25、デュノスとオリブーと中の人
夜、水の流れる音だけが聞こえる中、二人の女性が向かい合って立っていた。
一人はオリブー・ニコム。もう一人はデュノス・カギアである。
しかし二人の姿はいつもと違っていた。
オリブーの中の人は、握場 仁美と名乗った。29歳、OLだそうだ。髪は肩まで伸びており、毛先はウェーブがかかっている、大人の女性だ。
一方デュノスの中の人は、ストレートの黒い髪を腰まで伸ばした、若い女性だった。
「お名前、教えてくれるかな?」
仁美がデュノスの中の人に話しかける。
「は、はい。私は、赤木 撫子と申します」
「撫子ちゃんか。歳はいくつ?」
「じゅ、17歳です」
「女子高生!? うそやだわかーい!」
仁美は撫子の歳を聞いてはしゃぎだす。
撫子は戸惑っていた。確かにオリブーの中の人が女性ではないかと思い、その事を問いかけてみたのだが、まさかお互いが中の人に変化してしまうとまでは思っていなかったのだ。
今のこの姿を、誰かに見られたら……そう思うと、撫子は気が気でなかった。
「あの、どうして、私は変化したのでしょうか? 確か、ユミルと一緒にいる事でしか、変化出来ないはずでは?」
「ああそれ? うーん、なんでだろう? なんとなく、こうすれば変化出来るって思ったのよね」
「な、なんとなく、ですか?」
「そ。なんとなく」
撫子は納得がいかなかった。ユミルが中の人に変わる事も、時間等の条件があると聞いている。それを指を鳴らしただけであっさり変化出来るというのは、どういう事なのか。
「あ! 安心してね。こうして変化させるのは、私と撫子ちゃん、二人っきりの時だけにするから。私も、オリブーの中の人、つまり私の事はあんまり知られたくないしね」
そういってウインクする仁美。しぐさのひとつひとつが大人の女性の色気や可愛さを含んでいる。
目の前の女性がものすごく魅力的に感じる。……男性は、こういう大人の女性が好きなんだろうな。
などと撫子が考えているとも知らず、仁美は話を続けた。
「さてと、こうして女二人が揃ったんだし、ゆっくりお話ししましょうか。ほら、座って座って」
そう言って仁美は座り込む。撫子もその隣に座った。
そしてふと気付く。自分の服装にだ。撫子の服装はセーラー服。撫子が通っていた学校の制服だ。目の前の仁美はスーツ姿。しかしユミル達の中の人はみんなジャージだった。一体どういう基準で変化した時の服装は決まっているのだろうか?
「ん? どうかした?」
「いえ……」
どうして男性陣はジャージなのに私達は違う服装なんでしょうか、なんて聞いてもしょうがない事だと、撫子は服装に関してはこれ以上考えない事にした。
「ねえ撫子ちゃん、あなた最近、色々悩んでるよね? 良かったら、お姉さんに教えてくれる?」
「……」
どうしよう。
撫子はオリブーの中の人が同じ女性だったらとは考えていたが、その先どうするかは考えていかなった。
悩みを話す。話してもいいのだろうか? 目の前の女性を信じていいのだろうか? そんな風に撫子は考えていた。
「大丈夫よ。お姉さん、普段はオリブーだもの。誰にも撫子ちゃんの秘密を話したりしないから」
そう言って仁美は唇に人差し指をあてる。
こういう仕草に男性はドキドキしたりするんだろうなと、撫子は思った。
「そう、ですね。仁美さんになら、お話しできるかもしれません」
撫子は仁美を信じる事にした。この世界で唯一の、同じ転生者で、中の人が女性だからだ。この人を信じられないのであれば、撫子に信じられる同郷の女性はいなくなってしまう。
撫子は、仁美に自身の悩みを話す事にした。
撫子は語り始める。それは「Fine Online」に出会う前。赤木 撫子として生きていた頃の話だ。
「私の家は、比較的厳しい家で、私も厳しく育てられてきました。学校も、女性しかいない所ばかりに入れられて」
「なるほど、撫子ちゃん、お嬢様だったんだ」
「そう、だったんだと思います」
思い返せば、男性と接する機会はほとんどなかった。
「そんなある日、友達に誘われて、オンラインゲーム……「Fine Online」を始めたんです」
「よく家の人が許したわね?」
「色々大変でした。もちろん最初は話も聞いてもらえなくて。でも、どうしてもやってみたかったんです。だから必死に説得して、色々出された条件をクリアして、何とか許してもらえました」
あの時は大変だった。今まで生きてきて、一番頑張ったと思うくらい。
「友達の話を聞いて、私はすごく興奮しました。そのゲームは、外に出なくてもたくさんの人と出会えて、たくさんの冒険が出来て、当時の私にとってはまさに、夢の様な世界だったんです」
