第258話 これから先の話をしよう 前編
それから俺とガーネットは事後処理を終えて地上に戻り、自宅であるホワイトウルフ商店で休息を取ることにした。
ソファーに腰を下ろし、一息つきながら手帳を開く。
床を破壊して戦線離脱した後の戦闘の推移について、トラヴィス達から口頭で聞いた内容を書き留めておいたものだ。
――人形型ゴーレムが集積して生まれた、上半身だけの巨大人形。
まさしく俺が想定した通りの代物だ。
魔将ヴェストリの土人形と地下の人形型ゴーレム。
これらが原型と対抗策としての模倣品の関係にあるのなら、ヴェストリが作り出していた巨大土人形に相当するものがあってもおかしくはない。
まぁ、その現場に居合わせることもできなかったのに、後でやはり読み通りだったと威張っても格好悪いだけなので、そういう発想には至らないよう気をつけたいところだ。
「ほらよ、淹れてきたぞ」
「ありがとな」
ガーネットが用意してくれた冷たいハーブティを一口飲んで、手帳のページをめくる。
次のページの内容は、トラヴィスが語っていた今後の探索計画についてだ。
「んで結局、探索の続きはどうなる予定なんだ?」
ガーネットはソファーの隙間に体をねじ込むようにして俺の隣に座り、身を乗り出して手帳を覗き込んできた。
華奢で柔らかい肩が俺の腕を押しのけ、入浴を終えたばかりの金髪が目と鼻の先でさらりと揺れる。
密着しすぎないようにさり気なく座る位置をずらしてみたが、何故かガーネットはそれを追いかけるように横へずれてきて、お互いの距離が全く変わらずに終わってしまう。
「近いっての。ほら、別に隠したりしないって」
距離を離すのは諦めて、そのままの体勢で手帳を傾けてガーネットからも読みやすいようにする。
――トラヴィス曰く、人形型ゴーレムが出現したエリアよりも奥の大規模探索は、ひとまず一時凍結するつもりだとのことだった。
その先に魔王軍がいる可能性も否定しきれないが、それ以上に詳細不明の勢力と不意に遭遇してしまうリスクを無視できず、今の方針のままでは危険が大きいと判断したらしい。
「あそこより奥は調べねえってことか?」
「いや、中堅や低ランクも動員した現状の方針では探索しないだけで、騎士団と連携したり高ランクだけの少数精鋭で調べるつもりらしいぞ。まぁ……妥当な判断だろうな」
魔王ガンダルフが真なる敵と呼んだ地下勢力は、少なくとも魔王軍を凌駕する程度の戦力を備えている。
俺達を苦戦させたあの人形型ゴーレムの群れですら、下手をすれば大量生産された戦力の一つに過ぎない可能性もあるのだ。
「とはいえ実質的には予定が早まっただけだ。元々、地下迷宮の探索を人海戦術でやる必要があったから中堅以下も動員しただけで、魔王軍の尻尾が掴めたら少数精鋭に切り替える予定だったらしいからな」
トラヴィスほどのベテランが、その辺りを想定していないはずなどない。
若手を引き連れて遭遇したら危ういのは魔王軍も同じ。
探索凍結は想定外の事態ではなく、予定通りの探索フローの一環であるといえる。
「ふぅん。冒険者も何だかんだ大変だな。パーティで好き勝手に潜って適当に引き返すってわけにはいかねぇのか」
「難易度の低いダンジョンならそれでも十分やっていけるぞ」
おおよそCランクくらいまでのダンジョンなら、今回のように慎重な対応はむしろ過剰だ。
数名のパーティ単位で意思決定をして自由に探索するだけで問題ない。
「だけど今回は、正式なランク認定がされてるわけじゃないけど、潜在的な脅威を考慮すれば最低でもBランク……下手すりゃAランクダンジョン相当の難物だ」
「だからトラヴィスも慎重にならざるを得ねぇと」
ガーネットはソファーの上で足を組み、頭の後ろに手をやって背もたれに体重を預けた。
「まぁ、オレはお前が無事なら後はどうでもいいさ。とりあえずトラヴィスへの協力はおしまいなんだろ?」
「今回のところはな。俺の力が必要なら協力するっていう約束で、要請通り崩落を修復したわけだ。次に潜るとしたら、また【修復】が必要になるか、今度はセオドアの方から要請があった場合だな」
「あー……そっか、そっちもあったか」
セオドアの名前を聞いた途端、ガーネットはいきなり顔をしかめた。
「くそっ、どうすっかなぁ……ついて行かねぇわけにはいかねぇし……」
「……? どうかしたのか?」
「どうもこうもねぇよ。前にも言ったよな? セオドアとはオレがまだアルマでもあった頃に顔合わせしてたかもしれねぇんだ」
「ああ、そういえば」
セオドアはドラゴンスレイヤーの異名を持つ冒険者であると同時に、国境警備を役目とする高位の貴族ビューフォート家の嫡子でもある。
子供時代のガーネットは銀翼騎士団団長の家系の『娘』としてビューフォート家への挨拶に同席した経験があり、そのときにセオドアから顔と名前を覚えられている――のかもしれないらしい。
あくまで可能性の話なのだが、正体を隠したいガーネットにとっては無視できないリスクだ。
「それなら、今度セオドアのところに準備の調子でも尋ねに行ってみるか。もちろん俺だけでさ。そのときにさり気なく、アージェンティア家の娘のことを覚えてるのか聞いてみるとするよ」
「一人で行かせるってのはちょっと不安だけど、探りを入れてもらえるのはありがてぇな。けど、さり気なく聞くとかできるのか?」
「もちろんできるに決まってるだろ。ちょうどいい口実があるんだから」
不思議そうに首を傾げるガーネット。
どうやら本気で、セオドアにその話題を持ちかける口実の心当たりがないらしい。
「この前の夜会の件だよ。確実に伯爵の夜会に乗り込むために、あいつには辺境伯の嫡子として紹介状を書いてもらったんだ。それなら結果の報告くらいしても当然だろ?」
「まぁ、そりゃそうだが……って、ちょい待ち。結果報告って具体的に何のことだ」
「『アルマ・アージェンティア嬢と婚約を前提に関わることになりました』って話に決まってるじゃないか」
当たり前のことを改めて説明してやると、ガーネットはソファーに座ったまま頭を抱えて蹲り、じたばたと暴れるように足を動かし始めたのだった。




