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第155話 ホワイトウルフとサンダイアル

 その日の夜、俺は予定通り春の若葉亭に足を運び、シルヴィアの祖母であるドロテアと会うことにした。


 面会場所は一階の奥にある応接室。

 以前にも、冒険者時代の知人と対面するときに使ったことがある部屋だ。


 さすがに護衛が必要な状況ではないので、ガーネットには他の連中と一緒に時間を潰してもらい、ドロテアとは一対一で面会することになった。


「事情は孫娘(シルヴィア)から聞いたよ。あの子の命の恩人で、グリーンホロウの恩人でもあるそうじゃないか」

「大袈裟ですよ。俺は自分のためになることをしただけですから」


 俺がそう答えると、ドロテアはからからと笑った。


「重要なのは動機じゃなくて結果なのさ。善意だろうと自己保身だろうと、結果が同じなら見返りも同じだけ得るべきだ。少なくともあたしはそう考えて、この歳まで商売をやってきたよ」


――大事なのは『何故やったのか』じゃなくて『何をやったのか』なんだって、おばあちゃんも言ってました――


 俺が命からがら迷宮を脱出し、初めてグリーンホロウ・タウンで目を覚ましたその直後に、シルヴィアとの会話の中で聞いた言葉だ。


 この人物は間違いなくシルヴィアの祖母なのだと、改めて実感させられる。


「可愛い孫と第二の故郷。両方の恩人に礼の一つもしないとなったら、それこそ面子が立たないってもんさ。だがねぇ……お互いに商売人なんだからそれらしい礼をと思ったけど、あたしらが首を突っ込む隙はなさそうでね」


 ドロテアは手元に置いてあった資料をめくり、面白いものを眺めるような眼差しで楽しげに読み上げた。


「おたくの品揃えは調べさせてもらったよ。ミスリル合金製の武具に竜革の防具。魔道具に魔法薬に機巧道具。これだけの商品をたった数ヶ月で揃えるなんて、本当に大したもんだ」

「縁と幸運に恵まれたからですよ。俺が自力で何とかできるのはミスリルだけですし」

「ミスリル『だけ』ときたか。だいぶ感覚が麻痺してるみたいだねぇ。その『だけ』を手に入れるために、何百何千の商人が必死こいてるってのにさ」


 愉快そうに笑うドロテア。

 感覚が麻痺しているというのは否定できなかったので、反論はせずに押し黙る。


 当たり前のように取り扱い続けてきたからか、あれが超一級の希少金属であることを忘れそうになっている自覚は少なからずあった。


「まぁ、それはともかく。大事なのはまさしく縁と幸運さ。生き残れるのは一人で何でもやろうとする奴じゃない。必要なモノや人間を引っ張ってこれる『繋がり』を持つ奴だからね」

「……確かにそうかもしれませんね。何でもできるせいで逆に自滅した奴もいましたから」


 もちろん、頭に思い浮かべたのはファルコンのことだ。


 あいつは自分のスキルの多彩さと強力さを過信し、魔王軍の偵察という役目を勝手に魔王討伐へと切り替えて、俺を切り捨てた末に敗北して囚われた。


 しかし全てが終わった今となっては、あの一件があってこそ今の自分があると思えるから不思議なものだ。


「余計なお世話かもしれないけど、必要なものがあるなら言っておくれ。商売が成り立つ程度の割引価格で調達するからね。もちろん買い手の紹介希望でも構わないよ」

「そうですね……」


 日中にガーネットが言っていたとおり、大手商会とのコネクションは築いておいて損はない。


 問題は何を頼むのかという点である。


「……今のところ、武器防具については特に困っていることはありません」

「そうだろうね。安価な武器防具は冒険者ギルドの下取り品を【修復】して、高級品はトライブルックの鍛冶屋組合と貴族のビューフォート家からの買い付けときた」


 大事なのは縁と幸運とは、まさにこのことなのだろう。


 高品質な武器の仕入先であるトライブルックの鍛冶屋組合は、冒険者としての同期であるトラヴィスからの紹介で得たコネクションだ。


 そして高級な防具とドラゴンの革を仕入れているビューフォート家は、トラヴィスと同じAランク冒険者のセオドアの実家である。


 ドラゴンスレイヤーとして名高いセオドアに、無数のドラゴンが飛び交う『魔王城領域』を紹介したことで、その返礼として取引が許可されたという経緯だった。


 どちらも、冒険者時代に築いた人間関係の賜物なのだ。


「ですから……必要なのは武器と防具以外ですね」


 以前、皆と食事をしながら会議をしたときのことを思い出す。


 皆から『こんな商品を作りたい』という意見を聞き取り、今後の参考にしようとした会議だ。


「魔道具、ポーション、機巧。そういった商品の材料や機材を調達できるなら有り難いです」

「確かにグリーンホロウじゃ調達に限度があるモノばっかりだ。任せておくれ」


 ノワール、エリカ、アレクシア。

 武器と防具以外を製造してくれている彼女達は、支店開設にあたって新製品の開発と販売を望んでいた。


 それはきっと俺を儲けさせたいだなんて理由ではなく、専門スキルを持つ者として、実力を十二分に発揮したいという動機からくる提案なのだろう。


 アレクシアは冒険者の方が副業であり、本業は機巧技師だ。


 エリカは薬師として、将来的に自分の店を持つことを夢見ている。


 ノワールの心境は正直よく分からないが、最近は黒魔法使いとしてよりも、魔道具と薬草の専門家として活動することを楽しんでいるように思える。


 俺はそんな彼女達に支えられている立場である。


 ならばせめて、望む活動のための場所と物資を用意することが、彼女達に報いることになるはずだ。


「それと、できれば従業員を紹介していただけたら助かります。グリーンホロウの好景気の裏返しで、人手の争奪戦がどうしても激しくなりますから」

「もちろんお安い御用さ。支店を開くなら十人前後は必要だろうね」


 ドロテアは手元のメモに重要事項を素早く書き留めている。


 その生き生きとした表情を見る限り、やはり仕事が楽しくてしょうがないのだろう。


「詳細な内容は後で書簡を送っておくれ。すぐに見積もりを返させてもらうよ。ひょっとしたら、こちらからも買い付けの要請が行くかもしれないけど、そのときはよろしく頼むよ」

「はい、お待ちしてます」


 用件が終わったとみて席を立とうとしたところで、ドロテアが何か思い出したように声を上げた。


「おたくのホワイトウルフ商店は、銀翼騎士団といい関係らしいね」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「これは雑談なんだがね。商売柄、あたしらは黄金牙だけじゃなくて銀翼とも長らく取引しているんだが、先代の頭領にゃ気をつけた方がいいよ」


 ドロテアは本当にただの雑談をしているかのような口調で語りながら、ゆっくりと椅子から立ち上がり、腰に手を当てて背筋をほぐすように身を反らした。


「あの男は未だに戦乱の時代の価値観を引きずっている。国王陛下が世代交代を命じたのも納得さ。今の騎士団長は真っ当な男だが、深く付き合うつもりなら頭の片隅にでも置いておきな」

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