第350話 説明会と胡桃街道
領地の最終決定の連絡を受けてから数日。
グリーンホロウ・タウンの町役場において、地域内の各町村の代表者が顔を揃えての会合が開かれていた。
より厳密に言えば、俺が領主となるにあたっての諸々の説明会である。
出席者は俺と着任済みの団員、グリーンホロウを含めた各地の長と有力者達、そして立会を買って出てくれた銀翼騎士団のフェリックス卿である。
まずは型通りの挨拶と前振りを済ませ、すぐに一番重要な本題に入ることにする。
「最初に申し上げておきます。自分はそれぞれの町や村に深く介入するつもりはありません。皆さんには今まで通りの自治をお願いしたいと考えています」
何度も練習したはずの台詞だが、いざ彼らを前にして言葉にすると、猛烈な緊張感に喉が震えそうになってしまう。
「つまるところ、実質的には税金を収める先が王宮から白狼騎士団に変わるだけ……という認識でよろしいのですかな」
真っ先に反応を示したのはグリーンホロウの町長の老人だ。
実を言うと、あの人にだけは事前に説明内容を伝え、進行に協力してもらえるようお願いしてある。
もちろんそれは『全面的に同意してほしい』という意味ではなく、他の町長や村長に主旨を理解してもらえるよう手伝ってほしいという意味の協力だ。
「はい、その認識で構いません。銀翼騎士団にもこれまで通りに駐留していただける予定です」
俺が視線を送ると、フェリックスは即座に頷いて同調してくれた。
すると今度は、隣町の長だという老人が口を開く。
「これまでは我々の手に余る問題の解決や、町村同士の諍いの仲裁は王宮にお願いをしておりました。その辺りも引き継いでいただけるという認識でよいのでしょうか」
「王宮はそれらの対応を騎士団に命じていたと聞いています。そしてこれからは、王宮を介さずに白狼騎士団と銀翼騎士団が連携して対応に当たる形になります」
こちらも実質的には従来と変わらないでしょう、と伝えると、隣町の長は納得した様子で身を引いた。
――結局の所、俺が説明しているのは『それぞれの町や村はこれまでと変わらずに活動してくれ』というものだ。
俺が町や村の運営に口出しするつもりは、少なくとも今のところは全くない。
未来永劫絶対にありえないとまでは断言できるわけではないが、よほどのことがない限り方針を変えることはないだろうと考えている。
いわば、ガーネットやヒルドが自分達の領地を代理人に任せているように、俺も領地の運営をこれまでの自治組織に任せてしまおうという形である。
もちろん全くの丸投げではなく、先程回答したとおり、現地で対応しきれないトラブルがあれば責任を持って対応していくことになる。
その辺りをきちんとできるかどうかが、領主としての『及第点』になるのだろう。
「形ばかりの領主、ダンジョンに携わる騎士団の資金源を割り当てるためだけの便宜上の措置……そういう色の強い就任ではありますが、皆さんが今までと変わらない生活を送れるための努力は惜しみません。皆さんもどうか力を貸してください」
「――はぁ、どっと疲れた」
説明会が終わり、俺は町役場の一室でぐったりと椅子に座り込み、精神的な疲労感を長々と吐き出した。
「お疲れさん。いい感じだったと思うぜ」
ガーネットが労りの言葉を投げながら飲み物を持ってきてくれた。
主観的な評価ではあるが、今回の説明会は始終好調に終わったように思う。
不平不満続出することも想定のうちだったけれど、意外にも就任そのものへの文句は出てこず、領地運営に関する方針の確認が大部分を占めていた。
「他の長達が納得したのは、他ならぬルーク殿だったからでしょうな」
同室していたグリーンホロウの町長が感慨深げに頷く。
「縁もゆかりもない何者かが領主の座に就いたのなら反発もあったでしょう。古くからの住人が繰り上がったのなら不満もあったでしょう」
「俺はそのどちらでもなかったから、と?」
「ルーク殿がこの土地に溶け込もうとなさっていたことも、魔王戦争で力を尽くされたことも、あの場にいた誰もが理解しております。ルーク殿だからこそであると……私は愚考いたしますよ」
「……そう言われると、くすぐったいですね」
どこまで真に受けていいものか悩ましい、と思ってしまうのは、自己評価が低すぎるのだろうか。
何はともあれ、領主になることを受け入れてもらえたのは僥倖だ。
これからどんな方向性で進むとしても、まずはこのハードルを乗り越えられなければ話にならないのだから。
そうして一息ついていると、役場の人が来客の訪れを報告してきた。
「ルーク様、町長。胡桃街道のフィリップ殿が面会を希望なさっております」
「胡桃街道だって?」
「フィリップか。そう言えばウォールナットの町長と一緒に来ていたな」
俺と町長はそれぞれ違う態度で反応した。
ウォールナット・タウン、あるいは胡桃街道といえば、グリーンホロウの隣町であり、うちの店で働いている薬師のエリカの出身地だ。
とりあえず面会を承諾したところ、灰色混じりの頭髪で痩せぎすの中年男が、険しい顔で押し黙ったまま部屋に入ってきた。
決して好意的とは思えないその態度に、ガーネットが一歩前に進み出て警戒を露わにする。
その男――胡桃街道のフィリップは、町長ではなく俺の方に視線を向け、重々しく口を開いた。
「胡桃街道のフィリップと申します。娘がお世話になっているそうで」
「ああ、やっぱり。エリカさんの親御さんでしたか」
言葉自体は何の問題もない無難なものだが、その裏には明らかに否定的感情が見え隠れしている。
ただしそれは俺に対しての感情ではないようだった。
「……娘はご迷惑をおかけしていませんか。何かご無礼があったらと思うと不安でしょうがありません」
「いいえ。そんなまさか。俺達ホワイトウルフ商店にとって……それどころかグリーンホロウの冒険者にとって、欠かすことのできない存在ですよ」
本人がこの場にいたら真っ赤になって怒っていたかもしれないことを、一切の遠慮なく口にしていく。
エリカは将来的に自分の店を持ちたいという夢を親に否定され、その反発から町を出てグリーンホロウに来たと言っていた。
内心では娘を心配し応援しているのでは……と想像したこともないではないが、この雰囲気を見る限りそうではないらしい。
雇用者にして領主への無難な挨拶の体で、娘を連れ戻す糸口を探っているといったところだろうか。
「そうでしたか……ありがたいことです。もしも娘のことで何かありましたら、すぐに連絡を寄越してやってください。私共が責任を持って対応いたします」
胡桃街道のフィリップは恭しく一礼をして部屋を出ていった。
その後姿を見送って、俺はまた短く息を吐いた。
「やれやれ……これじゃあ武器屋の方も、まだまだ気は抜けないみたいだな」




