第458話 それもまた大事なこと
それからしばらく後、俺はシルヴィアに仲介してもらって、春の若葉亭が出店している食堂を借り切らせてもらうことにした。
場所は冒険者ギルドのホロウボトム支部の一画、民間に貸し出されているスペースの一つ。
春の若葉亭は支店内で冒険者向けの宿を開いていて、そこは完全に宿泊だけのサービスとなっているのだが、隣接した部屋で食堂も開いているという形になっていた。
事前に予約しておけば、通常営業が終わった後に店舗全体を貸し切りにしてもらうこともでき、探索を終えた冒険者パーティの打ち上げの場として好評を博していると聞いている。
今回、俺がそこを貸し切りにさせてもらった理由は、もちろん灰鷹騎士団からの依頼を成功させたことへの労いのためだ。
参加者は俺とガーネットに、主役といえるノワールとアレクシア、忙しい中で店を支えてくれたエリカにレイラ。
更にいつもの本店メンバーだけでなく、穴埋めのためのスタッフをよこしてくれた支店スタッフも揃っている。
「――というわけで。堅苦しい話はこれくらいにしておいて、今日は気楽に楽しんでくれ」
責任者として求められた口上を手短に切り上げ、早く食事にしようと宣言する。
支店スタッフは特に顕著なのだが、参加している面々は若い層が多く、目の前に並べられた料理の数々にすっかり目を引かれていて、店長の話はほとんど耳に入っていないようだった。
それなら無駄に時間を使って長々と語るより、さっさと済ませて食べ始めた方が喜ばれるだろう。
歓声が上がって夕食会の幕が上がる。
腰を下ろして一息ついた俺に、支店長のナタリアが上等な果実酒を注いでくれた。
「ホワイトウルフ商店にとって初めての、グリーンホロウ周辺地域以外からの商品開発依頼。無事に成功して何よりです。お疲れ様でした」
「おっと、ありがとな。頑張ったのはノワールとアレクシアさ」
「従業員が頑張れるようにすることだって大事なお仕事ですよ」
店を預かる者同士で語りながら、今回の主役である二人の方に視線を向ける。
アレクシアは相変わらずの明るさと人付き合いの良さで、支店スタッフ達を巻き込んで元気に騒ぎ立てている。
無理に騒ごうとしている空気は全くなく、自分にとって自然に楽しめる態度で振る舞ったらこうなるのだという雰囲気が、少し離れたこの場所からでもひしひしと伝わってくる。
ノワールの方は端の方でひっそり食べるつもりだったようだが、若い娘から興味津々といった様子で質問を投げかけられていた。
ここから話を聞く限り、どうやら彼女は商品開発に興味がある支店スタッフのようで、マジックスクロールをポケットサイズの暖房具に作り変えたことに感銘を受けたらしい。
対するノワールの反応は、戸惑いと満更でもなさが半々といったところだろうか。
「ところで、結局は両方とも採用されるということになったのですか?」
「一応、オズワルド卿はその方向で進めるつもりらしいな。一長一短だから使い分けるんだとか何とか」
俺は業務上の情報共有として、ナタリアに各試作品の現状について伝えることにした。
――アレクシア提案の魔力結晶をエネルギー源とするタイプは、生産コストが高い代わりに結晶の補充で長期間使用可能なので、しばらく拠点に帰還できないような任務向けとして。
魔力結晶が高く付くという問題も、市販されている結晶が作られる際に生じる粉末という、いわば廃材の利用によって抑えられるだろうと予想されている。
それと、たまに本体が熱くなり過ぎると指摘された点だが、素手で触らず手袋越しに扱ったり、袋に入れて持ち運ぶという運用上の自然な工夫で対応可能であると判断された。
こちらの製品は、オンオフの切り替えなどを始めとする機巧的構造が複雑なので、アレクシアや知人の機巧技師が製造して北方へ送ることになるはずだ。
――ノワール提案の布製呪符を袋詰にしたタイプは、使い捨てで一日分しか持たない代わりに材料がとにかく安価なので、その日のうちに帰還できる普段の任務向けとして。
実験の後で新たに加えられた改良として、従来は発熱用の呪符と制御用の呪符を互い違いに重ねる形で作っていたが、これらを細長い布で作り、それぞれ一枚ずつ重ねて折り畳む製法がある。
小さい布に同じ魔法紋を延々と描き続けるよりも、細長い長方形の布に一気に描いてしまった方が楽であるという、開発にも製造にも携わるノワールならではの提案だった。
また、水や湿り気に弱いという指摘に対しては、呪符を詰める袋を適切な素材にするという対応が考えられている。
需要が増えるとノワールやブランだけでは製造しきれなくなるのでは、という懸念については、アンブローズに声を掛けて翠眼騎士団の協力を得ることで解決を模索しているところだ。
「防水性の袋はサンダイアル商会に頼んで探してもらってるよ」
「ふふ……いつもありがとうございます。ドロテア会長はお元気そうですか?」
「俺もしばらく会ってないけど、シルヴィアが言うには全く変わりないそうだ」
サンダイアル商会――大陸でよく知られる大商会だが、その会長であるドロテアが実はシルヴィアの祖母であるという意外な繋がりがある。
更にナタリアもドロテア会長の弟子であり、俺達にとっては商人としての訓練を積んだ人材を得られ、本人にとっては実務経験を積むいい機会という、お互いにとって望ましい理由で派遣された人物だ。
今回も量産に必要な材料は、サンダイアル商会に調達をお願いしており、何だかんだといい関係を築けていると思っている。
「やっぱり、今回みたいに俺一人じゃどうしようもない仕事をやってると、人と人の繋がりは大事なんだなって実感するよな。翠眼騎士団の件も含めてさ」
「ええ、師匠からもよく言われました。さすがに騎士団との繋がりなんてものを持っているのは、ルーク店長くらいのものでしょうけど」
「言い過ぎだって。俺なんて、そんなに特別な奴じゃないって」
空になったコップにナタリアが酒を継ぎ足そうとしたところで、椅子の背後からガーネットが身を乗り出して割り込んできた。
「何やってんだ? こんなときにまで仕事の話してんじゃねぇぞ」
「はは……悪い悪い。今日はとことん楽しまないとな」
つい場にそぐわない話で盛り上がってしまったことを反省すると、ガーネットはにこやかな笑みを浮かべて、自分が持っていた瓶の中身を俺のコップに注ぎ入れた。




