スパー(3)
久し振りに覗いてみると・・・
『この作品はこの先更新されない可能性が・・・』
勝手に決めるなよって感じで、急遽書きました。
僕がいま感じている事。
キョウの体がとても固いこと。腕でも脚でも、お腹までも、蹴ったこっちが顔をしかめてしまうほどに固い。
キョウの構え方がとても低いこと。ただでも僕より背が低いのに、さらにキョウは腰を落として構える。実際に打ち合ってる時は、顔一個分ほどは、確実に僕より低い。
何度か僕のパンチが、キョウの前頭部に当たって、危うく拳を痛めそうになった。
もう一つ、いま僕が感じていることがある。感じてるんだけど、上手に表現できない。
一言で言えば、やり難いってことになるのだけれど、なぜやり難いのか、それが僕にはよく分からない。
初めは、僕が無意識にお年寄りのキョウに対して遠慮していたことが原因かと思っていた。
でもそんな遠慮は、何発かキョウの重たいパンチやキックを受けたことで、もうどこかにすっ飛んでいる。いま僕は、決してキョウに対して遠慮はしていない。もちろんマス・スパーなので全力という訳ではないけど。
何だろう、このやり難さ。距離感が合わないっていうか掴めない。僕はスパーでも試合でも、まず左のミドルキックを蹴っていくことが多い。信頼している得意技だってのもあるけど、相手との距離を測る物差しのような役目も兼ねている。この左ミドルが躱されるようだと、相手の懐が深いってことになるし、逆に脛の上側が当たるようだと、相手の踏み込みが速いって判断ができる。
今日はどうもこの左ミドルがしっくりとこない。リズムも悪い。たぶんキョウの動きがムエタイっぽくないので、それに僕は少し戸惑っているんだと思う。
キョウの右のジャブが鬱陶しい。リーチは長くない、というよりすごく短いんだけど、予備動作が小さいので読みづらい。認めたくはないけど、何発かはクリーンヒットを貰っている。えっ、右のジャブ?
やっと気付いた。初めはオーソドックスに構えていたキョウが、いつの間にかサウスポーにスイッチしていたんだ。試合の最中で左右をスイッチするなんて、ほとんど聞いたことがない。
そのことに僕が気付かなかった程、そのスイッチはスムーズだったということだ。
さっきから僕のミドルの距離感がしっくりこないのは、これが原因だ。たぶん。
(グウッ)
キョウの小さな左ローが、僕の右脚にヒットした。スピードはないけど、とても重い。そして固い。
ああ、キョウのローは、僕のミドルと同じ特徴があるってシンが言ってた。
うわっ、距離が近い。今度はキョウがオーソドックスに構えている。蹴った左脚をそのまま前に踏み出してきたのか。
この距離は嫌だ。リーチの短いキョウの距離だ。僕は力いっぱい右の膝を、キョウのボディに突き上げた。
「これはマス・スパーだよ。マオイ」
マス・スパーなのに、全力で僕は膝蹴りを出してしまった。キョウに謝ろうと思ったけど、キョウの体はもう僕の目の前だ。謝っているような余裕がない。
ミドルは?距離が近すぎて出せない。ジャブは?ジャブでは、どんどん前に出てくるキョウを止めきれない。右のストレートパンチは?キョウの姿勢が低いので、また前頭部に当たって自分の拳を痛めかねない。
どうする?考えろ、僕。ヒジ!この至近距離で自分よりも体重のあるキョウの前進を止めるには、これしかない。でも、危険な技だ。マス・スパーなので、僕たちはヘッドギアをしていない。当たり所によっては肉が切れる。出すわけにはいかない。ダメだ。攻撃はだせない。ガードするしかない。
キョウの重たい攻撃に備えて、僕は両手で顔面をガードした。まさか自分の方が、こんな格好悪い亀の様な態勢になるなんて、全く予想してなかった。いや、そんなこと気にするな、僕。少しムエタイの練習から遠ざかっていたので、勘が鈍ってるだけさ。
まだまだ序盤戦。立て直して反撃だ。
おやっ、キョウの攻撃が何故だかこない。ガードの隙間からキョウを覗き込むと、両の手を下ろしている。なぜ?そう思いながらも反撃しようとした僕に、シンの声が微かに届いた。
「3分経ったよ。終了だ」
なぜかとても遠くから聞こえた気がした。
ちらりと見たキョウの眼は、とても穏やかで、そして優しそうだった。