第259話 これから先の話をしよう 後編
しばらくしてガーネットが落ち着いた頃になって、勝手口の扉をノックする音が聞こえてきた。
店の玄関ではなく勝手口に来たということは、武器屋としての用件ではないらしい。
シルヴィアかサクラだろうかと思いつつ、ソファーから立ち上がって勝手口の扉を開ける。
そこに立っていたのは勇者エゼルとエディの二人であった。
「こんばんわー……って言うのはちょっと早かったかな」
「何だ、君達か」
「誰かと思ったらエゼルじゃねぇか。どうしたんだ、武器屋の方は明日までやってねぇぞ」
俺の後ろからガーネットもひょこっと顔を出す。
「武器の話じゃなくってね。今日のことでガーネットと話がしたいなって思ったからさ」
エゼルは気恥ずかしそうにはにかみながらそう言った。
用事があるのは、当然といえば当然ではあるが、あくまで俺ではなくガーネットのようだ。
俺はエゼルからすれば友人の関係者に過ぎないのだから、名指しで用事があると言われる方が困ってしまう。
「今日はありがとね。なんか色々と相談に乗ってもらっちゃって。おかげでちょっとは迷いも晴れた気がするんだ」
「あんだけ言ってちょっと止まりかよ。まぁ、しょうがねぇか。お前の父親は目標にするにゃでっか過ぎるからな。追っかけるのも一苦労だろ」
「まぁね。でも頑張れるところまで頑張ってみるよ。十五年も頑張り続ける自信はないかもだけど」
俺の前に出ながら苦笑気味に肩を竦めたガーネットに対して、エゼルは柔らかな微笑みを返した。
十五年だの父親だの、俺とエディが別行動を余儀なくされている間に、二人の間で一体どんなやり取りがあったのだろう。
少し……いや正直かなり気になるが、さすがに少女二人の友人同士の会話を問い質すのは常識がなさすぎる。
というか、十五年も頑張るなんて引き合いに出されたら――決して自意識過剰などではないが――自分のことなんじゃないかと思わずにはいられなくなってしまう。
「姉さん。この男と何を話していたんですか」
俺がそんな風に気を回す目の前で、エディがあまりにも遠慮のなさ過ぎる問いかけを投げつけた。
無視することができなかった気持ちはわかるが、それはよくないぞ、少年。
せめて二人きりの帰り道にでも、さり気なく話題に出すようにした方がいい。
「ん? 内緒」
「…………そうですか」
ほら、やっぱり。
エゼルは人差し指を唇の前に立てて、意味深な態度で追及を受け流してしまった。
恐らくエゼルはガーネットの性別に触れるような話題を避けただけに過ぎず、決して他意はなかったのだろうが、どうもエディはそう受け取らなかったようだ。
自分の肩越しにエディが警戒心剥き出しの視線を送っていることに気付くことなく、エゼルは次の話題へと話を進めた。
「まぁそんなわけで、夢を大きく持ったはいいけれど、今回の件で実力不足を痛感しちゃってね。勇者なんて名乗ってるくせに、一介の戦闘員程度の活躍しかできずに脱落とか、さすがにちょっとヘコんだわ」
腕組みをして大袈裟にうんうんと頷くエゼル。
俺の勝手な見立てではあるが、エゼルの実力は勇者として十分に及第点以上ではあるものの、上を見ればまだまだ越えるべき壁があるといった具合だ。
戦闘能力だけを見れば、ファルコンを十としたら六か七だろう。
竜人化で身体能力が上がったのも加味すれば、四か五くらいに差が広がるかもしれない。
もちろん人格面の適性なら、エゼルを十とすればあいつはせいぜい一あるかどうかだと思うのだが。
ガーネットはエディから睨まれて露骨に困惑しながらも、普段通りの態度を維持して対応した。
「そんなときもあるだろ。オレだって肝心なときにブチのめされて意識が吹っ飛んで、気付いたときには護衛対象に守られてたことがあったんだ。いやぁ、ありゃあだいぶ来たぜ。自分が情けねぇの何の」
懐かしさすら感じる出来事を語りながら、ガーネットは俺の方に首だけで振り返って笑いかけてきた。
苦笑や嘲笑などではない。
既にいい思い出となっていて笑い話にできる過去を思い返し、あんなこともあったなと微笑んでいるのだ。
時間にすればほんの数ヶ月程度の過去だが、あれが契機となってガーネットとの関係が一気に深まったのもあって、遠い昔のようにすら錯覚してしまいそうになる。
「へぇ、びっくり! ガーネットでもそんなことがあるんだね」
「相手が四魔将の一角だったってのもあるけどよ、護衛に徹するっつー発想が浮かぶ暇すらなかったから、言い訳の余地は全くねぇんだよなぁ」
ガーネットもガーネットで、今のエゼルの感情に心からの同意を示すかのように頷いている。
この二人は、表向きの性格は正反対と言えるくらいに違っているが、強さというものに対して真摯なところは共通している。
ひょっとしたらサクラとも気が合ったりするんじゃないだろうか。
「というわけで、私も実戦経験を積んで勘と実力を磨く必要があると実感したのよ。だから当面はここに残って、魔王軍やら正体不明の敵やらを相手に鍛えようかなって思ったんだ」
「いいんじゃねぇか? ここにはAランク冒険者が三人……もうすぐ王都から追加で一人来るから四人もいるんだからな。参考にする奴には事欠かねぇだろ」
「そうそう、それそれ。Aランクの実力は噂に聞いてたけど、まさかあれほどとは思わなかったわ。半分くらい人間辞めてない?」
残念ながら、トラヴィスはあらゆる意味で純然たる人間である。
俺の右眼みたいに反則で手に入れた能力があるという話も聞いていない。
「つーか、立ち話なんかしてねぇで、とりあえずあがれよ。ハーブティくらいでよかったら淹れてやるぜ。白狼のもいいだろ?」
「もちろん。友達が遊びに来たようなもんなんだしな」
「ほんと? それじゃ遠慮なく」
勝手口から家の中に入ろうとするエゼルを、エディが後ろから呼び止める。
「ですから姉さん。男の家に気安く入るべきではありません」
「んー、でもガーネットは別っていうか」
「別? どういう意味ですか。場合によっては父君に報告しなければなりませんよ!」
語気を荒げるエディ。
詳しい事情を知っている身としては、完全な取り越し苦労だと分かるのだが、エディにそれを察しろというのは酷な話だろう。
エゼルは困り顔でガーネットと視線を交わした。
「……うーん、どうしよう。あのことを話すのはまずいよね」
「一応はこいつもあの方の息子ってことになってるんだから、教えること自体は問題ねぇんだろうけどな……」
「でも近い将来に分かることなんだし、まだ教えなくてもいいかも?」
「お前、近い将来って……いやまぁ、そりゃそうなんだが……」
ガーネットとエゼルは肩を寄せ合ってひそひそと内緒話をしている。
近い将来――きっとそれは、俺とガーネットが交わした約束が実現するそのときだ。
必ず実現してみせると心に決めたことではあるのだが、改めて他人の口から聞かされると、どうしようもない気恥ずかしさ感じずにはいられなかった。
ひとまずこれにて第六章は完結となります。
次回更新からは第七章です。




