第422話 その償いは誰がために
「白狼騎士団のソフィア・ウェッジウッドです。魔導峡谷のブラン、貴女に大切なお話があります」
「私に? 騎士様がどういう風の吹き回しかしら」
ブランは精神的に落ち着いている様子で、採光窓を見上げたままソフィアに応対している。
地下で発見されたときは、精神状態が相当に危うかったと聞いていたが、どうやら今はそれなりに落ち着いているようだ。
「既に銀翼騎士団から通告されているかもしれませんが、これまでの前例に則るのであれば、貴女には十中八九極刑が下されることになります」
「でしょうね。ひょっとして減刑の伝手でも紹介してくださるとか?」
「……減刑に繋がるかどうかは貴女次第です」
ソフィアがブランとの対話を試みている間、フェリックスとアンブローズは口を挟む気配も見せずに背後で佇んでいる。
収監施設側の責任者として面会に立ち会うフェリックスはともかく、アンブローズが出しゃばってこないのは少し意外に思えてしまう。
「よほどの凶悪犯は例外ですが、何らかの罪に問われた者が刑罰を軽くする唯一の手段……それは王国に対する貢献です。刑の一部を国家への奉仕に置き換えると言ってもいいでしょう」
「アガート・ラムに関する情報を包み隠さず白状すれば、極刑よりはマシな刑罰にしてもらえるってことでしょう。私の価値はそれくらいしかないものね」
ブランは視線をこちらに向けようもせず、横顔に自嘲的な笑みを浮かべた。
彼女が問われるであろう罪状は魔王軍に与したこと。
なので魔王軍の情報を聞き出すことはいわゆる取り調べであり、白状しても貢献とはならず判決時の心証が良くなる程度に終わる可能性がある。
しかし、中立都市を襲った自動人形に与したことはそうではない。
どちらも地上の法律における扱いが定まっておらず、協力も襲撃も地上で罪に問われるとは考えにくい。
当然、中立都市の法律で裁かれる可能性はあったが、彼女の処遇は地上が決めるという合意が管理者との間に結ばれていた。
「もちろん全て話すつもりよ。だけど助かりたい一心で、内容を粉飾するかもしれないとは思わないの?」
「当然、真偽の検証も致します。多少の事実誤認は許容範囲ですが、明らかな偽情報だったと判断される場合は……皆まで言う必要はありませんね」
「よかった。私みたいなのを信じるお花畑じゃなくて、ちょっと安心したわ。聴取の日取りが決まったら教えてね」
これで話は終わったでしょう、とでも言いたげな態度を見せるブランだったが、まだ話さなければならないことが残っている。
「もう一つ……貴女にも可能な貢献があります。ルーク団長が本業として武器屋を経営なさっていることはご存知ですね?」
ホワイトウルフ商店のことを話題に出した途端、ブランはここに来て初めて採光窓から視線を外し、ソフィアの方へと向き直った。
その名前が出てくるとは想定していなかった……というのとはまた違う雰囲気だ。
思い浮かべてはいたが、本当にそうなるとは思っていなかった、とでも言うべきだろうか。
「現在、ホワイトウルフ商店は武器のみならず医薬品や魔道具の製造販売も手掛けていますが、魔道具の需要増大に生産が追いつかなくなりつつあります」
「……魔道具……」
「【魔道具作製】スキルの所有者が職を求めてこの地に来ることは、まず期待できません。そこでなのですが……商品生産の下請けをもって二つ目の貢献とするというのはいかがでしょう」
ブランは呆気にとられた顔でしばし沈黙し、そしてわざとらしく呆れ顔を浮かべてみせた。
「呆れた。公私混同も甚だしいわね」
「いえ、そうでもありませんよ」
簡単に思いつくような問題点など既に潰してあるに決まっている。
「ホワイトウルフ商店の魔道具は、ダンジョンを探索する冒険者のみならず、駐留している他騎士団も装備品として購入しています。供給の安定は立派な国家への貢献です」
たとえどこかの誰かが文句を付けてきたところで、ソフィアは確実に理詰めで退けられる自信があった。
この手の議論で青孔雀騎士団に勝てる者はそうはいない。
各騎士団を監査する立場上、何が許されて何が許されないかの判断は、公務をこなすにあたって絶対に必要となる能力なのだから。
「ならいいのだけれど。でもそんなに大事な商品なら、私に触らせてもいいの?」
「もちろんです。作業はこの施設内で行っていただきますし、それに……」
「僕が保証するさ。翠眼騎士団のお墨付きだ」
突然、傍観を続けていたアンブローズが発言を割り込ませた。
「君に任せるのはごく基本的な作業だ。余計な仕込みをする余地がなく、右腕だけでも簡単にできるような。もしも手を抜いて不良品を増やすようなら、この話はなかったことにする。単純だろう?」
「……見るからに怪しいと思ったら、やっぱり魔法使いだったのね。貴方がやればいいんじゃない?」
「冗談! 金に困った在野の連中ならまだしも、せっかくの宮仕えなのにそんな作業に時間を使えるものか」
アンブローズは顔を隠す前垂れの下で、ブランの皮肉げな提案を一笑に付した。
ホワイトウルフ商店が【魔道具作製】スキルの使い手の雇用に難儀していた理由は、まさにアンブローズが言ったとおりの内容だ。
そのスキルを持つ魔法使いの多くは、自分が使わない魔道具を作って売るという行為を、資金調達のための方策としか認識していないのである。
だからこそ、ソフィアはルークから本人の承諾を得るよう命じられたのだが――
「私は青孔雀の騎士ですから、魔法使いの価値観は分かりません。ですがこれだけはお伝えしておきます。この提案は……魔道具の作製に携わる女性が強く希望したことでもあります」
――ルークがこの考えに至った最大の理由は、やはりこれなのだろう。
具体的な名前を出さない言及であったが、その『女性』が何者かというのは、しっかりと伝わったようだ。
ブランは眉尻を下げ、言葉に詰まり、何度も息を呑んでから、壁の方を向いてようやく返答した。
「……やるわ。少しでも罰を軽くしたいもの」
その声は微かに震えていた。
何故かを問うのは無粋というものだろう。
ソフィアは手短に了承の意を伝え、すぐに独房を出てブランを一人にすることにした。
足早に施設のエントランスに戻ると、そこでは一人の黒尽くめの女性が――魔導峡谷のノワールがソフィアのことを待っていた。
「承諾、頂けました」
「……ありがとう、ございます……」
目を涙ぐませながら深々と頭を下げるノワール。
それ以上の余計な言葉は必要ない。
ソフィアは微笑みを浮かべ、ノワールを連れて騎士団本部への帰路についたのだった。
次回が第十章最後の話になるかと思います。




