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第423話 ありがとうを伝えたくて

 時刻が正午を回り、銀翼騎士団に赴いてもらっていたソフィアが、ノワールを連れて本部に戻ってきた頃。


 冒険者ギルドから送られた資料をガーネットと一緒に整頓していると、他の料理人と一緒に厨房で準備をしていたシルヴィアが、上機嫌に俺達を呼びにやってきた。


「ルークさん! お昼ごはんの準備、終わりましたよ! 食堂にいらしてください!」

「なんだなんだ、妙に機嫌いいじゃねぇか」

「皆さんが無事だったからに決まってるじゃないですか」


 本当に心配してたんですからね、とシルヴィアは頬を膨らませて付け加えた。


「私にできるのは、皆さんが帰ってきたときに休める場所を整えることだけ……そう自覚していても、やっぱり居ても立っても居られなくなることもあったんです。だから凄く嬉しいんですよ?」


 そうして喋っているうちに、シルヴィアの表情にだんだんと笑顔が湧き上がってくる。


 心からの喜び。心からの安堵。そして心からの祝福。


 シルヴィアが本当に俺達の無事を嬉しく思ってくれているのだと、表情を見るだけでひしひしと伝わってきた。


「……そうだ! ルークさんにお願いされたとおり、ダンジョンで一緒に戦ったと聞いた人達もお食事にお招きしてありますよ」

「ありがとな。頼んだのは確か……サクラとエゼルにエディ、ナギとメリッサ、それとダスティンだったか。ロイ達はまだダンジョンの中だしな」


 今回の戦いに協力してくれた面々を指折り数え上げる。


「でも、ダスティンさんには断られてしまいました……」

「あいつは仕方ない。昔からこういうのには乗ってこない奴なんだ」

「ええと……一応、ヴァレンタイン卿にもお声をお掛けした方がよかったでしょうか」

「兄上に? ないない!」


 シルヴィアの何気ない発言を、ガーネットが即座に否定する。


 俺もあの男と会話を交わした経験はほとんどないが、ダスティンとはまた別の意味で、この手の催しに快く参加するとは思えない相手だ。


 ソフィアの目を誤魔化してダンジョンに入り込んだ件だけでも、なかなかに厄介な手合だと思わざるを得ない。


 ……だが俺としては、今後も関わりを持たずにはいられない相手でもある。


 何せ、ヴァレンタイン・アージェンティアはガーネットの血を分けた兄妹なのだから。


「ええと、それとアンブローズ卿でしたっけ。新しくいらっしゃった方のお一人も不参加だと、ソフィア卿が仰っていました。人前で素顔を晒せないとか何とか」

「まぁ……そういう奴もいるか。ヒルドも人前じゃフードは外せないからな」


 各地で無数の神々が信仰されるこの大陸では、いわゆる信仰上の理由という代物も千差万別。


 素顔を見せられないというスタンスもないわけではないだろう。


「では、私は最後の準備を済ませてきますので。お二人も早く食堂にいらっしゃってくださいね」


 シルヴィアは伝えるべきことを全て伝え、自分の役割を果たすためにこの場を立ち去っていった。


 せっかく料理してもらった料理が冷めるのは勿体ない。


 俺とガーネットは作業中の資料を片隅に纏めてから、一緒に食堂へ向かうことにした。


 その途中、ガーネットは歩きながら頭の後ろに両手をやって、ぐっと背筋を伸ばしながら、軽い口調で雑談を持ちかけてきた。


「あー……何つーか、オレさ。もしもアガート・ラムと戦うようなことがあったら、きっと我を忘れて暴走しちまうんだろうなって思ってたんだ」

「相手が相手だからな。しょうがないさ」


 肉親の、それも母親の仇ともなれば、俺だって冷静ではいられないに決まっている。


 しかも幼い自分を庇った結果ともなれば尚更だ。


「でも、いざ実際に連中とやり合ってみたらさ……意外と()()ならなかったんだよな。自分でも本当に予想外っていうか」


 ガーネットは俺の隣で前を向いて歩きながら、少しだけ歩調を緩めた。


 それに合わせて俺も歩く速度を調節し、ガーネットの何割分かの速さで足を動かしていく。


「いやまぁ、ブチ切れてはいたんだぜ? 心の底からな。だけど頭ん中に冷静さもしっかり残ってて、こうするのが一番だろうなっていう行動ができちまったんだ」

「できちまったって……いいことじゃないか」

「まぁな。でも不思議なもんは不思議なんだからしょうがねぇだろ」


 俺とガーネットが何も考えず自然に歩けば、どうしようもない身長差のせいで歩幅に違いが生じてしまう。


 だからお互いに歩調を合わせ、肩を並べて歩き続ける。


 きっとこれからも、そんな調子で付き合いを続けていくことになるのだろう。


「で、一体どうしてだったんだろうなって、地上まで戻ってる間にずっと考えてたわけなんだが」

「答えは出たのか?」

「もちろん。これしかねぇって答えがな」


 ガーネットは不意に歩きを早めたかと思うと、俺の前に回り込んで振り返り、正面から向かい合って足を止めた。


 そして、にかっと眩しい笑顔を浮かべてみせる。


「やっぱお前だぜ、ルーク。知らねぇうちにお前の色に染まっちまったみてぇだ」


 ――その笑顔に思わず目を奪われ、返事をするのを忘れてしまう。


「優先順位を見誤るな。お前が冒険者をやってた頃からの信条だろ? 個人的に嫌いでも、恨みがあっても、それより大事なことがあるなら間違えちゃダメなんだって。お前がそんな風に振る舞ってきたのを、オレはずっと近くで眺めてたんだ」


 改めて言葉にされると気恥ずかしさしか浮かんでこない。


 確かにガーネットの言う通りではある。


 低ランク冒険者として必死に足掻いてきた日々の中、優先順位を見誤ってはならないと自分に言い聞かせ、不用意に欲を出したり意地を張ったりしないように自戒してきた。


 それは冒険者を休業し、武器屋の経営を始め、果ては騎士叙任だの新騎士団だのと大事になっても変わらなかった。


 自分を辛い目に合わせた元凶であっても、そいつの能力が必要な局面なら、報復よりも力の限り手伝わせることを優先した。


 何度となく立ちはだかってきた強敵であっても、共通の敵を前に手を組むことを迷わず選んだ。


 ガーネットはそんな俺の選択をつぶさに見つめ続けていたのだ。


「だからさ。オレがあんな風に振る舞えたのはお前のお陰だ。ありがとな、ルーク」

「……何を言ってるんだか。俺だって、お前にお礼を言わないといけないことだらけだよ」


 誰もこちらを見ていないことを確かめてから、俺はガーネットの頭にそっと手を伸ばし、金色の細い髪を軽く撫でたのだった。

第十章はこれにて完結です。応援ありがとうございました。

次章はたぶん、地上での活動が中心になるのかなと思っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 木材による義手ですが、神経が通っているかのように使えるというのは、ある意味、リタイアした兵士の現場復帰にも使える軍事的な価値の高い技能と言えますね。 もちろん、手足を失った一般人にとってもそ…
[良い点] アガートラムとシルヴィアの名が近くに並ぶと、シルバーって銀だよなという変な気分が湧いてきますね。 今回の締めはルークとガーネットが互いに似通っていくほどの想いの確認となりましたが、そろそろ…
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