第437話 解決手段を模索して
強くなる方法を探す――口で言うのは簡単だが、いざ実行するとなるとこんなに難しいことはない。
誰でも楽に強くなれる方法があるのなら、世の中の誰もがとっくに実行しているはずなのだし、俺だって最底辺のEランク冒険者としてくすぶり続けることもなかったのだから。
けれど、だからといって諦めるつもりは毛頭ない。
アガート・ラムの一件の解決までに間に合うかどうかは別として、やれることは全てやっておきたかった。
すぐに思いつく手段は大きく分けて三種類。
――まず最初に思い浮かぶのは、やはり真っ当に鍛え上げることだろう。
肉体、技術、そしてスキル。
これらを鍛えることは強くなるための王道だ。
しかし、成果が出るまでに時間が掛かるうえに、あくまで土台作りに相当するので劇的な変化は起こりにくいという問題もある。
いつか強さが必要になるときに向けて鍛えておく、といった趣きの強い手段であり、いざ必要になってから始めても間に合わない可能性が高い。
それに元々、ガーネットは銀翼の騎士に求められる鍛錬を積んできており、護衛任務や店の仕事で不足しがちな分だけ鍛え直したところで……という面もある。
更に言えば……スキルを除いた肉体は十五、六の少女でしかない事実も、ガーネットが求める水準になると大きな壁になってくる。
スキルによる強化が同程度なら、当然ながら肉体そのものが強靭なほど戦闘能力は高くなる。
長身で筋肉の塊のようなトラヴィスや、細身に見えて屈強なダスティンに肩を並べようと思ったら、技術やスキルが同等でもまだ足りないわけだ。
――二つ目の案は現状よりも更に強力な装備を用意することだ。
こちらは即効性が高く、使いこなすまでの習熟訓練さえ済ませれば、短期間で大幅な戦力向上を期待することができる。
実際に、アガート・ラムの幹部であるハダリーを撃破した決定打は、エゼルが取り落したイーヴァルディの剣をガーネットが振るったことだった。
イーヴァルディの剣は使い手のスキルの効果を増幅させる機能を持ち、ガーネットの強化スキルは肉体のみならず装備品にも及ぶことから、これらの相乗効果で斬撃の威力が向上していたと考えられる。
現状の装備品のうち、特別と呼べる武具は二つ。
知り合いの鍛冶職人が用意した高品質の剣に、俺がミスリルを【合成】し、ノワールが魔法紋を刻んで魔力の斬撃や魔力障壁の展開を可能とした武器。
セオドアが討伐したドラゴンの素材を、同じくセオドアが贔屓にしている職人の手で仕立て上げた、ドラゴンレザーの冒険者仕様の着衣。
このように、強力な装備の調達や製造であれば、俺の【修復】スキルや人脈も貢献できるから、最初の案よりも格段に現実味があるといえるだろう。
問題は、肝心のノワールやアレクシアが製品開発にかかりきりで、こちらにまで時間を割く余裕がなさそうなことだ。
いくらなんでも店に来た依頼を後回しにさせるのは、公私混同職権乱用甚だしい。
緊急事態というわけでもないのだから、灰鷹騎士団からの依頼を済ませてから改めて相談を持ちかけるべきだろう。
――残る三つ目の手段は、新たなスキルを獲得すること。
この手段が抱える最大の問題は、俺自身がこれまで【修復】スキルしか得ることができなかったので、ちゃんとしたアドバイスをすることができそうにないことだ。
世間では色んな俗説が流布しているが、どれもこれも成果はなかったと教えることしかできそうにない。
一体どうやったら確実にスキルを授かれるのかなんて、むしろ俺の方が教えて欲しいくらいだった。
久々に情けない日々を思い出して自嘲しながら、いつものように開店準備を進めていると、少し興奮した様子のレイラが前のめりになって話しかけてきた。
「ルーク店長! あの、ご報告があるのですが!」
「お、おう。どうしたんだ?」
いつも落ち着いているレイラがこんな風になるのは、だいたいトラヴィスが絡んだときくらいのものだ。
なので今回もそうなのだろうと思っていると、レイラは半分予想通りで、半分予想外のことを言い出した。
「実は私、やっと新たなスキルを授かったようなのです!」
「なっ……それ本当か!?」
俺がそれ以上の反応をするより先に、レイラは真剣な表情のまま勢いよく頷いてまくし立ててきた。
「トラヴィス様が女性を遠ざける理由が、その力強さでお相手を傷つけることを恐れてのものだと知って以来、我ら竜王騎士団の守護神に祈りを捧げてきた甲斐がありました……!」
レイラ曰く、授かったスキルは耐久性寄りの瞬間的な強化であり、ガーネットのスキルを防御的に偏らせたものらしい。
耐久力の底上げ自体は前々からできたそうだが、今回のスキル獲得で短時間の大幅強化が可能になったのだという。
「そいつは良かった。やっぱりあいつの臆病さを何とかするよりも、レイラが強くなる方が近道だろうな」
「臆病さではありません、優しさです!」
「まぁまぁ。ええと……参考までに聞きたいんだけど、スキルを得るために特別なことはしたのか?」
もしも特殊な手段があるならと思ったが、レイラはふるふると首を横に振るだけだった。
「ひとえにお祈りを重ねただけです。強いて言うなら、数を増やして時間を伸ばすよりも短い時間に真摯な想いを注ぐべし、というのが竜王騎士団の流儀ですね」
「そうか……やっぱり近道はないんだな」
「朝のお祈りをしている最中に、胸の奥が突然熱くなって、その熱が全身に広がって……気がつけば『そういうことができる』という実感が備わっていた、という次第でした」
レイラは嬉しげに自分の胸元に手をやった。
俺にとってはずっと昔に一回だけ経験した出来事に過ぎず、その瞬間の記憶も薄れてしまったような感覚だ。
「へぇ、新しいスキルねぇ」
ガーネットが棚に並べる予定の商品を抱えてひょこっと顔を出す。
「良かったじゃねぇか。瞬間強化系なら多少乱暴にされても安心だな」
「なっ……! 変なことを言わないでくださいっ!」
レイラは頬を紅潮させて踵を返し、開店準備に戻っていった。
俺はとりあえずガーネットを軽く叱ってから、例の件についての話題を口にすることにした。
「新しいスキルの獲得に懸ける……これも一つの手段だと思うんだが、お前はどう思う?」
しかしガーネットは、肩を竦めて皮肉げに即答した。
「とっくにやってるっての。今んとこ成果はねぇな。それに新しく身についたところで、あのレベルに通用するまで鍛えるのも一苦労だしな」
やはりそうか。
ガーネットも自分だけでやれることは全て試しているはずなのだ。
となるとやはり、最も確実なのは今以上に強力な装備を用意することか。
俺がまともに貢献できる数少ない手段でもあるのだから、何とかして実現しなければ――そんなことを考えながら、今日の仕事の準備を続けるのだった。




