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第308話 割って入れぬ少女の会話

「お話はお兄さんから聞いてます。うーん、本当にそっくり……!」

「え、ええ……双子ですから……」


 俺を挟んできゃあきゃあと盛り上がるシルヴィアに、不慣れながらも無難な対応を貫こうとするガーネット。


 戦況は明らかにシルヴィア有利でガーネットの防戦一方。

 贔屓目に見ても逆転の余地はあまりなさそうだ。


「ガーネットから? シルヴィアも何か聞かされてたのか。初耳だな」


 我ながら白々しい態度で、事情を知らない振りをして尋ねてみる。


「はい。実は前に、妹さんの恋愛相談を持ちかけられたことがありまして。最初はてっきり、本当はガーネットさん本人の相談なんだろうなって思ってたんですけど」


 俺の背後でガーネットが小さく驚きの声を漏らす。


 以前ガーネットは、妹から受けた相談という(てい)で『家柄に差のある年上の男との恋愛の悩み』について、ガーネットと酒場のマリーダに相談を持ちかけていた。


 二人には即座にガーネット本人の悩みだと看破されていたが、本当の性別までは見抜かれず、年上の女性との恋愛で悩んでいるのだろうと思われていたのだ。


 ……どうして俺が、その経緯について知らない振りをしているのかというと、俺が席を外している間にしていた相談を、ついうっかり立ち聞きしてしまった立場だったからだ。


「しかもまさか、お相手がルークさんだったなんて! 隅に置けませんね! このこのっ!」


 シルヴィアは満面の笑みを浮かべ、俺の胸筋にぽすぽすと軽い拳を当ててきた。


 やはり他人の色恋沙汰が楽しくてしょうがない年頃なのだろう。


 一方のガーネットはといえば、例の相談の真相が見抜かれていたことを告げられて、赤面して口ごもったまま肩を震わせていた。


 まぁ、下手にしゃべるよりもこんな風に振る舞っている方が、引っ込み思案な令嬢を演じられてちょうどいいのかも知れない。


 めったに人前に姿を見せないという前情報とも噛み合っているので、ガーネットの妹だという先入観を持っている相手であれば、そう簡単には違和感を覚えさせないだろう。


 それだけに、将来的に正体を明かしたときのことを想像すると、勝手に口元が緩んできてしまう。


「アルマさんはこれからお時間ありますか? よかったらお話しましょうよ! お聞きしたいことがいっぱいあるんです!」

「ええっと……他のところにもお伺いしないといけないので……」

「申し訳ありません、お嬢様。カウンターに馬車の手配を依頼してきたのですが、到着までしばらく時間が掛かるようです。本日は馬車の需要が極端に増えているようでして」


 シルヴィアにとっては絶好の、ガーネットにとっては最悪のタイミングでアビゲイルが会話に割って入る。


 今のは偶然なのか、それとも狙い澄ましていたのか。


 ガーネットはいつものように顔を歪めるのをギリギリのところで踏み止まり、表情筋の方向性を無理やり笑顔に切り替えた。


「日時計の森のシルヴィア様ですね。お話はかねがねお伺いしております。御祖母様の商会には我々もお世話になっておりますので、これを機に縁を深めることができればと」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。ええと……」

「アージェンティア家にお仕えしております、給仕のアビゲイルと申します。以後お見知り置きを」

「いえいえ。アージェンティアの方々には、いつも当家の宿をご贔屓にして頂いています」


 ビジネスライクな挨拶を交わすシルヴィアとアビゲイル。


 完全に同年代の少女の会話ではなく、町一番の宿屋の跡取り娘と騎士の名家に仕える従者のやり取りだ。


 こういう場面で即座にスイッチを切り替えられるのも、シルヴィアの良いところの一つと言えるだろう。


「さて、お嬢様。人付き合いに不慣れなのは存じておりますが、何事も練習です」


 アビゲイルが素早くガーネットに向き直り、表情は普段のポーカーフェイスをそのままに、やたらと活き活きした様子で話を先に進め始めた。


「幸いにもこちらはガーネット様とルーク様のご友人。ここはひとつ、胸をお借りして人付き合いの経験を積んではいかがでしょう」

「………………でも、ご迷惑でしょうし」


 長い沈黙の裏に『アビゲイルめ、この野郎』とでも言いたそうな気配が感じられた。


 当のアビゲイルにしてみれば、それが()()()のためになると確信してのことだろう。


 決して、こうやって弄り倒すのが楽しくてしょうがないわけではないはずだ、多分。


「迷惑なんて、そんなことありませんよ! 向こうのラウンジでも私の部屋でもいいですから、お話しましょう! ねっ?」


 ああ、これは完全に逃げ場を封じられてしまったな。


 ガーネットが助けを求めるような眼差しを向けてきたが、俺にはどうすることもできそうにない。


 無理にでも連れ出すこと自体は可能だが、あまり良い結果はもたらさないだろう。


 そんなタイミングで、しばらく傍観に回っていたサクラが別の話題を挟んできた。


「似ているといえば。先程の儀式の最中、ルーク殿とよく似た顔の騎士が登壇していましたね。名前もよく似ていましたし、最初は自分が名前を聞き間違えたのかと思いましたよ」

「ああ、それは……」

「それはルークさんの弟君ですね!」


 この発言を偶然の助け舟と見たのか、ガーネットは俺の返事を遮ってまで話題に食いついてきた。


「マーク・イーストン。紫蛟(しこう)騎士団に入団なさった新人騎士です」

「しこう? 大海蛇(シーサーペント)がトレードマークの騎士団でしたっけ」


 シルヴィアが口元に手をやって首を傾げる。


 そのささやかな疑問に答えたのはアビゲイルだった。


「厳密には蛇と異なる魔獣だそうです。東方に生息しているとのことで、確かミズキ、ではなく、ミズ……」

(みずち)、ですね」


 サクラは即座にその名前を言い当てた。


「龍の一種……いえ、西方のドラゴンとは別種の東方龍ですが、水に強く結び付けられた下位の龍、西方でいうワイバーンに相当するものと思っていただければ分かりやすいかと」


 なるほど、それなら立ち位置をイメージしやすくなる。


 最強クラスの魔獣であるドラゴンに対して、その下位種ともいえる存在がワイバーンだ。


 東方におけるドラゴンは空を飛ぶ大蛇のような姿をしているといい、蛟はその下位種……空ではなく地上の水域に縁深い魔獣ということか。


「さっすがサクラ! でもどうして、王国の騎士団が東方の魔獣を象徴に使ってるんでしょう」

「その理由なら私にも分かる。むしろ私が西方に来る前から知っていた、数少ない騎士団の一つだ」


 どういう意味だと不思議そうにするシルヴィアに、サクラは焦らすことなく理由を教えた。


紫蛟(しこう)騎士団の役割は東方鎮護。私の故郷である東方大陸に対する警戒と、東西貿易の警備護衛を司る騎士団だ。故に、東方の水属性の魔獣の名と姿を背負ったわけだな」

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