第433話 北方から来たる者達
後日、騎士団の様子を見るために本部を訪れた折に、予定通りヒルドからも北方の生活について聞いてみることにした。
もちろんメインは仕事の話で、二人きりになったタイミングを見計らって雑談を持ちかけるという形だ。
オズワルドの依頼はあくまでホワイトウルフ商店として受けたもの。
このような依頼を持ち込まれたという事実は、依頼主からの同意がない限り、いくら責任者が同じであっても他の団体には漏らせない。
「寒さの対策ですか? 北方の? そうですね……」
ヒルドはあくまで何気ない雑談に応じる態度で、ウェストランド王国に亡命する前のことを語り始めた。
「『白亜の妖精郷』は開放型ではなく普通のダンジョンでしたから、気候も気温も安定していて過ごしやすかったですよ。グリーンホロウが少し涼しく感じる程度だと思います」
「まぁ、ダンジョン内の集落ならそうなるか。こっちでも地下室は気温があまり変動しないって言うからな」
「用事があって外に出るときは、冷気を遮断する魔法の使い手を同行させるのが普通でしたし……ああ、体温低下を防ぐクリームのようなものもありましたね」
そう言いながら、ヒルドは片手でもう一方の手の甲を撫でるような仕草をした。
「軟膏か。こっちでも作れそうか?」
「んー……材料がダンジョン産の植物でしたから。『白亜の妖精郷』以外で作れるかどうかはちょっと」
割と興味深い情報だったのだが、材料が手に入らないなら試しようがない。
そもそも現地の灰鷹騎士団は容易に入手できるはずなので試す意味はない……と考えてしまうかもしれないが、実際にはそうではないと思っている。
何故なら、向こうでしか入手できない材料と、機巧技術や魔道具作製技術を組み合わせることで、新しい道具が生み出せる可能性も十二分にあるからだ。
とはいえ発注を掛けるかどうかは慎重に考えよう。
国境をまたぐことになれば、色々と面倒事が増えてきてしまうのだから。
「そういえば、北方で思い出したのですが、ビューフォート家の御長男が『元素の方舟』からご帰還なさるそうですよ」
「セオドアが? 今回は随分と長く潜ってたみたいだけど、何か収穫でもあったんだろうか……」
「近日中に報告のためここへ来るそうですので、団長殿も臨席なさってはいかがでしょう」
会っておいた方がよさそうだ、という考えがすぐに浮かんでくる。
理由は灰鷹騎士団の依頼とは無関係だ。
セオドアは趣味としてドラゴン狩りを楽しむ傍ら、どうして『魔王城領域』にドラゴンが棲息しているのか、一体どこからあの階層に現れたのかを調査している。
あいつの調査結果は白狼騎士団にとっても重要であり、今後の活動方針すら左右しかねない代物だ。
ただ報告を受け取るだけなら他の団員に任せても問題はないが、時間を作れるなら俺も直接会った方がいいに決まっている。
「……そうだな、俺も参加しようか。正式な会合の要請が来たら教えてくれ」
それから数日後、俺はセオドアの訪問に合わせて本部を訪れ、久々にあいつと直接顔を合わせることになった。
こちらの同席者はガーネットと青孔雀騎士団のソフィア、そして虹霓鱗騎士団のヒルドの三人だ。
ソフィアは俺が不在の間に本部をまとめる事務担当で、ヒルドはダンジョン『元素の方舟』と古代魔法文明の研究をする立場なので、俺が参加しないなら二人に対応を任せていただろう。
そして向こうの顔触れは、セオドア本人の他には付き人兼お目付け役のマリアが一人だけ。
辺境伯家の跡取りなのに護衛が手薄なようにも思えるが、そもそもセオドアは長らく一人で冒険者をやっていたような奴であり、マリアがついて回るようになった最近の方が異質である。
「久し振りだね、ルーク。いや、ここは正式にグリーンホロウ領主のルーク卿と呼ぶべきかな?」
「心にもないことは止めてくださいよ。騎士団の予算元として割り当てられただけで、領主らしいことは何もしていないんですから」
セオドアがこうして俺の名前を覚えるようになったのは、本当にごく最近のことだ。
ドラゴン狩り以外に興味を示さない冒険者として昔から有名で、趣味に貢献しない同業者は名前も顔も覚えようとせず、常にその他大勢として取り扱う……セオドアはそういう奴だ。
もちろん冒険者時代の俺も例外ではなかったが、武器屋を始めてセオドアとも取引をするようになってからは、価値ある存在と認められて顔と名前を覚えられるようになったらしい。
そんなセオドアが同業者達からの反発に晒されていないのは、報酬の支払いや大物を仕留めた際の祝賀会に惜しみなく金を使い、他の冒険者を楽しませ満足させるからだった。
お目付け役のマリアが来てからは過度な浪費が咎められるようになったが、それでも気前の良さは変わっていないと聞いている。
「それより聞きましたよ。地上に戻って早々、かなりの額をばら撒いたそうじゃないですか。またマリア女史に大目玉を食らっても知りませんよ」
「ははは! 頑張ってくれた皆を労うのは当然さ。そうするだけの価値がある探索だった。マリアも必要経費として理解してくれたとも」
隣に座るマリアに目をやると、諦観すら感じさせる表情で首を横に振られてしまった。
本音では止めたかったが無理だったというのが、ひしひしと伝わってきてしまう。
そのときの情景が目に浮かんでくるようだ。
長期に渡る探索を終えてようやく町に戻ってきた冒険者達が、雇い主から労いの豪遊に誘われて大いに湧き立ち、マリアが横槍を入れて中止させることなどできなくなってしまったのだろう。
だったら無理だ。俺がその場にいても絶対に止められない。
セオドアに長期契約で雇われた時点で、彼らは間違いなくそれを期待して仕事に励んでいたはずなのだから。
巻き込まれて誘われたら断りきれるかも怪しいし、せいぜいガーネットが不機嫌にならないうちに切り上げて、一足早く家に帰るのが精一杯だ。
「……ということは、探索で大きな成果を上げられたと?」
「もちろんだとも! 僕達が『魔王城領域』の奥に巨大な縦穴を発見したという話はしたかな? したという体裁で続けさせてもらうよ」
セオドアはソファーに腰掛けたまま前のめりになり、興奮を抑えきれない様子で言葉を続けた。
「今回はあの縦穴を実際に調査してみたんだが……どうやら僕の推測通り、あれこそ『魔王城領域』にドラゴンが現れる原因……出現経路だったと結論付けられそうなんだ」
今回が2019年最後の投稿となります。
これからも応援よろしくお願いします。




