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スパー(4)

少し楽しくなってきました。たぶん糸東さんの作品の影響だな。感謝!


息が荒い。僕の息だ。自分で驚いている。

たった1ラウンドのマス・スパー。それでこんなに息が上がるなんて、自分でも意味が分からない。確かにここしばらく練習をサボっていたのは事実だけど。


もう一つ。キョウは1ラウンド終了間際、絶好のチャンスで攻撃を止めた。今にして思えば、シンの腕時計のアラームが鳴ったからなのだけど、僕はその音にまるで気が付かなかった。シンに言葉を掛けられて、初めて3分経ったことに気付いたんだ。

つまり、この1ラウンド終了の瞬間には、僕よりキョウの方が冷静だったということだ。


「さて、どうする?マオイ。まだまだキョウは元気そうだよ。もう1ラウンドくらい行くかい?」


もちろん僕もまだまだ元気さ。1ラウンド目はまるで納得できる内容じゃなかった。汚名返上のチャンスがあるなら、やる。

とっ、キョウが何か呟いた。英語だ。たぶん。

シンが納得したような顔をして、キョウがグローブを外し始めた。英語を理解できたのではないけど、たぶん(ここらで今日は止めよう)という意味のやり取りがあったのだろう。

ちょっと残念な気もするけど、同時に僕は少しほっとしてもいる。もし、もう1ラウンドやったとして、僕がキョウを間違いなく圧倒できると確認が持てるほど、僕はキョウの実力を把握できてはいないのだ。逆に、何だかよく分らない強さを、キョウに感じたほどだ。


「どうだった?マオイ」


シンが僕に問う。どうだったと問われれば・・・どうだったろう?今の僕の思いを率直に言葉にすると・・・


「キョウは強かった。僕が想像してたよりも。それに・・・」


「やり難かっただろう?」


僕が言おうとしたことをシンに先回りされた。そう、そうなんだ。キョウが強かったというよりは、とにかくキョウとのスパーは、やり難かったんだ。それはキョウがお年寄りだからだとか、僕が練習不足だったからとかとは、また別の問題だ。


「うん、すごくやり難かった」


とても素直に、その一言を僕は口にできた。


「なぜやり難かったとマオイは思うんだい?」


なぜやり難かったか、いくつかの理由は僕にも分かる。

まずキョウの構えもリズムも、まるでムエタイとは違った。スパーの最中で、左右をスイッチしたりもした。そのどれもが、これまでムエタイのリングで僕が経験したことがないものだった。そのことを言葉にする。


「なるほど、さすがにマオイは頭がいいね。勘所かんどころを掴んでいる。まずマオイは、キョウの背の低さに戸惑っただろう?」


そう、その通りなんだ。キョウは背が低い上に、さらに重心を落として構える。これには僕も相当に戸惑ってしまった。


「背が低いことは、決してムエタイではメリットではない。それをキョウは経験と工夫とでメリットに変えているのさ」


シンの言う事がよく分らない。背が高い方が有利なのは分かる。当然のことだ。リーチが長いとパンチが遠くから届くし、顎への膝蹴り、テンカオだって出しやすい。でも不利を有利に変えるってどういうことだろう。


「キョウはムエタイの選手ではなく、ニッポンのマーシャルアーツ、カラテの選手だったんだ。キョウのやっていたカラテには体重制限がなかったらしい」


体重制限がないって、そんな事があり得るの?フライ級の選手もミドル級の選手も、同じリングに上がるってこと?


「ああ、あり得るらしい。俺もびっくりしたよ。そのことを聞いた時にはね。それは大変なハンデだったと思うよ。見ての通り、キョウの体は特別に小さいからね。でも逆に言えば・・・」


逆に言えば、何なのだろう?僕には皆目判らない。


「迷う必要がなくなるってことさ。自分より背の高い人間と戦うのと、自分より低い人間と戦うのとでは、自ずと戦い方が変わってくる。只でさえ背の低いキョウが、さらに重心を落として構えれば、自分より低い相手と戦うことを考えずに済むということさ。戦術がシンプルになり、戦いの最中に迷う必要がなくなる」


それは確かにそうだと思う。このスパーの間、キョウの動きに一切の迷いがなかった。それじゃあ左右のスイッチも、そんなキョウの工夫の一つなのだろうか。


「俺達ムエタイの選手が、試合の最中で左右をスイッチすることは、まずない。国際式ボクシングだってそうだ。俺は詳しくないけど、ジュードーってオリンピックの種目にもなっているマーシャルアーツがあるが、それも右組みと左組みがあって、スイッチしたりすることはあまりないようだ」


色んなことをシンは知ってるんだね。シンがここまで博学だったとは知らなかった。それは、僕がシンの事を、深く知ろうとしなかっただけなのかも知れない。


「でも驚くことに、右も左も同じだけ練習するマーシャルアーツが、数は少ないがニッポンには存在するらしい。キョウが言うにはね」


右も左も練習するって、それって自分のスタイルが決まっていないってことだよね。どっち付かずで中途半端になってしまう気がする。どんなマーシャルアーツなの?


「え~~っと、俺もよくは知らない。そうだ、明日そのマーシャルアーツを見に行こう。そうしよう。今日はもう遅いし、晩飯もたらふく食った。今晩はキョウの泊っている部屋でゆっくり休むとしよう」


とても嬉しそうな顔で、ホテルのエントランスの方に、シンは一人で歩き始めた。



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