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彼女はダメ元で良いや、と投げやりな告白なんていらないのだろう

夕暮れ時の教室で、窓の外を眺める旭の隣に立つ。

オレンジ色の日差しを浴びた旭は、どこか憂い帯びた瞳を気だるく瞬いた。


「また呼び出されたんだね」

「あー、璃音は見てくれだけは良いもんなぁ」


やる気のなさそうな返事に、苦笑を零す。2階から裏庭を眺めたところで、声が聞こえるわけでもないのに、気になって覗き込んでしまう男心。

ブレザーを着崩して着ている旭とは裏腹に、璃音は校則通りキッチリと着こなしていた。それなのに、野暮ったく見えないのだから羨ましい。少女の細く白い脚は、青少年には刺激が強いので、膝丈のスカートで良いのかもしれない。


「見てくれだけって、璃音は優しいよ」


少なくとも、大地が見る限り、誰かに意地悪をしたところを見たことはない。与えられた権力に思い上がったりせず、一般人にも普通に接するのは珍しい部類だ。それは旭も同じ事だが。


「お前はあいつに毒されているから、わかんねーよ」

「え、そうかな?」

「前に璃音が言ってたんだけど、『ダメ元で告白する奴は、自己満足だ』って」

「自己満足…それはキツイね」


目を細めた旭は、どこかの場面を思い出しているらしい。

口をへの字に歪めるその姿は、幼い子供のようだ。


「告白って、勇気がいるだろ?震えながら、言ってくれてるのは素直に嬉しいじゃん。喜べば良いじゃん」

「そうだね」


残念ながら、したこともされたこともないので、想像でしかわからないが、きっと胸が酷く痛くなるんだろうな。大地が同意を示すと、満足そうにうなずく。

二人分の伸びた影が、気が付けば一人分になっていた。


「そういうところが訳わかんねーんだよ、あいつは」


そう言いながらも、隠しきれない喜色が含まれた台詞に、旭が可愛く思える。弟がいたらこんな感じなのかな(同い年の彼には失礼な話だが)、と思いながら二人で窓の外を見下ろしていた。残された影が此方を振り向き、手を振る。逆光で顔が良く見えなかったが、返事の代わりに大地も手を振った。


「でもさ、璃音も辛かったんじゃない?」

「なんで?」

「気持ちに応えられないなら、告白されたって困るんじゃないかな」


受け止めきれない想いは負担になるんじゃないか。

おこがましいけど、そう思う。

言った方は結果がどうであれ、鬱蒼した想いを吐き出して、少しは気分が軽くなるだろう。

背負わされた方のことは考えてくれるだろうか?


「ふーん、そんなものかねぇ」

「多分。それかダメ元じゃなくて、もっと外堀を埋めてから告白しなさいってことじゃない?」

「あー、そういうことね」


納得したように頷く旭の素直さに、苦笑しながら、ふと真顔になる。

あぁ、だからあんなことを言ってたのか。

つい先日のことを思い出す。
















聞きたくて、でも躊躇って、それでも聞きたかった疑問を投げかける。

そのせいで後悔しても、良かった。


「旭とは付き合わないの?」


放課後、旭の用事を二人で待ちながら、談笑していた。

平然を装ったが、もしかしたら声が震えていたかもしれない。

胸の鼓動の高鳴りが聞こえてしまわないか、心配だった。

二人と仲良くなってから、もう2年近くも一緒にいる。もうすぐ受験があり、その後は卒業だ。

呼び出された旭を璃音と共に教室で待つ、短いようで長い時間は、きっと告白した少女の勇気に、立ち去るタイミングを逃した旭の姿が浮かぶ。

成長期を迎えた彼は180cm近くまで身長が伸び、其れに伴って声も低くなった。何より、目に見えて騒ぎを起こさなくなった、相変わらず口は悪いが。そして、璃音を見る目つきがより一層真摯なものに見えた。


「んー、タイプじゃないのよね」

「え?」


真剣に、でもそう聞こえないように言った大地の言葉。返ってきたのは、軽い内容、思わず聞き返していた。璃音は、愛らしく首を傾げて、苦笑を零す。


「多分、付き合っても別れると思うよ」

「何で?」

「価値観の相違って奴かなぁ。金銭感覚も違うかも」


一般人の大地だったら、其れもそうだろう。でも、旭と璃音がそうだとは思えない。

第一、あんなにわかりやすく慕っている旭が簡単に手放す筈もないのに。


「私ね、夢があるの。お婆ちゃんになったらね、縁側でお茶を飲みながら、孫の世話をしたり、犬の散歩をしたり、のんびり過ごしたいの」


良くある、田舎の風景が脳裏に思い浮かぶ、田んぼの道を柴犬の散歩で歩く老婆の姿。

平凡な夢の先にある、幸せのカタチだ。

彼女が良家の娘でなければ。


「本当は嫌なの。お嬢様でいたくないの。私は、私の力で働きたい。自分で働いたお金で、細やかな贅沢をするだけで幸せなんだと思う。自分で子供の面倒を見て、甘い卵焼きを作ってあげたいの」


泣いているんだろうか、震える小さな肩。気になったが、さすがに顔を覗き込む真似は出来ない。


「素敵な、夢だね」

「でしょ?大地ならわかってくれると思ったんだぁ」


両手を上げて、伸びのポーズをした彼女は泣いていなかった。夕日に反射して、瞳が輝いて見える。

自信に満ちた眼差しは、王子様の登場を待つだけでは物足りない、自立した女性の其れだ。どうして。若い少女が持つには早すぎる其れに、疑問が浮かんだが、彼女らしいと言えばらしい。


「だからね、もし付き合うなら一緒に駆け落ちしてくれる、甲斐性がある人が良いかな」


目を合わせて、綺麗に笑った少女は美しかった。















受験は難しいが、一度入ってしまえばエスカレーター式に大学まで進学できる私立鳳凰学園高等部、名家ばかりの生徒の中で誰もが大学を卒業する。だから皆、あえて進路をどうするか聞くことはしない。

実際、誰にも告げず受けた公務員試験に合格し、高卒で働き始めた璃音の行動力に、脱帽した。

最後まで両親や旭は反対したらしいが、1Kのアパートに一人暮らしまで始めて、楽しそうに毎日を過ごす姿に、なし崩しに家族の許しが出たらしい。いや、許可させたのかな?

大学進学をした旭との関係は相変わらずだが、たまに璃音を含めて三人で遊んだり、出掛けたりする。同い年だと言うのに、社会人と学生の意識の違い、ふとした時の気遣いに分け隔てを感じるのは何故なんだろう。元々、聡明な璃音に対して大人びた印象だったが、より一層其れが大きくなっていく。

大学は勉強にしに行くところで、したい勉強がなかったから、と朗らかに笑う彼女の決断を、羨ましく思う。けれど、逆に彼女は大学に行っている二人を見て、良いなぁと呟くこともあった。隣の芝生は青く見えると言うことか。

大学は四年通い、留年すること無く無事に卒業が出来た。旭は四年にもなると、家の仕事を手伝いがてらそのまま自社に就職したらしい。不況の世でも鳳凰の名は有効らしく、大地も意外とあっさり就職まで決まってしまった。1級建築士の国家試験を受けるためには、経験が必要で、働きながら勉強をしなくてはいけない身にちょっと溜息もつきたいところだったが、将来住む家を自分で設計する、その夢の為には仕方の無いことだ。璃音に誘われ就職祝いに行ったレストランで、いつか一緒に犬を飼わないかと言ったのは、また別の話。


ご愛読、ありがとうございました。

本当は短編で投稿するつもりだったんですが・・・・・・(遠い目

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