第234話 ノワールのささやかな雑談
――その後、俺とガーネットは春の若葉亭を後にして、最寄りダンジョンの『日時計の森』へ向かうことにした。
本店メンバーは全員が『日時計の森』か、その最下層に建つ冒険者ギルドのホロウボトム支部へ赴いているとのことだから、次の目的地は考えるまでもなかった。
アレクシアは迷宮探索計画の具体的な中身も、それを把握していそうなサクラの居場所も知らなかったので、サクラから話を聞きたければ自力で探すしかない。
もっとも、サクラ以外の知り合いの冒険者に聞いても解決できる疑問なので、仮にサクラが依頼で遠出していても問題はないのだが。
「おっ、いたいた」
木々に覆われた盆地状の『日時計の森』を下りている途中、支部がある第五階層よりも手前の第四階層で、ガーネットが不意に声を上げた。
整備された道から外れた草地に見慣れた女性と少女の姿。
薬草採集に勤しむノワールとエリカがそこにいた。
「久し振りだな! 元気してたか!」
ガーネットが声を掛けたことで二人も俺達に気が付き、すぐにエリカが駆け寄ってきた。
「店長っ! 遅かったじゃないですか!」
「悪い悪い。通る予定だった橋が壊れてたから、遠回りすることになったんだ」
「それは手紙に書いてありましたし、しょうがないとは思いますけど……けっこうギリギリな日もあったんですよ?」
「もちろん埋め合わせはちゃんとするからさ」
シルヴィアが言っていたように、本店の営業自体は破綻せずにどうにかなっていたようだったが、やはりその裏ではスタッフ達に苦労をかけていたらしい。
やや遅れて、薬草の入った籠を小脇に抱えたノワールが追いついてくる。
「……おかえり……」
「ただいま。迷惑かけたな」
「私、は……別に。エリカが、よく……頑張って、た……」
ノワールから褒められたからか、エリカは照れくさそうに頬を軽く掻いた。
曰く、ノワールとアレクシアはそれぞれの専門スキルを求められて店を空けることがままあり、その間はエリカが店を取り仕切ることが多かったらしい。
「それで、店長達はこれから支部に行くんですか? だったらあたし達も休憩に戻りましょうか」
「……そう、だな……」
二人も作業を中断してホロウボトム要塞に戻ることにしたようなので、四人一緒に第五階層へ降りることにする。
ガーネットがエリカに王都の話をしながら歩いている後ろで、ノワールがひっそりと――本人としては普通に話しているだけなのだろうが――俺に声を掛けてきた。
「ルーク……実は……興味、深い、資料を……見つけた……んだ……」
「資料?」
ノワールはこくりと小さく頷いた。
この態度と喋り方からして、深刻な話題ではなく単なる雑談の類のようだ。
自己主張と対人関係が極端に苦手な奴だが、何だかんだで付き合いが長くなってきたので、何を考えているのかもそれなりに分かるようになってきた。
「……村役場、に、眠ってた……古い、資料……貸して、貰えた、から……」
魔法使いの職業病なのか、それともノワール個人の趣味嗜好なのかは分からないが、随分とマニアックな分野に興味を示したようだ。
「グリーンホロウの……成り立ち……の、諸説……」
――ノワール曰く、グリーンホロウ・タウンは山中に温泉の源泉が発見されたことに端を発し、その周囲に人が集まることで発展していったのだそうだ。
諸説あるというのは、源泉が発見されて人々の間に広まった経緯である。
まず一つ目は、猟師や樵が疲れを癒やすために利用していた秘湯が、いつしか広く知られるようになったというもの。
極めて現実的というか、実際にはそうだったんだろうなと納得せざるを得ない理由だ。
二つ目は、とある有名な神殿の神官が流行り病に苦しむ民を救うため、病を癒す温泉の場所を神託で授かったというもの。
こちらの説は「どの神様の神官なのか」という根本的な事柄にまで諸説があり、色んな神殿が自分達に箔をつけるために後付で広めようとしたのだと考えられているらしい。
そして三つ目は――
「……ドラゴン、なんだ」
「は……?」
「数十年、前……一頭の、ドラゴン、が……地上に、現れた……。それを、討伐した、戦士が……帰り道に、温泉を……見つけて……傷を、癒やした……」
ノワールは覚束ない口調で、けれど可能な限りはっきりと、三つ目の説を俺に語って聞かせた。
「魔獣がダンジョンの外に出てくることはたまにあるし、ドラゴンが現れた事例も皆無じゃないけど……グリーンホロウの近くにドラゴンが出たとなると、どうしても深読みしちまうな」
「……だ、だろう……?」
俺達が向かっている『日時計の森』の第五階層は、別のダンジョンである『魔王城領域』に繋がっていて、そこには多くのドラゴンが生息している。
二つのダンジョンを繋ぐ隠し通路を開く条件は、『魔王城領域』に辿り着く正規ルートともいえる迷宮『奈落の千年回廊』の壁を破壊すること――ただし、現在は自由に行き来できるようにされているが。
隠し通路が開けば『魔王城領域』のドラゴンが地上へ移動できるようになる。
問題はその壁がミスリルによって造られ、膨大な大地の魔力によって自己修復を続けているため、破壊が極めて困難であるという点だ。
「ドラゴンが別の場所から飛んできたんじゃなくて、当時未発見だった『日時計の森』を経由して現れたのなら……数十年前の時点で『奈落の千年回廊』に潜った誰かが壁の破壊に成功したのか、それとも……」
王都で関わったばかりの夜の切り裂き魔事件の顛末を思い出す。
今の人間には特殊なスキルを使わなければ成し遂げられず、魔王軍もそれを可能としていた様子がない『奈落の千年回廊』の壁の破壊。
だが、人間でも魔王ガンダルフの手勢でもなく、それらを上回る技術を持つ連中ならどうだ。
例えば夜の切り裂き魔の正体であった、人間にも魔王軍にも不可能なはずの『人格を持つ自律人形』を送り込んだ連中――かつて魔王軍を敗走せしめた、『魔王城領域』よりも更に深い領域に潜むという存在なら。
「……『魔王城領域』の奥にいる奴らの仕業っていうのは、ちょっと考えたくないよな」
「ああ……魔王が、言っていた、真なる敵……」
「冒険者達が『魔王城領域』よりも深い場所を探索しようとしてるって聞いたけど、うっかり鉢合わせなきゃいいんだが」
「か、彼らは……知らない、のか……? 真なる敵、を……」
「まさか!」
俺は不安そうなノワールの発言を真っ向から否定した。
「知った上で探索しようとしてるに決まってるだろ。特に高ランクまで上り詰めた連中なら嬉々として乗り込むさ。冒険者ってのはそういう奴らの集まりなんだからな」




