第156話 銀翼騎士団のお家事情
その後、俺は――いや、俺だけでなくホロウボトム支部からスペースを借りる者は全員、前準備のために忙殺されることとなった。
書類上の手続きはもちろんのこと、店舗開設に向けた様々な準備を済ませる必要があるからだ。
例えば、店舗となるスペースの内装を整えたり、陳列棚や保管庫を運び込んだり、手間暇の掛かる作業が目白押しだ。
準備が必要なのは店舗だけではない。
そこで扱う商品を用意する手間も膨大である。
特に、俺の場合はこちらの方が大問題だ。
支店をオープンした時点で充分な数の商品を提供できるよう、ギルド経由で調達した廃武具を、大量に【修復】しなければならなかった。
もちろんノワールやエリカ、アレクシアにも追加の仕事を頼まなければならなかったが、増えた仕事の量だけでいえば間違いなく俺が一番多い。
数日に渡って空き時間を費やし、着実に作業を進め、やがて余計な考えが全く頭を過ぎらなくなった頃になって――
「終わっ……たぁ……!」
最後の一振りの【修復】を終え、リビングの床に仰向けに横たわる。
リビングには武器や防具を詰め込んだ木箱が積み上げられ、本来の生活スペースが半分も残っていなかった。
外はすっかり暗くなり、夜に鳴く鳥の声が家の外から聞こえてきている。
「お疲れさん。こういうのは手伝えなくて悪ぃな」
「他の仕事は押し付けてたんだから、お互い様だろ」
ガーネットは床に横たわった俺の頭の側に立ち、前屈みになって顔を覗き込んできた。
ここ最近の忙しさにかまけて、ガーネットとは仕事に絡まない話をする機会がなかった。
果たしてそれは良かったのか悪かったのか。
答えの出ない諸々の悩みを思い出さずに済んだのは良かったかもしれないが、こうして改めてガーネットと顔を合わせていると、仕事の話しかできなかった期間を勿体なく感じてしまう。
「で、どうする? だいぶ遅ぇけど飯でも食いに行くか? 酒場ならまだ開いてんだろ」
「……そうだな。ついでに風呂も済ませておくか」
おもむろに立ち上がって外出の準備に取り掛かる。
その間にも、道中でガーネットと何を話すかを考え続ける。
銀翼騎士団前団長、ガーネットの父親のことを聞いてみるか。
護衛任務がいつまで続くのかを尋ねるか。
あるいは、以前シルヴィア達と交わしていた『恋愛相談』に関する話を――いや、これは駄目だ。候補から外そう。
結局、話題を一つに絞れたのは、家に鍵をかけて町の方へ向かおうとする直前だった。
「サンダイアル商会のドロテアさんから聞いたんだが、お前の父親って、何ていうか……あんまり評判よくないのか?」
「シルヴィアの祖母さんか。そうだな、父上は古い人だから、ああいうタイプからはよく思われねぇだろうな」
失礼な聞き方になってしまったかと思ったが、意外にもガーネットは平然とそれを肯定した。
「そういや、オレの家族構成とか教えたことってあったか?」
「前団長が父親で、カーマイン団長が兄だってことくらいかな」
「んじゃ、全然だな」
ガーネットは本当にただの雑談をするのと同じ口振りで、自分の家族について大雑把に語り始めた。
――曰く、ガーネットは五人兄弟の末妹なのだそうだ。
厳密には三人の兄と姉が前妻の子で、ガーネットだけが再婚相手の子供らしい。
この辺りの事情だけは前にも聞いたことがある。
長男は父親の生き写しと言われるくらいの強硬派で、長女と次男は強硬な父と兄に賛同する立場だった。
俺がよく知ってるカーマイン団長は、三男という微妙な立ち位置のため比較的自由に育てられ、奔放な放蕩息子として半ば見捨てられた立場だったらしい。
カーマイン団長の性格があんな風なのも納得の経歴である。
しかし、戦乱の最中に後継者だった長男が戦死。
次男もまた病だか呪いだかに倒れて――ガーネットは事情をよく知らないそうだ――家督を継ぐことができなくなり、各地を放浪していたカーマインが連れ戻されたのだそうだ。
その後まもなく、アルフレッド大王率いる軍勢によって敗北。
降伏条件として頭領の交代が命じられ、軍団は銀翼騎士団という形で再編成されて今に至るという。
「……それでも前団長はかなりの影響力を保っている……とかいう話だったかな」
「兄上も頑張ってるんだが、現状ほぼ互角ってところだ。現場の騎士は兄上が押さえてあるけど、一族だとか『家』の話になるとまだ父上が優勢って具合だな」
騎士の一族の事情なんてものには縁遠い人生を送ってきたが、聞いているだけでも気苦労の多さを想像せずにはいられない。
ガーネットも心境は同じらしく、さっきからずっと苦笑を浮かべたまま喋っている。
それにしても、気付けば随分と踏み込んだ話をしていた。
グリーンホロウの町中までもう少し。
酒場に着くまでに、まだ一つか二つの話題なら持ち出せるだろうか。
「ところで……お前は護衛任務でここに派遣されたんだよな。魔王戦争も終わったけど、まだ任務は続行してるのか? もしかして、終わる予定があったりとかは……」
平静を取り繕ってはみたものの、心臓が痛いくらいに高鳴っているのが分かった。
もしも、任務終了が予定されていると返されたら。
そのときはどんな反応をすればいいのだろう。
「さぁ?」
ところが、ガーネットの返答はあっけらかんとしたものだった。
「……は? いや、さぁ、って何だよ!」
「しょうがねぇだろ。いつ終わるかなんて、オレにも分かんねぇんだから」
「自分の任務なのにか?」
「そもそもオレに下された指示は『解除命令があるまで、白狼の森のルークを護衛せよ』だからな」
ガーネットは大股で俺の前に回り込み、白く細い指先で胸のあたりを軽く小突いてきた。
「騎士団長も副長も揃って何も言ってこねぇんだから、現状維持が銀翼の方針だと受け取っていい。小難しく考える必要なんかねぇんだよ」
「それってつまり……護衛の期限が最初から設定されてなかったってことか?」
「簡単に言えばそうだな。納得したか?」
納得も何も、完全に腑に落ちた。
何ということはない。思い悩む前に詳細な条件を再確認すれば、一発で解決していた問題だったのだ。
「ひょっとしてお前……オレがいなくなると思って、年甲斐もなく不安になってたりしたのか?」
ガーネットはニヤッと笑いながら俺の顔を覗き込んできた。
からかい目的の発言だったのだろうが、胸の中があまりにもすっきりしていたので、思わず何一つ取り繕わない返答をしてしまう。
「ああ、本当に安心したよ。お前がいきなりいなくなったらどうしようって、割と本気で悩んでたからな」
「……っ! お、お前な! そこはもっとこう……!」
ガーネットは急に慌てふためき、俺に背を向けて何歩か駆け出した。
そして呼吸を整えるように肩を一回上下させ、普段と同じ声色で肩を竦めた。
「オレが撤収するかどうかは、兄上と……後は父上次第だ。それまではきっちり守ってやるよ。まぁ、もしもお前が銀翼の騎士として叙勲を……」
そこまで言ったところで、ガーネットは言葉を切って首を横に振った。
「……いや、この話は今はやめとこう。とりあえず、さっさと飯でも食いに行こうぜ!」
ガーネットは振り返りざまに輝くような笑顔をみせた。
まるで、その輝きで別の感情を覆い隠そうとするかのように。




