第255話 巨大人形 前編
――時間は再び遡り、ルークを始めとする四人が床を破壊して逃げたまさにそのとき。
一瞬前までルーク達がいた場所で人形の群れの大波が弾けたのを目の当たりにして、レイラが悲鳴のような声を上げた。
「ああっ……!」
「心配するな、間一髪で下に逃れている。ルーク殿のお得意の作戦だ」
サクラは冷静にレイラを落ち着かせながら、油断なく刀を構えて人形の群れを注視し続けた。
頭部を適切に攻撃して魔法文字を破壊すれば機能停止させられるが、逐一狙いを定めていてると手数が減少せざるを得ず、逆に手数を増やそうとすると全ての攻撃を決定打にするのが難しくなる。
先程の追撃はまさしく後者の典型例だ。
こちらを無視してルーク達に殺到する群れを止めるべく、一時的な行動不能でも構わないと考えてがむしゃらに攻撃を加えたので、人形の数自体はさほど削れていない。
「さっさと残りを片付けて、ルーク達を迎えにいくぞ。下がここより安全とは限らんからな」
トラヴィスがそう言ったのとほぼ同時に、三度目の魔力の波動が大広間を駆け抜ける。
「来るぞ! 構えろ!」
直後に生じた異変は、目を疑わずにはいられない出来事であった。
人形が見えない力で吸い込まれるようにして、特定の一点に集かき集められていく。
嵐のように凄まじい勢いで渦を巻きながら、稼働している人形も破壊された人形の残骸も区別なく、一切合切が巨大な塊に集積し密集していく。
これ自体は敵意のある攻撃とは思えない――が、吸い込まれていく残骸がわざわざ人間を避けるはずもなく、冒険者達は飛散する残骸の迎撃に追われ続けた。
軽い身のこなしで回避するサクラとナギ。
魔法の風圧で壁を作るメリッサ。
他の冒険者達も各々の手段で身を守っている。
そしてトラヴィスはレイラを庇う形で立ちはだかり、魔力を帯びた拳圧の連撃で残骸を片っ端から吹き飛ばした。
――やがて全ての残骸が一つに凝縮したことで、竜巻じみた瓦礫の乱舞も終わりを迎える。
「あれは……何のつもりだ……?」
サクラは困惑を隠しきれずにそれを見上げた。
宙に浮いた吐き気を催す異形。
全ての人形と残骸が集合して形成された巨大な球体。
曲がりなりにも人体を模したモノが、胴体と四肢を不規則に絡み合わせて編み上げたその表面は、ただ見上げているだけでも生理的嫌悪感を煽られずにはいられない。
「油断するな! 何が起きてもおかしくないと思え!」
トラヴィスが声を張り上げ、自ら冒険者達の先頭に立って怪球と対峙する。
球体の表面が不気味に波打つ。
不出来な泥団子が崩れ落ちるように、球体の下半分が床に流れ落ち、潰れた円筒のような形状で再び安定した。
そして左右の両側面が上端を残して剥離し、まるで腕のように――
「いかんっ!」
爆発じみた衝撃を迸らせ、トラヴィスは変形を続ける球体めがけて跳躍した。
腕のように変形した部位が拳らしき形状を形作り、空中のトラヴィスを真っ向から迎え撃つ。
激突する二つの拳。
規模の差はあまりにも圧倒的であったが、押し負けたのは人形の残骸が凝り固まった巨大な拳の方だった。
しかしトラヴィスは大岩並の拳を殴り砕いたものの、それによって跳躍の勢いも相殺され、本体まではたどり着けずに途中で着地を余儀なくされてしまった。
「まったく、悪趣味この上ない造形だな!」
球体は変形を完全に終え、砕かれた拳も瞬く間に復元していく。
その姿を一言で言い表すなら、巨大な人形の上半身が床から生えているかのようであった。
着衣はなく、眼球もなく、無数の人形の集合によって生じた巨大な人形。
頭部からは長い頭髪らしきものが広がっていたが、それは余剰と思しき人形とその残骸によって編み上げられた縄であった。
体積が人形の総量よりも大きくなっているように見受けられるが、恐らくは巨体の一部が中空構造になっているのだろう。
中心まで隙間なく密集していたとしたら、これよりも一回りか二回りは小さくなっていたはずだ。
「……ヴェストリの、土の巨人……」
サクラはかつて交戦した敵の姿を思い出し――奇しくも階下へ逃れたルークと同様に――両者の形質の類似性に疑念を覚えていた。
巨大人形が腕を大きく振って薙ぎ払う。
この閉鎖空間においては逃げ場がないと思われたその一撃を、トラヴィスは肩からの突進をもって迎え撃ち、数歩分ほど押し戻された程度で踏み止まった。
一体どんなスキルと身体構造をしていればあんな真似ができるのか。
サクラは巨大人形よりもトラヴィスの方に戦慄を覚え、無意識に表情を強張らせていた。
普通なら激突の衝撃で内臓という内臓が潰れていてもおかしくないというのに、トラヴィスはダメージを受けた素振りすら見せていない。
「ルークが戦ったという奴だな! そんなに似ているのか!」
「材質は全く違いますが、大きさと形状は酷似しています!」
「そうか! ならば弱点も共通かもしれん! ルークはそいつをどうやって――」
もう一方の腕が真上からトラヴィスを叩き潰す。
床材が砕け、陥没し、地下空間の床全体が窪み歪んだようにすら錯覚する。
ところがその拳すら高々と弾き返され、巨大人形は腕を天井にぶつけながら大きくのけぞった。
「弱点はどこだ! この調子だと先にこっちが力尽きかねん!」
トラヴィスは表情を険しくしながら、着衣についた粉塵を力強くはたき落とした。
「……これがAランク……化物か……?」
ナギが漏らした率直過ぎる呟きに、サクラも内心で全面的に同意した。
何かと考えの合わない相手ではあるが、今だけは心から分かり合える予感がしていた。
「ル、ルーク殿は【解析】で内部に潜んだ術者を……魔将ヴェストリの居場所を看破しました! その上で数人がかりの連携によって頭部に追い詰め、首を吹き飛ばすことで逃走経路を奪い……っ!」
魔将ヴェストリの土の巨人の撃破手段を簡潔に叫びながら、サクラはその実現が不可能であることを改めて実感した。
あのときは術者が内部にいたからこそ打倒することができた。
しかし、あの巨大人形は無数の人形が集合したに過ぎず、弱点たる術者はどこにもいないのだ。
そもそも人形といえど、自律兵器ともいえるゴーレムであることに変わりはない。
集合と変形も、巨大人形としての攻撃動作も、誰かに操作されたものではなく、事前に組み込まれていた行動パターンに基いた自動的な行動に過ぎない可能性すらある。
「奴には弱点になる術者が存在しません! ゴーレムとして自動的に動いているだけなのかも……!」
「一理ある。ならばそれが弱点だ」
獣が牙を剥くかのように、トラヴィスは獰猛な笑みを浮かべた。




