第351話 ドワーフの剣とミスリルと 前編
騎士団長の職務と領地経営――もう一般人とは名乗れないような役割を背負うことになっても、やはり俺の本業は武器屋の店主だ。
日頃の生活で費やす時間だけ見ても、何か調査に進展があったときに忙しくなる前者に対し、日常の大部分を使う後者の方が遥かに比重が高い。
そういうわけで、今日も俺はホワイトウルフ商店の主人として仕事に精を出している。
「へぇ、これがドワーフ製の剣……」
「見た目は普通の剣とあんまり変わらないんですね」
支店から届いた箱の中身を覗き込みながら、スタッフのアレクシアとエリカがそれぞれ感想を漏らす。
「普通の人間が違和感なく扱えるように作ってもらったからな」
箱の中身はドワーフのニューラーズから納品された、最初の生産分の刀剣類だ。
数量はさほど多くないが、それはまだお互いに試験段階だからである。
ニューラーズ達は反応を確かめながら製造し、俺達は反応を確かめながら販売する――その繰り返しでより良い形を探っていこうという方針だ。
「大きさだけじゃなくて、剣身や柄の形も標準的にしておかないと手に取ってもらえないとか、そういう理由ですか?」
アレクシアが技師らしい観点から、納入品の形状が無難である理由を推測する。
「それもなくはないんだが、一番の理由は技術的な問題だな。ドワーフ達はずっと魔王軍用の武器だけを作らされて、それ以外の武器の製造を禁じられてきたんだそうだ」
「あー……技術の断絶……そう言えば、現役世代の鍛冶師は魔王軍に連れて行かれたんでしたっけ」
とてつもない共感の伴った表情を浮かべながら、アレクシアは軽く額を押さえた。
機巧技師を本業とするアレクシアにとって、ドワーフ達が魔王軍から被った被害は他人事ではなかったのだろう。
「現役引退していた老人が動員されずに残っているらしいから、教えを受けながら独自の製品も作っていきたいと考えているそうだ。そのためにも、まずは先立つ物を稼いでもらわないとな」
魔王軍は、別にドワーフの独自技術の断絶を狙っていたわけではないはずだ。
生産力を自分達の軍事力増強のみに使わせ続け、情報漏洩を防ぐために殺害したり、撤退時に連れ去ったりしただけで、技術断絶の危機はあくまで結果論なはずである。
だからこそ、最初から役に立たなかった老人や若者はそのままに残され、世代を挟んだ継承が可能になったのだろう。
ドワーフ独自の武器を復活させられるか否かは、ニューラーズ達のこれからの頑張りに掛かっているのである。
「さてと、俺もやることをやらないと」
一旦店の奥に引っ込んで、保管庫からミスリル粉末の入った小袋を一つ持ってくる。
「ミスリル? やっぱりドワーフの剣に混ぜるんですか?」
エリカが興味ありげに身を乗り出してきた。
「そうなんだが、商品として並べる分は後回しにして、まずはこっちからだ」
作業台の上に取り出したのは、箱に収められていた新品の剣とは別枠の、錆と刃こぼれに覆われた古い長剣だった。
あまりにも想定外の代物だったのか、エリカが率直すぎるリアクションを見せる。
「うわっ……! どうしたんですか、これ……」
「ニューラーズの家に伝わっていた、遥か昔の名剣だとさ。勇者エゼルがドワーフの剣を使いたいと伝えたら、未熟な技巧の剣よりもこれを使ってほしいと言い出したんだ」
「でも、せっかく勇者に使ってもらうなら、自作の剣の方が宣伝になるんじゃないですか?」
そう言ったのはアレクシアだ。
「俺もそんな提案をしたんだけどさ。出来の悪い剣を勇者に使わせて何かあったら、それこそ信頼されなくなるだろうから、これ以上ないとっておきを提供したいんだと」
正直、ニューラーズはかなり思い切った決断をしたと思う。
アレクシアが言ったとおり、勇者が使う武器というのはかなり強烈な宣伝になる。
性能はどうあれ、御用品である時点で同じものを欲しがる人間は少なくない。
単に売上を伸ばしたいだけなら逃す理由はない好機だ。
しかし、ニューラーズはこれを拒んだ。
短期的な宣伝効果よりも長期的な信頼を――勇者の役に立てずに終わるという末路になって『ドワーフの武器なんてこんなものだ』と思われるのを避けたのだ。
「それに地上の人間のほとんどは、ドワーフの武器がどんな性能をしているのか知らないからな。勇者の武器は注目を集める分、問題があったときに『ドワーフもこの程度か』と思われかねないだろ?」
「なるほど、だからすぐに引き渡せる中で最高の剣を贈って、ドワーフ製装備全体の信頼を底上げしたいと。やっぱりプロ意識強いですねぇ」
アレクシアは感心した様子でそう言いながら、傷んだ剣身を指先でなぞった。
「肝心の先祖伝来の名剣はすっかりボロボロですけど、それもうちの店長なら即座に元通りと。よく考えたものですね」
「現地で採掘された鉄も修復素材として預かっているから、ミスリルと合わせればエゼルとニューラーズが望んだ通りの剣が作れるはずだ」
痛みきった剣を新品同様に戻すことも、ミスリルを使って更に性能を上げることも、俺にとっては他のどんな仕事よりもお手の物だ。
何故ならこの武器屋を立ち上げた当初は、こういう手段で揃えた装備だけが唯一無二の商品だったのだから。
「(まだ一年ちょっとしか経ってないのに、かなり懐かしい気がするな)」
他の街に住む職人からの新品の買い付け。
ノワールの魔道具。エリカの薬。アレクシアの機巧製品。
少しずつ商品を充実させてきたが、やはり俺とホワイトウルフ商店の原点は【修復】による再生装備の販売である。
「よし、さっそくやってみるぞ。スキル発動……【修復】開始!」
ドワーフ製のボロボロの名剣。『魔王城領域』産の鉄鉱。
そして『奈落の千年回廊』から採取したミスリル。
三種類の材料を用い、名剣の本来あるべき姿を――その先にある姿を形作っていく。
もう少しで完成するかと思った瞬間、突如として青白い閃光が作業台の上に迸った。
「なっ……!」
驚愕しつつも【修復】だけは途切れさせず、数秒後には完璧なミスリル合金の剣が完成する。
閃光が見えたのは俺だけではない。
エリカもアレクシアも驚いて目を丸く見開いている。
これまでに【修復】で剣を再生させたときに、あんな現象は起きたことがなかった。
素材や製造技術の影響なのか、それとも俺自身の体に何かがあったのか――
「……調べてみないとな。一体何があったのか。できることなら、今すぐに」




