第457話 強さを求めた乙女達
それから俺とガーネットは食堂で昼食を取り、しばらくそこで休憩を取ってから本部を離れることにした。
「白狼の、次はもう店に戻るんだっけか?」
「いや、その前にホロウボトム支店の方に立ち寄らないと。別に大した用事じゃないんだが、忘れないうちに済ませたいからな」
何気ない会話を交わしながら食堂を出ようとしたところで、後片付けをしていたシルヴィアがパタパタと駆け寄ってきた。
「ルークさん。これから『日時計の森』に行かれるんですか? でしたらお願いしたいことがあるんです」
「どうした? ついでにやれることなら構わないけど」
「実はサクラとレイラさんからお弁当を頼まれていまして。二人とも『日時計の森』の入り口前の広場にいるはずなので、持っていっていただけませんか?」
「レイラ? どうしてまたサクラと……」
正直、かなり意外な組み合わせである。
確かに今日はレイラが休みの日だったが、一体どんな繋がりでサクラと行動を共にすることになったのだろう。
不思議ではあるものの、何か問題を起こすような連中でもないので、特に心配する必要はなさそうだ。
「分かった、広場ならちょうど行きがけだな」
「ありがとうございます。あっ、飲み物はこちらに……」
あの二人が何をしているのか、シルヴィアなら知っているだろうと思ったが、それなら現地で二人に聞けばいいことだ。
騎士団本部を出て、歩き慣れた山中の坂道を登っていく。
「つくづく思うんだけどよ、ここも最初と比べてだいぶ様変わりしたよな」
ガーネットが周囲を見渡しながらしみじみと呟く。
最初というのは、俺達がグリーンホロウにやって来た一年前のことだ。
当時はまだ『日時計の森』というダンジョンの知名度が低く、更にその下にある『魔王城領域』の存在も知られていなかったので、この坂道を通る者はあまりいなかった。
町の住人や駆け出し冒険者が、野草と薬草を取りに『日時計の森』へ赴くときに通る程度であり、まさに山中の坂道といった雰囲気だったのを覚えている。
しかし今はすっかり綺麗に整備され、道の左右の茂みも整えられ、見通しもかなり良くなっていた。
「ああ、これからも少しずつ変わっていくんだろうな。それが良いことなのかどうかは分からないけどさ」
「良いも悪いもねぇだろ。何にも変わらねぇ方がおかしいんだ。腰据えてじっくり付き合っていこうぜ」
やがて整備の行き届いた坂道を登り終え、『日時計の森』の手前にたどり着く。
このダンジョンはいわゆる開放型で、見た目は五段階の階層に分かれた窪地といった趣きだ。
サクラとレイラが待っているはずの場所は、ちょうどダンジョンの入口付近に切り開かれた広場――というよりも、単に草木が取り払われた何もないスペースだ。
元々は『日時計の森』内部の道を整備する際の物資置き場として用意されたもので、今は漫然と広場や公園の類として使われているのだが……。
「おっ、いたぜ。なるほどなぁ、そういうことか」
広場の奥にサクラとレイラの姿を認めるや否や、ガーネットは納得顔でにやりと笑った。
続いて俺もすぐに状況を理解する。
サクラとレイラはそれぞれ動きやすい衣服に身を包み、木製の練習用刀剣を手に、お互い向かい合って打ち合っているところであった。
厳密には、レイラが腕利きの剣士であるサクラに胸を借りて、剣の訓練をしているといった雰囲気だ。
「おーい、二人とも。そろそろ休憩にしたらどうだ?」
俺が声を上げながら近付くと、二人は揃って驚いた表情を浮かべ、その後はそれぞれ異なる反応を見せた。
笑顔を浮かべるサクラに、気まずそうかつ気恥ずかしそうに視線を逸らすレイラ。
二人の認識の違いがよく分かる反応だった。
「これはルーク殿。ひょっとして。シルヴィアにお願いしておいたものを持ってきてくださったのですか」
「弁当と飲み物が二人分だろ? レイラが特訓だなんて珍しいけど……」
「……ええ、そうですよ。そういうことですよ」
こちらからはまだ何も言っていないのに、レイラは勝手に観念した態度になって喋り始めた。
「授かったスキルを鍛えるついでに、体力もつけておこうと思ったんです。どんなスキルも鍛えなければ性能が上がりませんし、何をするにも体力は必須ですから」
レイラが自分を鍛えている理由は聞くまでもなく明らかだ。
想い人であるトラヴィス……『強すぎる力で傷つけてしまうかもしれない』なんていう理由で若い女を避けてきたあの男に、自分を受け入れてもらいやすくするためである。
トラヴィスはレイラの気持ちと真摯に向かい合うと約束してくれたが、奴は十五年以上に渡って異性と距離を置いてきた筋金入りだ。
上手く事を運ぶには、自分の側からも距離を詰めていく必要がある――きっとそんなことを考えているのだろう。
「こんなことなら、実家にいる頃から鍛錬を積んでおけばよかったです。騎士になる気がないからといって、距離を置くべきではなかったかもしれません」
「ハインドマン家の鍛錬か。そいつは確かに受けなかったのは損かもしれねぇな」
横からガーネットにそう言われ、レイラは揶揄されたと感じたのか不愉快そうな目線を向けたが、すぐに誤解だと気付いて態度を緩めた。
ガーネットが浮かべていた表情は、むしろレイラに対する共感と納得に満ちていた。
「これで充分だろと思ってたのに、蓋を開けてみれば今の強さじゃ全然足りなくって焦っちまう……身につまされる話だぜ」
「……私と貴方とでは動機が全く違うと思いますけど。そういえば、貴方も短期間で強くなれる手段を探していたんですよね。何か成果はありましたか?」
「へ? あー、いや、あるにはあるんだが、まだ言えねえっつーか……」
露骨に言葉を濁すガーネット。
あの手法はまだ王宮への報告も終わっていない代物で、なおかつ方法が方法だから、まだ外部に情報を漏らしていい段階ではない。
しかしガーネットの場合は、そんなことよりもずっと大きな理由があって、説明を躊躇っているようにしか思えなかった。
具体的には、発動中の自分の見た目辺りで。
「ルーク殿、実際はどうなのですか?」
サクラが興味ありげにこっそりと耳打ちをしてくる。
俺はレイラの追求にたじたじなガーネットを見やりながら、苦笑交じりに答えを返した。
「もちろん大成功だ。詳しいことはまたいずれ……な?」




