさほど影響はないように思えるのだが、本人にとっては……そして最上級の戦士を比較対象とするなら無視できない要素らしい。
真剣な面持ちでブツブツと考え込むガーネットの横顔に、俺は不思議なくらいに目を奪われていた。
こういう話題に本気で取り組むガーネットは、本当にらしいと思う。
何だかんだと言っても、自分自身を戦う者だと位置付けて、その役割に本気で向かい合ってこそ、ガーネットという少女の本領が発揮されるのだろう。
日常生活で明るく笑う姿もいいものだが、騎士らしい振る舞いにも同じくらいの魅力を感じてしまうあたり、俺もなかなかの趣味をしているのかもしれない。
「まっ! そっちは別に焦らねぇよ。生身の体を一朝一夕で強くするよりよっぽど現実的だと思うぜ。なんてったって、オレらの本業は武器屋なんだからな」
「……ああ、そうだな。その通りだ」
「頼りにしてるぜ、ルーク」
真横からニカッと笑いかけられ、思わず胸を高鳴らせそうになる。
これで役に立てなければ武器屋の名が廃るというものだ。
やはり剣はベースの質を上げていくことが近道だろうか。
今の剣も、冒険者が普通に入手可能な範囲では間違いなく上級と言える出来栄えで、これ以上を求めるとなると難しくなってくる。
それこそ名だたる名剣クラスを都合する必要があるかもしれない。
ベースの調達さえできれば、俺がミスリルを【合成】したうえで、ノワールに新たな魔法紋を施してもらい、今後の仮想敵に合わせた戦闘スタイルを調整していくことになるだろう。
防具の方は更に選択肢が広くなる。
例えば現行の竜革装備の改良。
例えばミスリルを【合成】した金属鎧。
他にも、ガーネットにメダリオンの魔獣の因子と【合成】したときに、魔獣スコルの強靭な毛皮の要素が防具に反映されていたことを踏まえ、新たな装備品を開発するのもいいかもしれない。
……そんなことを思い浮かべていると、口の端が自然と緩んでいく。
かれこれ一年以上も武器屋稼業を続けてきたせいか、新製品の構想を練ることがやたらと楽しく感じるようになった自分がいる。
ノワールやアレクシアと一緒に、灰鷹騎士団から依頼された試作品の会議をしていたときもそうだった。
騎士だの団長だの領主だのという仰々しい肩書を背負っていても、本業は武器屋――事あるごとに主張してきた言い分が、決して言い訳などではないのだと改めて確信させられる。
「んん? 何か楽しそうだな」
感慨深く目を伏せていた一瞬の間に、ガーネットが思いっきり距離を詰めて俺の顔を覗き込んでくる。
「楽しいに決まってるだろ。好きでやってる武器屋なんだし、何よりお前の装備を考えてるんだからな」
「へへっ、嬉しいこと言ってくれるじゃ……うおわっ!?」
ガーネットの軽い体を持ち上げて膝の上に座らせる。
戦闘向きのスキルどころか身体強化手段すら持ち合わせていない俺だが、素の身体能力やら腕力やらは体格相応にあるつもりだ。
スキルを全開にしたガーネットと戦えば一秒と持たないに決まっているけれど、こうして寛いでいる状態ならば、華奢な体を軽々と持ち上げるくらい簡単だ。
膝の上に適度な重みを感じながら、肩越しに腕を回して身を寄せる。
俺としてはしばらくこのまま続けていたかったものの、ガーネットは妙にそわそわしていて、腕の中で体と体の間に隙間を作ろうとし始めていた。
「あー……そ、そうだ! 風呂場も今日から使えるようになったんだろ? さっそく試してみねぇか?」
「それもいいな。汗でも流してさっぱりするか。焼いた肉の匂いも残ってることだし」
「……分かってんならすんなっての!」
膝の上でガーネットが首を振り、大して痛くもない勢いで俺の顔に後頭部をぶつけてきた。
次回更新が第十一章の締めくくりになる予定です。




