第233話 アレクシアへの頼み事
昼食が終わったところで、シルヴィアに肝心な質問をし忘れていたことに気が付いた。
「なぁ、シルヴィア。他の皆がどこにいるか知らないか?」
この場合の『他の皆』とは、もちろんホワイトウルフ商店の関係者とサクラのことだ。
皆はこの宿の部屋を長期契約で借りて暮らしているので、看板娘のシルヴィアなら居場所を知っていてもおかしくない。
普通なら答えてもらえない質問だが、出張から戻ってきた店長が従業員を探しているだけなので問題にはならない……と思いたかった。
「えっと、エリカとノワールさんは『日時計の森』に行って、サクラは依頼で出かけていて、アレクシアさんはまだ部屋にいるはずです。それとレイラさんは確か支店の方に」
「ありがとな。それならまずはアレクシアに顔を見せに行くか。ガーネットはどうする?」
尋ねたときには既にガーネットは席を立っていて、ついてくるつもり満々といった様子だった。
「……じゃあ二人で行くか」
「まぁ久し振りだしな」
「でしたら私も。アレクシアさんにちょっと用事があるので」
結局、このまま三人揃ってアレクシアの部屋へと向かうことになった。
何故かガーネットから、アレクシアと二人きりにはさせまいという意志を感じた気がしたが、恐らく俺の思い過ごしというか過剰反応だろう。
とりあえず部屋の扉をノックして、アレクシアが出てくるのをしばし待つ。
「アレクシア。ちょっといいか?」
「ルーク君ですか? まったくもう、帰ってくるの遅かったですね」
扉を開けて上半身を覗かせたアレクシアだったが、俺達と一緒にシルヴィアがいたことに気がつくと、笑顔をびくりと引きつらせた。
「ひゃっ! シルヴィア!」
「今日は大丈夫みたいですね。これくらいならまだ……」
「あはは……ちゃんと気をつけてるよ」
たじろぐアレクシアの体と扉の隙間から、シルヴィアは部屋の中の様子をまじまじと確かめている。
部屋は整理整頓が行き届いている……とはとても言えないが、目くじらを立てるほど酷い散らかりようというほどでもない。
ガーネットは何の話だと怪訝そうにしていたが、俺は一目でおおよその事情を察することができた。
「部屋を散らかしすぎて怒られたってところか。そういえば、前に宿の部屋を台無しにして俺の部屋に転がり込んできたことがあっただろ? あれ、Aランクのロイから俺達が付き合ってるって誤解されてたぞ」
「うええっ!? 何でそんなことになってたんですか!」
王都でロイから聞いた話を伝えてみると、アレクシアは心外だとばかりに声を上げた。
アレクシアとはおおよそ二年前からの付き合いで、一時期は居候として部屋に住ませていたこともあったが、色恋沙汰なんぞには微塵も発展しなかったし、お互いにそれを望んだことすらなかった。
……という話題を皮切りに、王都滞在中の話題を軽くアレクシアに話してから、改めて本題に入ることにする。
「ところで、ギルドの方で『魔王城領域』よりも深層の探索が計画されてるって話、本当なのか? さっきシルヴィアから聞いたんだが」
「みたいですね。私は誘われてませんけど」
「誘われてないって、どうして……ああ、そうか、お前の本業は機巧技師の方だったな。探索よりそっちの仕事をしてくれってことか」
「はい、そういうことだと思います」
ここ最近のアレクシアは、ホワイトウルフ商店の従業員や冒険者としてよりも、グリーンホロウ・タウンやホロウボトム支部のインフラを支える機巧技師としての活躍が増えている。
アレクシアの伝手で何人かの機巧技師が追加で来てくれたのもあり、ホロウボトム支部を拠点に『魔王城領域』を探索する冒険者達の生活環境が飛躍的に向上したという。
そんな貴重極まる人材を探索に連れ出すことはできないと考えるのは、冒険者としてごく自然な判断だ。
誘いを受けるか断るかという以前に、そもそも誘い自体が来なかったとしても不思議ではない。
「新しく作った武器や道具なんかを持っていってもらうつもりですよ。好評なら店売りも提案しようかなと思ってるところで……あっ、そうだ! お土産ありがとうございました! 特にクロックワーク・ジャーナルの最新号とバックナンバー! こっちじゃなかなか手に入らないから困ってたんです!」
アレクシアは興奮した様子で一気にまくしたててきた。
急に話がグリーンホロウと『魔王城領域』の話題から王都出張関連に戻ってしまったが、アレクシアのあまりの勢いの強さに話を戻すタイミングを見逃してしまう。
「機巧技師の専門店で土産物の相談をしたら、地方の機巧技師にはこいつが鉄板だって教えてもらったんだ」
「オレもこいつも機巧のことはよく知らねぇからな。雑誌の売れ残りを押し付けられたんじゃねぇかって思ってたんだが、買って正解だったみてぇだな」
「そりゃあもう! 発行部数の少ない専門誌ですからね!」
興奮覚めやらぬ様子のアレクシア。
いつの間にか厨房に行っていたシルヴィアが差し出したアイスハーブティーをぐいっと飲んでから、クロックワーク・ジャーナルとやらの価値を引き続き熱弁する。
「ジャーナルには最新技術や新発売の発表が盛りだくさんなんですけど、都会じゃないと手に入りづらいんですよ」
「最新技術ねぇ。そんなもん発表しちまったら真似されるだけじゃねーのか?」
「魔法使いはそれを恐れて研究を秘密にすると聞きますね。ですが機巧技師は事情が違うんです」
ガーネットの素朴な疑問に、アレクシアは我が事のように胸を張って答えた。
「元は機巧の本場だった私の故郷の制度だったんですが、新技術や発明には数年間の独占権が与えられて、他の技師から利用料を徴収できるようになっているんです」
「ふぅん、それがあの本に書いてあるってわけか」
「公表しないと認可が下りませんから。それを嫌って秘密にし続ける人もいますけど、大抵は資金稼ぎも兼ねて申請するのが普通ですよ」
アレクシアの故郷である複層都市は、かつて高度な機巧技術を独占していた。
恐らくは都市の内部での盗用を防ぐために発達した制度が、ウェストランド王国に組み込まれた際に、王国全土にまで広められたのだろう。
それはそれで興味深い話だが、残念ながらまだ別の話が残っているので、続きはまたの機会にさせてもらおう。
「他にもジャーナルには有名技師のコラムや解説が盛り沢山で、本当にいい勉強にですね……」
「なぁ、アレクシア。一つ頼まれて欲しいことがあるんだ。後でノワールにも言おうと思ってるんだが、俺でも安定して扱えるような武器を、機巧や魔道具の技術で作ってもらえないか?」
夜の切り裂き魔事件を通じ、俺は自分自身の力の無さを改めて思い知った。
後衛に徹さざるを得ないのはもはや仕方がない。
最前線で鎬を削れるようになりたいとまでは思わない。
しかし、最低限の自衛手段、あるいは支援手段くらいは持っておきたかった。
俺の提案を聞いたアレクシアは、一瞬だけ意外そうな顔をしてから、すぐに自信有り気な笑みを浮かべてみせた。
「任せてください! 使い所を待ってるアイディアは山程抱えてますからね! 望むところですよ!」