「あー、なんかわかるなそういうの。私も初めてオンラインゲームをやった時、そんな気分だったかな」
仁美も同じ気持ちだった。その事に撫子は親近感がわいた。
「それで、私は「Fine Online」を始める事が出来たのですが、すぐに困った事が起きてしまって」
「困った事って?」
「キャラクターメイキングです。一体どんなキャラクターを作ればいいのかと。自分に似たキャラクターを作ればいいのか、それともまったく違うキャラクターを作ればいいのかって」
「そうよねー。私も初めての時は、色々迷ったわ」
「仁美さんは、どうして今の様な、オリブーというキャラクターにしたのですか?」
他の人がどういう思いでそのキャラクターを作ったのか。撫子はこれまでにも気になった事があったが、こうして聞くのは初めてだった。
「そうね……私はね、「Fine Online」を始める前にも、いくつかオンラインゲームをプレイした事があってね。最初は自分と同じ、女性キャラクターを作ったんだけど、そうすると出会い目的の男がうざくてねー」
「出会い目的、ですか?」
「そう。オンラインで出会って、現実でも会いましょうってやつ。そういう本来のゲームを楽しむって事を忘れて、ただ現実での出会いを求めてオンラインゲームをする人達もいるのよ」
撫子は驚いた。みんなゲームで冒険を楽しんでいると思っていたからだ。そういう人には出会わなかった。
「それで、そういうのに嫌気がさしたから、それ以降は全て男性キャラクターを作る様にしてたの。それも、絡みづらいキャラクターをね」
なるほど、そうしてあのオリブーというキャラクターが生まれたのか。
撫子は仁美の考えを聞いて、これが経験豊富な大人の女性かと感心していた。
「それで? 撫子ちゃんはどうしてあの、デュノスみたいなキャラクターを作る事にしたの?」
「えっと、色々考えた結果、どうせなら自分とはまったく別のキャラクターがいいなと思いまして。その、私は自分の事があまり好きではなかったので、どうせなら性別も変えて、性格も変えてしまおうと」
「……撫子ちゃん、自分があんまり好きじゃないんだ?」
「……はい、親に言われるがままに生きてきて、これからもそうなのかなって思うと。でも、ここまで育ててくれたのは親で、私はただただ我侭なんだなって思うと、なんだかそんな自分が好きになれなくて」
仁美さんは私の話を聞いて、目を閉じる。
「そっか、お嬢様も色々大変なんだねー」
そう言って、仁美さんは私の頭を撫でてきた。……なんだか恥ずかしい、けど、安心する。
「それで? 男性にした理由はわかったけど、どうしてあんな筋肉マッチョにしたの?」
「え? かっこいいから、ですけど?」
「……お、おう」
撫子ちゃんは筋肉マッチョ好きだったかーと、撫子に聞こえない様に仁美は呟いた。
「それでその、ゲームを始めて、ゲームの中でユミルと出会って、一緒に冒険して。仲間も増えていって、すごく楽しかったんです」
撫子はこれまでの事を思い返す。初めてのゲーム、初めての冒険、初めての仲間。どれも新鮮で、大切な思い出だった。
「でも……」
「でも?」
「この世界にきて、思ったんです。デュノスの中の人、私の事を知ったら、みんなはどう思うのかなって。みんな私の事、嫌いになるんじゃないかなって」
「どうして、そう思うの?」
「だって、本当の私は強くもなければ、頼りにもならなくて、自分に自信がなくて、そんな私の事を知ったら、みんな……がっかりして、離れていくんじゃないかって」
それは本当に怖かった。特にデュノスを頼りにしてくれている、ユミルに……もし、軽蔑されてしまったら……そう考えるだけで、眠れない日もあった。
「なるほどね。それがここ最近の悩みや態度に繋がっているわけだ?」
「……実は、先日の四天王との戦いの中で、ついうっかり、その、デュノスの口調ではなく、私の、本来の口調で叫んでしまった事があって……」
「撫子ちゃんの口調で?」
「はい」
「ちょっと聞きたかったなそれ。で? それでデュノスの中の人が女性だってバレてしまったかもしれないと?」
「そうなんです。みなさんその事について触れてこないんですけど。多分、以前私が中の人の事について詮索しないでほしいってお願いしたからかなって。でも、実際どう思っているんだろうって」
「うーん」
仁美は悩む。どこまでバレているかはわからないが、確実に疑問は持たれてしまっただろう。
仁美は言葉を選ぶ。この純粋な少女に、どう伝えるべきかと。
「……ねえ撫子ちゃん。ユミルの中の人が男性だってわかった時、どう思った?」
「え?」
突然なにを言い出すのかと思ったが、撫子は言われた事を考える。
「……初めて知った時は、驚きました。ユミルは私と同じ、筋肉好きの女の子だと思っていたので」
