第307話 少女達の「はじめまして」
マークが階段を駆け下りる音を聞き届けてから、ガーネットは肩を落として深々と息を吐いた。
「……あー、ビビった。何だったんだよあれ。できるだけ急いで来たっつーのに、まさか先客がいるなんざ思わねぇだろ」
「紫蛟騎士団の新規入団者のようでしたね」
「んなこた分かってんだよ。オレの勘違いかもしれねぇけど、あいつの顔、妙にお前と似てなかったか?」
やはりガーネットもそのことに気が付いていた。
自分でもそう思うくらいだったのだから、第三者が客観的に見れば余計に似て見えたことだろう。
「ああ。お前も前に話だけは聞いてたよな。故郷を出て騎士を目指していたっていう、弟のマークだよ」
マークが俺を非難していたということは言わないでおく。
見栄だの何だのを理由に知られたくないと思っているわけではない。
これはあくまで俺とマークの間の問題。
他の奴らを心配させて気を使わせたくはなかった。
「まぁとにかく。あいつも日を改めるって言ってたんだ。とりあえず皆のところに行こうか」
「う……やっぱり着替えちゃ駄目か?」
「着替えたら意味がないだろ?」
往生際の悪いガーネットの背中をアビゲイルに押してもらい、皆が部屋を取っている宿へと向かうことにする。
「ところでルーク様。目的地の宿はどちらなのでしょう。場合によっては馬車を手配しなければなりませんが」
「ああ、アルマの靴だと歩きにくそうだしな。予定と変わってなかったら宿泊場所は……」
来賓として合同叙任式に招待したのは、故郷の村の身内とホワイトウルフ商店の本店のメンバー、そしてシルヴィアとサクラなど身近な住人や冒険者達だ。
全員が全員来られたわけではないようだが、少なくともいつもの面子はしっかり揃っていると聞いている。
しかし、それぞれバラバラに招待したものだから、宿泊している宿もそれぞれバラバラだ。
少なくとも故郷の身内と武器屋絡みの知人友人が別の宿で、冒険者達に至ってはグループごとに違うところに宿泊する予定らしい。
「ここから近いのは、ホワイトウルフ商店の皆が押さえた宿だな。シルヴィアとサクラもそっちにいるはずだ。俺の家族の宿はもう少し離れてるな」
「ふむふむ。でしたら最初の宿までは徒歩でまいりまして、そこの宿に馬車を手配していただきましょう」
アビゲイルの同意も貰えたので、決まった手筈通りに挨拶回りをこなしていくことにする。
王都の大通りには礼服姿の若者達が大勢歩いていた。
合同叙任式を済ませたばかりの新人騎士達が、同期の友人や故郷から呼び寄せた知人友人と連れ立って、王都を観光したり土産物を見繕ったりしているのだろう。
そんな中を三人連れ立って歩いていると、すれ違う面々がしきりに振り返ってはこちらに視線を投げてくる。
「……やっぱ目立ってるよな、オレ」
ガーネットは無言の視線を敏感に感じ取り、俺達にしか聞こえない程度の声で呟いた。
「そりゃあそうだろ。俺だって赤の他人だったら振り返ってるぞ。むしろ誰も声を掛けてこない方が驚きだな」
「僭越ながら、ご自分の肩書を正確に把握なさった方がよろしいかと。新騎士団の団長の連れ合いにちょっかいを出そうなどという自殺志願者、そうはいないでしょう」
アビゲイルは普段通りの淡々とした口調で語りながら、横目で俺のことを見やった。
自殺志願者というのは言い過ぎだが、新人騎士にしてみれば、せっかく手にしたばかりの肩書をこんなところで危うくしたくはないに違いない。
それこそ俺だって同じように振る舞ったはずだ。
さて、そんな会話を交わしているうちに、最初の目的地である一軒の宿に辿り着く。
「サンダイアル商会……シルヴィアの祖母の商会が資金を出してる宿だそうだ。シルヴィア達、出かけてなかったらいいんだが。終わったら会いに行くとか言ってなかったからな……」
「何だよ、適当だな」
「仕方ないだろ。お前がその格好で参列するって知ってたら、ちゃんと事前に根回しもしてたさ」
すぐにでも皆に会いに行こうと考えたのは、ガーネットが銀翼の騎士としてではなく令嬢として式典に参加すると知ったからだ。
式典の直前までそんなことは知らなかったのだから、予め会う約束を取り付けることなんかできるわけがない。
いるんじゃねぇぞと呟くガーネットを連れて、宿のエントランスに入る。
「私は馬車の手配をしてまいります」
予定通り、アビゲイルとは途中で別行動を取る。
その間にシルヴィア達の部屋を調べようとカウンターへ向かった矢先、ロビーラウンジの奥から聞き慣れた声が投げかけられた。
「あれっ? ルークさんじゃないですか!」
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは、余所行きの服に身を包んだシルヴィアだった。
ガーネットが『やべっ』とでも言いたげな顔で俺の後ろに隠れる。
「偶然だな、これから探そうとしてたところなんだ。他の皆もいるのか?」
「ええと、まずサクラはそこに。ノワールさんは体力を使い切ったとか言って部屋で休んでまして、エリカは元気回復のポーションを調合してるところだと思います。アレクシアさんは……」
「宿の荷物昇降機が新型だと言って、裏側を見せてもらいに飛んでいったところです」
少し遅れてやって来たサクラが説明を引き継ぐ。
「お疲れ様です、ルーク殿。壮麗な儀式、感服いたしました」
「ありがとな。最後は少し締まらなかったけど」
「無理もないでしょう。私は今日初めてこの国の王の御姿を拝見しましたが、あれほどの風格に間近で当てられてしまっては、とてもとても」
微笑みながらふるふると首を横に振るサクラ。
今日のサクラは式典に参列するということもあってか、軽鎧の装甲板を身に着けておらず、純粋な東方風の衣装で固めている。
さすがに刀もどこかに預けていたらしく、普段とかなり雰囲気が違っていた。
「それはそうと、店の連中で居場所が分からないのは、後はレイラだけか」
「レイラでしたら、実家に顔を出すと言ってすぐに宿を出ましたが」
「ああ……なるほど」
表向きは一介の店員として働いているレイラだが、実は竜王騎士団を構成する一族の一員だ。
久し振りに王都へ戻ってきたついでに、実家の方に顔を出すのはごく自然な成り行きである。
俺とサクラがそんな会話を交わしている間、シルヴィアは興味深いものを見つけた子猫のように、前のめりになって俺の背後を覗き込もうとした。
それから逃れようとさり気なく位置取りを変えるガーネット。
しかし俺の背後なんていう狭い範囲で隠れきれるはずもなく、あっという間にシルヴィアに見つかってしまった。
「わぁっ! ガーネットさん……に、似てるということは……もしかしてもしかして! アルマさん!?」
「え、あ、はい……そ、そう、です……けど」
満面の笑みを浮かべるシルヴィアに気圧されて、アルマを演じるガーネットはただただ視線をさまよわせるばかりだった。




