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第254話 親と子の十人十色

 ――ルークとエディが階下に落ちたのとほぼ同時に、ガーネットとエゼルもまた硬い床へと落下する。


 ルークが選ぶであろう行動を知っていたガーネットは無事に着地を成功させたが、付き合いの浅いエゼルは不十分な体勢で床にぶつかって苦悶の声を押し殺した。


「痛ったぁ……!」

「おいおい、大丈夫か?」

「平気……痛っ……じゃないかも。特に右足が……」


 エゼルは手酷く痛めた右足をさすりながら、空元気で苦笑してみせた。


「しゃーない、ルーク達が追いつくまで待つか。あいつなら壁も壊せるから五分も掛からねぇだろうし、どっちかと合流できりゃすぐに治せるだろ」


 ガーネットはおもむろにエゼルの隣に腰を下ろし、冷たい壁に背中を預けた。


 弱々しく息を吐き、膝を抱え込むエゼル。

 勇者としての自尊心(プライド)からか空元気を途切れさせることはなかったが、それでも彼女が落ち込んでいることは誰の目にも明らかだ。


「……あーあ、情けないなぁ。これじゃお父様に負けない人間になるなんて夢のまた夢だよね」


 エゼルは自嘲的に笑いながら呟き続けた。


「お父様の真似をして冒険者になろうとしたら向いてないって言われて、だったら勇者になってやる! って息巻いてもパッとしなくって……」


 誰に向けられたわけでもない泣き言に、ガーネットはエゼルの隣で何も言わずに耳を傾けている。


 まるでそれが、友人として当然すべきことであると言わんばかりに。


「ねぇ、ガーネット。やっぱり、お父様みたいになりたいって考えるべきじゃなかったのかな」

「オレに親子関係の相談なんかしたって意味ねぇだろ。うちにはろくでもねぇ父親しかいねぇんだから……なんて、ちょっと前なら突き放してたとこだったぜ」


 ニヤリとガーネットに笑いかけられ、エゼルは不思議そうに目を瞬かせた。


「この町に来て、色んな親子関係って奴を見てきたつもりだ。普段は忙しくてろくに相手できねぇけど、何とか時間を作ろうと頑張ってる親だとか。夢を邪魔されたから家を飛び出して、自力で何とかしようとしてる娘だとかな」


 語って聞かせる内容は、どれもグリーンホロウで見聞きしたもの。


 騎士の家系の出身者ばかりの騎士団では出会う機会がほとんどなかった、生々しくも多彩な親子の繋がり。


 良い関係も悪い関係もあったが、そのいずれもガーネットにとっては新鮮で得難いものだった。


「傑作なのは、今更親に合わす顔がないからって十五年も帰らなかった奴だな」

「十五年も!?」

「ああ。オレの人生丸ごとだぜ? スケールが違うよな。まぁ、そいつの場合は顔を見せても恥ずかしくない立場を手に入れたうえで、オレが背中を蹴飛ばしてようやく会いに行ったんだけどさ」


 その男について語っている間、ガーネットは知らず知らずのうちに、これまでとは違う柔らかな微笑みを浮かべていた。


 エゼルは膝を抱えたまま顔を上げ、そんなガーネットの横顔を意外そうに見やった。


 朗らかな笑顔に釣られるように、エゼルもまた少しずつ表情を緩めていき、自嘲が微笑に変わるまでそう長くは掛からなかった。


「親子関係なんざ十人十色なんだから、偉大過ぎる父親の背中を追っかけ続ける関係ってのもアリだと思うぞ。だいたい、勇者になって間もないんだろ? まだまだこっからじゃねぇか」

「……ねぇ、ガーネット。十五年も頑張ってた人って、ひょっとしてルークさん?」

「はあっ!? な、なんでそんなこと思ったんだ?」

「だって凄く楽しそうだもの。好きな人のこと話してるんだなって思うに決まってるじゃない」


 ガーネットは赤面し顔を歪めて舌打ちをした。


 エゼルはそんなガーネットの反応を眺めながらひとしきりくすくすと笑い、晴れやかな表情で仄暗(ほのぐら)い天井を見上げた。


「ありがとね。ちょっと楽になったかも。それにしても、ほんとガーネットに先を越されるなんて嘘みたい。知らない間に大人になっちゃったんだなぁ」

「お、大人って……つーかそういうのはお前の方が身近なんじゃねぇのか?」

「もうぜーんぜん!」


 すっかり調子を取り戻した様子で、エゼルはぶんぶんと手を横に振った。


「親の存在感が強すぎるのか、勇者なんてやってるからか知らないけど、誰もそういう風に見てくれないんだよね」

「……誰も?」

「うん、誰も」

「そっか……あいつも可哀想に」


 発言の後半はエゼルに聞こえない程度の小声であった。


 露骨に意識を傾けている少年の想いは、残念ながら今のところ本人には届いていないらしい。


 エゼルが怪訝そうに眉を傾けた直後のことだった。

 迷路の壁に突如として魔力の光が走ったかと思うと、細かな破片と化してバラバラに砕け、頑丈な石の壁に大穴が穿たれた。


 その穴を潜って現れた長身の男と少年が、向かいの壁際に座り込んだ二人の少女を心配そうに見下ろした。


「ガーネット、怪我はないか?」

「オレはな。けどエゼルが右足をやっちまって。【修復】頼めるか?」


 しかし長身の男――ルークは特に行動を起こすでもなく、横目でエゼルの方を見やるだけだ。


「姉さん! すぐに治しますから!」

「そんな焦らなくってもいいのに……恥ずかしいなぁ」


 ガーネットもすぐに、ルークが【修復】に取り掛からなかった理由を理解した。


 確かにこれは邪魔なんかできない。

 治療担当を横取りするのはそれこそ無粋というものだ。


「それにしても、まるで魔王戦争の焼き直しだな」

「あん? 床を【分解】して逃げたことか? あんときは逃げた先に魔王がいて大変だったな」

「まぁそれもなんだけど。俺が言いたいのは人形の群れのことだ」


 ルークは壁に手を当てて【解析】を発動させながら、仮説じみた思考をガーネットに語り続けた。


「魔王軍四魔将、土のヴェストリ。あいつのことは覚えてるよな。周囲の地面から魔法で生み出された土人形は、魔法が続く限り復元と増殖を繰り返す無尽蔵の軍勢だった……」

「……確かに似てやがる」

「俺は軍事のことには詳しくないんだが、敵が使ってくる厄介な戦術に対抗するために、自分達も同じ手段を研究するっていうのは普通なんじゃないか?」


 ガーネットは口元に拳を当ててしばらく考え込み、そしてルークの推論を全面的に肯定した。


「あり得るな。ヴェストリがあの人形共の真似をしたのか、それともされた側なのかは知らねぇが、どっちかが対抗手段として開発された線は大いにアリだ」

「だよな。つまり、他にも()()()()()()()ができる可能性も充分あるわけだ」


 壁を経由して上階に【解析】の魔力を送り込みながら、ルークは厳しい顔つきで天井を睨み上げていた。

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