「い、いやぁ。それはなかなか……そういう女性は少ないんじゃいかなー?」
「でも! あのデュノスと一緒に組んでくれたんですよ? それにデュノスの事、信頼してくれているのがわかりましたし。てっきりユミルは筋肉好きなんだと」
やけに筋肉好きにこだわるなと思ったが、仁美は触れない事にした。
「そ、そうね。まあそれはいいとして、どう? ユミルの中の人の事を知った時、がっかりした?」
「がっかり……ですか? いえ、それは、無いです。なんて言ったらいいのかわかりませんけど。とにかく驚いたというか」
「じゃあ、それでユミルの事、嫌いになった? 可愛い女の子じゃなくて男だったんだし」
「そ、そんな事はありません! 嫌いになるだなんてそんな、ユミルはユミルですし、中の人は中の人です! 大切な仲間だと、思っています」
「……そう。なんだ、ちゃんとわかってるじゃない」
「え?」
わかってる? 何の事だろう? 撫子にはわからなかった。
「撫子ちゃん、今撫子ちゃんが言った事、それはきっと、ユミルも同じ様に思うはずよ」
「ユミルも、同じ?」
「そう。確かに世の中には、中の人の事を知って態度を変える人もいるわ。でもね、あなた達はそうじゃないと思う。撫子ちゃんは今言ったわよね? ユミルも中の人も、大切な仲間だって」
「……はい」
「なら、相手もそう思うよ、きっと」
「そう、でしょうか?」
「まあ、中身が女性だと知った瞬間、態度を変える男が多いのも確かだけどね」
「や、やっぱりそうなんでしょうか? 女がゲームしやがってとか、女は役立たずだとか、仲間はずれにされたり……」
「違う違う。そうじゃなくて、逆よ、逆。むしろ必死に構ってくる様になるわ。いわゆる、お姫様扱いね」
「お、お姫様、ですか?」
「男はね、どんな状況でも女を求める悲しい生き物なのよ。ほら、ロミリアちゃん達もそうでしょう? 毎日必死にユミルの事を求めてるし」
「あれは……確かに、そう、なんでしょうか?」
「あれは本気よ? 本気でユミルに惚れているわ。中身が男だと知っても、それすら愛してみせるとか意気込んでいたしね」
そう言って、仁美は遠い目をする。
「え? でもロミリア達の中の人って、男の人、ですよね? 男の人同士なのに、その、愛を?」
「私もまさかと耳を疑ったんだけどね。この間、聞いちゃったのよ。コテージの中で、ロミリアとランランとクリーナが意気込んで、ユミルの中の人を攻略する作戦を立てていたのを」
「えええ?」
「さすがの私も、男が男を攻略しようとするのは、初めて見たわ」
正直ドン引きした。が、なんとなく普段のロミリア達の行動を見ていると、それも仕方ないのかと思えた。
「きっとね、彼女……彼らは理解したのよ。ユミルを愛するという事は、ユミルの中の人の事は切り離せない事だって」
そう言って、仁美は語る。
「ゲームの中、なら良かったんでしょうね。憧れで良かった。現実じゃなかったから。多分私達の世界で中の人に実際に会ったら、あくまでユミルが好き、であきらめたんじゃないかと思うわ。でも……」
「でも?」
「でも、この世界で、ユミルは現実となって目の前に現れた。そうしたらもう、止まらなくなってしまったんでしょうね。だから彼らは、ユミルの中の人を、たとえ男同士だとしても、愛してみせるって、決意したんだと思うわ」
「そ、そうなんですか」
とはいえ、気持ちはわかるがそれ以上は近寄らない様にした。男同士の愛に巻き込まれたくは無い。このままオリブーとして生暖かく行方を見守ろうと、仁美は思っていた。しかし……
「?」
目の前のこの少女は別だ。この少女は聞けば聞くほど純粋培養の乙女で、色んな事に無防備で、無知だった。にもかかわらず、少女は誰にも自分の事を打ち明ける事が出来ず、悩んでいた。
仁美は遠く過ぎ去った自分の青春時代を思い出し、せめて自分だけでも、この少女の味方になってあげよう。相談相手になってあげようと思った。もしかしたらそれが、自分がこの世界に呼ばれた理由なんじゃないかとも思えてきた。
「ユミルは……あの中の誰かと、その、お付き合いをするのでしょうか?」
なんて決意してたら、少女がとんでもない事を言い出した。
「いやあのその、えっと、なに? そのね、うーん。えっとね、ユミルの中の人は多分、ノーマルだと思うから、どうかしらねー?」
撫子が突然とんでもない事を言い出したせいで、さすがの仁美も言葉が思い浮かばない。
「そ、そうね。まあ、ロミリア達は中の人に変化さえしなければ、美少女なんだし、コロっと落ちちゃう可能性はあるわね」
「あ……そう、ですよね」
撫子のテンションが下がる。
おや? これって、もしかして……?
