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第260話 思い返せば波乱万丈 前編

 人生の転機という奴がいつ訪れるのか。それは誰にも分からない。

 事前に分かるなら誰も苦労はしないものだ。


 後になって気付くことになるかもしれないし、訪れたそのときに気付くことができるのかもしれない。


 普段と変わらない日常の中に潜んでいるかもしれないし、日常とはかけ離れた出来事が人生を変えるのかもしれない。


 いわば文字通りの十人十色。

 きっと人生の数だけ転機の種類があるのだろう。


 俺の場合は……今更改めて語ることもないと思っていたのだが、何の因果か目の前の男に一から語って聞かせなければならなくなってしまっていた。


「うん。悪いね、そうなんだ。あの頃は色々と忙しくってね。君が置かれていた状況は詳しく把握していないんだ」

「色々と、ではなくてドラゴン狩りに忙しかったのでは?」

「あはは! 手厳しいね。日頃の行いからしてそう思われるのも当然だろうけど、あれは本当に別件だったんだよ」


 ドラゴンスレイヤー、セオドア・ビューフォート。

 辺境伯家の嫡子にしてAランク冒険者でもある男が、見るからに高級な椅子の上で脚を組み直しながら含み笑いを浮かべた。


 ここはグリーンホロウ・タウンの町外れに建つ別荘の応接室。

 セオドアが身の回りの世話をする従者を従えて暮らす拠点の一室である。


 温泉街であるグリーンホロウは宿屋が豊富に存在するが、セオドアはそれらを利用せずに別荘を買い取って拠点としている。


 恐らくこれは、セオドアのお目付け役兼財務担当のマリアの判断だろう。


 マリアは自由奔放な趣味人であるセオドアの、名立たる貴族としての威信や格付けをかなり気にしている。


「実家絡みということで、これ以上の追及は遠慮してくれたまえ。ようやく厄介事を片付けた矢先に君からの誘いがあって、これ幸いと駆けつけたというわけなんだ」

「まぁ……詳しく聞き出すつもりはありませんけど」


 セオドアの向かいの椅子に腰掛けたまま短く息を吐く。


「それでお話すればいいのは、俺が武器屋を始めてから――騎士叙勲と新騎士団の団長就任が内定するまでの経緯、でしたよね」




 最初のきっかけは、勇者ファルコンによってAランクダンジョン『奈落の千年回廊』の深部に取り残されたものの、【修復】スキルが進化を果たしたことで脱出に成功し、グリーンホロウで武器屋を営み始めたことだった。


 その後すぐにグリーンホロウは、ダンジョンに潜む脅威、すなわちドラゴンや魔王軍の脅威に晒されてしまうことになった。


 俺は余所者を受け入れてくれたこの町に恩返しがしたかったのと、それらの脅威が地上に現れる遠因になってしまった罪悪感と、そして武器屋として生きることに充実感を覚え始めたことから、騎士団に協力して事態の収拾に奔走した。


 初めは【修復】スキルを駆使して黄金牙騎士団の後方支援に徹していたのだが、深入りし過ぎて戦略的にも重要な仕事までこなすようになってしまったせいか、事態が妙な方向に転がり始めてしまった。


 治安維持を主な任務とし、地上の安全確保を担っていた銀翼騎士団。


 対外戦争を主な任務とし、地下における魔王軍との戦闘を担っていた黄金牙騎士団。


 二つの騎士団が、揃って俺を団員として抱え込もうとし始めたのだ。


 このときはまだ魔王戦争が続いていたこともあり、騎士叙勲の可否を決定する国王陛下の判断で一旦凍結とされたのだが、戦争の終結によって再び状況が動き出した。


 色々あって魔王との直接対決にも関わってしまったせいか、二つの騎士団はどちらも俺を諦めようとはせず、どちらかを選べば騎士団同士の対立の激化まで招いてしまう恐れが生じたのだ。


 事態は近衛兵団である竜王騎士団まで巻き込んだ大事(おおごと)に発展。


 騎士団同士の対立激化を望まない陛下と王宮は、この世の誰も想像しなかった前代未聞の代替案を提示した。


 ――即ち、大陸統一後では初となる新騎士団の設立。

 そして、騎士叙勲を終えた俺をその団長の立場に据えるというものである。


「いやぁ、全くもって信じがたい話だね。何度聞いても冗談じゃないかと思うほどだ。新騎士団の設立なんて向こう五十年はありえないんじゃないかと思ってたよ」

「俺だってそうですよ。王宮のお偉方が揃って乗り気だとか信じられません」

「僕も同感だよ。けれど改めて考えたら当然かもしれないね」


 セオドアは広げた両膝に肘を突き、組んだ手に顎を乗せて笑った。


「かつて王宮は統一の過程で貴族の特権を制限していった。例外は統一に多大な貢献があって公爵に列せられた家や、うちみたいに今も残る僅かな国境の警備を任された家くらいで、残りは金持ちで土地持ちな家柄としか言いようがなくなってしまったわけだ」


 俺の故郷やグリーンホロウはかなり初期から国王陛下の統治下にあった地域なので、正直言ってあまり実感はないが、全国的にはセオドアが言ったような状況にある。


 かつて貴族は領地において名実共に支配者であった。

 住民を含む全てが貴族の私有物とも言え、領地という限られた範囲とはいえ、絶対的な存在として振る舞っていたという。


 しかし、大陸統一の過程で陛下による領地替えや領地の増減が行われ、多くの貴族はあくまで王国から特定地域の管理を任された立場になり、王国全体の共通ルールを遵守しなければならなくなったのだ。


「その話と俺の話、何か関係があるんですか」

「あるとも。ひょっとしたら王宮は、騎士団も特別な存在ではなくしたいと考えているのかもしれないね」


 セオドアは重心を後ろにずらして背もたれを軋ませた。


「こうは考えられないかな。統一の過程で結成された十二の騎士団。これらを特別な固定枠と見るのではなく、王宮の都合によって統廃合や新設が可能な団体として再定義する……君が率いる予定の『十三番目の騎士団』は、この改革の嚆矢(こうし)に選ばれた……」

「止めてくださいよ。そんな政治的過ぎる話、俺には荷が重すぎます」

「ははは。しかし曲がりなりにも騎士団を率いる身となるのなら、その手の話にも慣れた方がいい。僕でよければ暇なときにでも教授してやろうか」

「それこそ身に余ります」


 俺の反応を楽しむように、セオドアは冗談っぽくにやけ笑いを浮かべている。


 今までは関わりが薄かったから分からなかったが――というか最近まで顔も覚えられないほどに興味を持たれていなかったのだ――セオドアはなかなか()()()()をしているらしい。


 ドラゴン狩りに執心する趣味人としての側面は、あくまでこいつの一面に過ぎなかったのだろう。


「それじゃ、本題に入ってくれたまえ」

「本題……? 何のことですか」

「焦らさなくても結構。どこぞの伯爵の夜会に乗り込んで、銀翼騎士団のアージェンティア家のご令嬢をかっ(さら)うに至った経緯、まだ聞かせて貰っていないじゃないか」


 そう言ってセオドアは笑みを深めた。


 まったく、本当にいい性格をしている奴だ。

 後でさり気なく話題に出すつもりだったのに、心の準備をする暇すら与えてくれないつもりだとは。

章の始まりは恒例のおさらい回。大事なことは繰り返し言及する方針です。

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