第170話 運命を告げる書簡
銀翼騎士団の連絡員だというその男は、合計五通の封書を渡して立ち去っていった。
うち四通は俺宛で、残る一通はガーネット宛の書簡だ。
ガーネットよりも俺の方が多く渡されたのは少し意外だったが、封書に記された紋章を見てすぐに納得した。
――竜王騎士団。黄金牙騎士団。銀翼騎士団。そして王宮。
例の件に関わる人々のフルコースである。
当然、書簡の内容もそれに準じたものだろうと容易に想像がつく。
魔王戦争において自分でも想定外の活躍をしてしまったことで、銀翼と黄金牙の二つの騎士団が、俺に騎士叙勲を受けさせて自分達の配下に加えようと考えた。
両騎士団の対立激化を懸念した国王陛下は、近衛兵団である竜王騎士団に俺を召し上げさせる案を出したが、竜王騎士団は自分達の伝統を理由に難色を示した。
そして今は竜王騎士団の方針決定を待ち、三つの騎士団のどれを選ぶか、あるいは全てに背を向けるかを選ばなければならない――これが俺の置かれている現状である。
「中身が気になるのはしょうがねぇけど、こんな場所で開けんじゃねぇぞ」
「分かってる」
逸る気持ちを抑えて家に入り、ソファーに腰を下ろして封蝋に手をかける。
自室まで戻らなかったのは、その時間も惜しいと思ったからだ。
現実的に考えればたったの数秒。それすら我慢できないくらいに、今の俺は封書の確認を急いでいた。
一通目――竜王騎士団。
内容は予想通り、俺が騎士叙勲された場合に竜王騎士団へ入団するための受け入れ条件だ。
竜王騎士団が提示した条件は、既にこちらへ送り込まれているベアトリクス・レイラ・ハインドマンと結婚すること。
他の手段で一族に加わることも、あるいは一族に加わらずに入団することも許容できない。
また、他の婚約者候補が見つからないため、レイラとの婚姻が不成立ならば入団は許可しない。
伝統派、改革派、中立派の三つの派閥が妥協できる条件はこれのみである、とのことだ。
「(やっぱりこうなるよな。そもそも、竜王騎士団は積極的に俺を欲しがってるわけじゃないんだ。銀翼と黄金牙の対立を防ぐために、もっと格上の騎士団に押し付けようって案が出ただけなんだから)」
故に、竜王騎士団は自分達が受け入れられる条件を提示するのみで、こちらに対して交渉を持ちかけてきたりはしないのだ。
レイラと結婚することが条件なら、俺としては到底受け入れられない。
彼女を嫌悪しているわけではないが、お互いにとって幸福な結末になりえないのが分かりきっている。
騎士団同士の対立を避けたがっている陛下には申し訳ないが、この案は拒否させてもらうしかないだろう。
二通目――黄金牙騎士団。
こちらは竜王騎士団とは対象的に、黄金牙の騎士として騎士叙勲を受けた場合の高待遇が書き連ねられている。
だが、今までどおりの生活を送りたいという俺の希望は、どうやら叶えられることはないらしい。
黄金牙騎士団は戦争を担う騎士団の一つ。
当然ながら、俺に対しても戦争における活躍を期待しており、進化した【修復】スキルを戦場でフル活用することが求められていた。
恐らくこれは、彼らにとって絶対に譲ることができない一線なのだ。
戦争に貢献させられないのなら、騎士団に迎え入れる意味がないと考えているに違いない。
「(黄金牙の側についたとしたら……きっと、銀翼との関係も変わるんだろうな。ガーネットと今までどおりってわけにもいかなくなるか……)」
銀翼と黄金牙の間には、俺の理解を越えた根強い対立関係がある。
魔王軍との戦いではきちんと協力し合っていたが、今後はそう簡単にはいかないはずだ。
三通目――銀翼騎士団。
黄金牙には及ばないものの、充分に手厚いと言える待遇が提示されている。
更に「グリーンホロウ・タウンの治安維持および『魔王城領域』の監視」という名目で、これまでと同じ生活を継続できることが明記されていた。
条件面は完璧だ。銀翼は三つの騎士団の中で最も身近な間柄でもあり、選択の余地は無いように思われた。だが――
「(……? 封筒に手紙がもう一枚……)」
それは格式ある装飾で彩られた紙ではなく、単なる白い紙に一行だけの文章と肩書のない署名だけが綴られたものだった。
――アージェンティア家の家長、レンブラント・アージェンティアは配下の騎士と娘の婚姻を決して認めない――
最後に記された署名はカーマイン・アージェンティア。
銀翼騎士団の現団長にしてガーネットの母親違いの兄の名だ。
ならばレンブラント・アージェンティアとは、銀翼騎士団の前団長……カーマインの父親のことなのだろう。
「(こんなことを俺に教えてどうしろって言うんだ)」
いや……分かっている。分かりきっている。
カーマインが俺に何を伝えたいかなんて、このたった一行の、人目を盗んで書簡に忍ばされた手紙を見た瞬間に。
「(……残りの書簡、王宮からの連絡は何だ?)」
俺は思考を強引に切り替えて、最後の封書に手を掛けた。
四通目――王宮。
そこに記されていた内容は、いずれかの騎士団を選ぶのとは異なる、もう一つの選択肢。
「(新騎士団の設立だって!?)」
予想外にも程がある文言である。叙勲を受けて既存の騎士団に所属するのではなく、新たな騎士団を設立して俺をその騎士第一号にしようというのだ。
詳細は決定してから詰めていくとのことだが、そのまま俺が騎士団長に据えられる可能性もあると記されている。
「(名誉のつもりなのかもしれないけど、いくら何でも荷が重すぎるっての……)」
幸いにもあくまで新たな案というだけで、そうしなければならないという強制はされていない。
しかし、俺が同意すればすぐにでも手続きを勧めそうな雰囲気が、この文面からは色濃く漂っている。
「(選択肢は四つ……いや、全部断るのも含めて五つか。どれも無視できない問題を抱えていて、選ばないのもリスクがある……どうしたものかな)」
四つの手紙をそれぞれ封筒に戻し、同じリビングで自分宛ての手紙を読んでいるはずのガーネットに目を向ける。
そのときガーネットは――憤りを押し殺した顔で苦々しく口元を歪め、手紙を二つ折り、四つ折りにしてびりびりと破いていた。
「お、おい。それ、大事な手紙じゃないのか?」
「あん? いいんだよ、別に。くだらねぇ議題の家族会議をやるからお前も来いってだけだ」
ガーネットはあっさりと普段通りの態度に戻り、念入りに破いた手紙を書類廃棄用の屑籠に捨ててから、ひらひらと手を振りながら自室の方に向かっていった。
「まぁ、それでも顔くらいは出しとかねぇとな。今すぐってわけじゃねぇんだが、近いうちに休暇を貰ってもいいか? 王都にいる父上達んとこまで行かねぇといけねぇから……それなりに纏まった休みがいるんだ」
「……支店ができて本店にも余裕ができるだろうし、多分大丈夫だとは思う。スケジュールを調整しておくから、日程が決まったら教えてくれ」
責任者らしく振る舞う傍らで、俺は言葉にできない胸騒ぎのようなものを感じずにはいられなかった。