「撫子ちゃんはさ」
「はい」
「ユミルの事、好き?」
「え? その、嫌いじゃない、ですけど」
ユミルの事は、仲間としては信頼している。世界で一番の相棒だと言ってもいい。
だがそれは、あくまで仲間として好きという事だ。
仁美だってそれはわかっているはずだ。 ではなぜ今この質問をしたのか?
ロミリア達の好きと、自分が思う好き。多分、この違いを言いたいのではないだろうか?
「その、仁美さんが聞きたいのは、私が、ユミルの事、女性として、好きかって事ですか?」
「うーんそうね、女性としてのユミルをどう思っているか。あと、中の人事をどう思うかってところかしら?」
女性としてのユミル。これは間違いなく好きだ。でもそれはやっぱり、仲間として、相棒としての好きだ。
ではユミルの中の人は?
「正直わかりません。ユミルの中の人には、まだ一度しか会った事がないし。あまり話も出来なかったから。でも……ユミルと話すのと同じ様に、とても話しやすかった気がします」
ユミルと中の人、あまり性格に変わりは無かった様に思えた。ユミルが男性だったら……
「私は……好き、なんでしょうか?」
「それをお姉さんに聞かれてもわからないけど、少なくとも、嫌いじゃないって事よね?」
「はい、嫌では、なかったです」
「よし! それじゃあ今日はこれまでにしましょうか」
「え?」
唐突に仁美が終わりを告げる。これ以上はこの少女にはまだ早い。
「撫子ちゃんも色々わかったんじゃない? 中の人の事が知られたからって、嫌われたりはしないって。あなた達は仲間だもん、これまでに出来た強い絆がある。それは中の人がどうであれ、間単に揺らぐものじゃないでしょう?」
「あ……」
そうだ、仁美の言う通りだった。自分達の絆は、簡単に揺らぐものではない。そう信じられる。
「で、でも! そう思っているのは私だけかもしれないし」
「そんな事は無いと思うよ? もっと仲間を、ユミルを信じてもいいと思うな」
「ユミルを、信じる……」
「そう。撫子ちゃんの信じるユミルは、中の人の事を知ったら、仲間はずれにしたり、嫌いになったりする人かな?」
「……いえ、違いますね。ユミルなら、人それぞれ事情はあるとか言って、気にしないか、相手の良い所を探そうとするんじゃないかと思います」
その答えを聞いて、仁美がニッコリと笑う。
「それが答えよ。もちろん、いきなりすぐに「私の中の人は女です!」って宣言する必要はないけど、いつかは話してもいいと思うよ? 撫子ちゃんのタイミングで」
「私の、タイミングで……」
「それまではさ、お姉さんがこうして、話を聞いてあげるから」
「仁美さん、ありがとうございます」
仁美には感謝しきれない。ずっと悩んでいた。ここ最近は本当に気が重くなっていた。
だが、今はもう、気持ちが軽くなっている。これほどまでに自分の事を気遣ってくれた人は、初めてだった。
……いや、二人目か。一人目は……自分の最高の相棒だ。
「お姉さんも若い子とお話しが出来て、楽しかったわ。さて、それじゃあ元に戻りましょうか」
そう言うと、仁美は再び指を鳴らした。
一瞬にして二人は、デュノスとオリブーに戻る。
「サーテ、ソレデハモウ寝マショーカー。アンマリ遅イト、ポルンアタリニ勘グラレマスカラネー」
「……オリブー」
「ハイナンデスカ?」
「……これからも、よろしく頼む」
「……ハイ」
そうして、デュノスとオリブーはコテージに戻っていった。
二人の女子会は、誰にも知られる事なく、幕を閉じた。
翌日、俺達はナガレール村に着いた。
ここ最近何か悩んでいる様子だったデュノスも、今日はなんだか機嫌がいい。
これは幸先良さそうだと思っていたのだが、村では残念な話が待っていた。
「実は最近、国が四天王のひとりに支配された影響か、北の方に盗賊が住み着きまして」
村長が言う。また盗賊か。
「わかりましたわ。私達に任せてください」
キミッチが依頼を受ける。だが……
「えー、私、盗賊退治はもう飽きたし、今は先を急がない?」
そう言った俺は、キミッチにメッチャ怒られた。
こうして俺達は、炎の大陸に続き、水の大陸でも盗賊退治に向かう事になった。




