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第157話 支店開店一歩手前

 次の日、俺は町の集会場の一室を借りて、十人ほどの若者を前に講師の真似事なんぞをやっていた。


 講習対象はサンダイアル商会に仲介してもらった人員で、話の内容はもちろんホワイトウルフ商店における仕事のやり方だ。


 武器防具と各種の道具を扱う店としての基本から、ホワイトウルフ商店ならではの作業と注意点も教えていく。


 例えばミスリル製品を販売する場合は、店長である俺か特定のスタッフ――ガーネットやノワールなどの手続きに慣れた奴を呼んで、書類に記入をしてもらうこと。


 例えばポーション等には保管条件が存在する場合があるので、注意書きをよく確かめて陳列すること。


 例えば危険度の高い魔道具や機巧道具は、客が勝手に触ったりできないようにしておくこと。


 当然、この一回で全部の内容を覚えてもらうわけではない。


 今日はあくまで教育過程の第一弾であり、同じ内容を何度も復習していくことになるだろう。


「――まだ時間が残ってるから、勤務形態についてもう少し詳しく説明しておこうか」


 アシスタントを頼んでいたノワールが、俺の後ろの壁に『日時計の森』の見取り図を貼り付ける。


「さっきも話したとおり、皆には基本的にホロウボトム支店中心の勤務に回ってもらう予定なんだが、本店の人手にも不安があるから、一人か二人は本店常駐してもらおうと思う」

「はいっ! 本店と支店で待遇に違いはありますか! 具体的にはお給料とか!」


 新人の一人が挙手をして質問を投げかけてくる。


 確か最初の自己紹介のときに、出稼ぎと仕送り目的で来たと胸を張って言い切った子だ。


 目的が目的だけに、どうしても金銭絡みの事柄が気になってしょうがないのだろう。


「配布した資料にも書いてあるが、基本給とスキルに応じた加算は共通だ。例えば商品の製造に携われるスキルだな。これに加えて、支店の方には多少の手当を上乗せする予定だ」


 そんな説明をしながら、壁に貼られた見取り図を軽く叩いて注目を促す。


「実際にホロウボトム支部を見てきた奴はいるか? ……だいたい半分ってとこか。あそこはEランクとはいえダンジョンの底で、危険度の高いダンジョンとも隣接している立地だ」


 まぁだからこそ、地下に潜る冒険者の利用を見込んで、色々な店や施設が進出しようとしているわけだが。


「それに地上と比べて物価が高くならざるを得ないし、何より楽しみになる施設も少ないからな。その辺を加味した手当を付けるから、生活が比較的不便なことに目をつぶれば、支店の方が少しばかり多めに金が残るはずだ」


 新しく開店することになる支店は、グリーンホロウからやや離れた開放形Eランクダンジョン『日時計の森』の底、騎士団の要塞を流用した冒険者ギルドのホロウボトム支部内に位置している。


 支部には他にも冒険者目当ての宿や店が軒を連ねる予定だが、言い換えればそれだけだ。


 温泉地であり休養地でもあるグリーンホロウと比べれば、さすがに物寂しい環境だと言わざるを得ない。


「まぁ、そういう環境だからな。希望があれば、一ヶ月のうち三週間は地下で一週間は地上といった配分も考えるつもりだ。初めての支店だから、最善の形を模索して調整していくことになると思う」


 新人達は真剣な表情で俺の説明に耳を傾けている。


 ホワイトウルフ商店がどのような業種で、新たに設ける支店がどんな立地なのかという大まかな情報は、サンダイアル商会が彼らに声を掛けた段階で既に伝わっているはずだ。


 なので、この説明はいわば念のための確認であり、彼らにとっては既に納得済みの内容である。


「質問があれば、後で遠慮なく聞きに来てくれ。こちらにとっても貴重な意見になるからな」











「ルーク店長、お疲れ様です」


 講習を終えた後で休憩を取っていると、新人に混じって話を聞いていた女が話しかけてきた。


 新人達は少年少女の年頃を越えたかどうかという若者ばかりだったが、彼女だけは年齢的に頭一つ抜けている。


「ええと……ナタリアだったよな。ドロテアさんの弟子の」

「はい。将来的な独立を前提として、サンダイアル商会で勤務しながら修行を積んでいました」

「ドロテアさんも心強い人材を送ってくれたよ。支店長を誰に任せるか悩んでたからね」

「お褒めに預かり光栄です」


 はにかむように笑うナタリア。


 十人の新規スタッフの中でもナタリアだけは少し特別だ。


 初めての支店を開くなら商売に慣れた人材がいた方がいい、ということで、ドロテアが自分の直弟子を派遣してくれたのである。


 支店長選びは本当に難儀していたので、本当にありがたい申し出だった。


 まず、ガーネットは護衛が本来の役割なので論外。


 ノワールには性格的に向かないからと全力で――滅多に見ないレベルの本気っぷりで――拒否され、エリカも自分にはまだ無理だと辞退した。


 そして残るアレクシアは、町から機巧技師としての仕事を受けることも多く、支店長を兼任するほどの暇がないのは誰の目にも明らかだった。


 というか今も、温泉のお湯を金属管でホロウボトム支部まで運ぶ工事に協力していて、ポンプだの何だのを忙しく組み上げている真っ最中である。


 ここ最近は、温泉の排水と生活排水をなんたら機構でダンジョン外まで云々……と、俺には手に負えない領域で頭を悩ませていたのをよく目にしていた。


「私もこのお話は是が非でもお受けしたいと思っていました。独立した商会を持つという目標を実現するにあたって、支店を任せていただくのは、これ以上ないほどに貴重な経験ですから!」


 ナタリアは気合十分といった様子で表情を引き締めた。


 支店を任せる人材も見つかり、そこで働く従業員も余裕を持って確保した。


 店舗の設営もほぼ終わり、開店時点で陳列しておく商品の用意も完了した。


 ギルド支部とグリーンホロウの町役場への手続きはもちろん抜かりなく、ミスリル取扱に係る王宮への申請も受諾された。


 開店直前には宣伝を打ってもらうよう、グリーンホロウのギルドハウスにも依頼してある。


 準備は万端のはずだ。後は突然のトラブルに気をつけるだけだ。


「おーい、白狼の。そろそろ引き上げる時間だぜ」


 後片付けをしていたガーネットが、集会場のレンタル時間の終わりが近いことを告げる。


 先にナタリアを帰し、集会場の片付けが済んだことを確認し、最後にガーネットと二人で外に出て鍵を閉める。


 後はこの鍵を役場に返せば全て完了――と思った矢先、新規スタッフの一人である少女が声を掛けてきた。


「申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」


 ――何故かそのとき、俺は騎士達に混じって『魔王城領域』を駆け回っていた頃のことを思い出した。


 この少女の立ち振舞いから受ける印象が、どういうわけか騎士達のそれと似通っているように感じられたのだ。

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