最終話 恋のシグナル
綾瀬七子は十年前、宇宙人と出会ったことがある。
頭についた触覚。尖った耳。真っ黒な瞳。
何一つとして忘れたことはない。彼女はずっと待ち続けている。
風間宙太に預けた恋心を返してもらうために……。
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ホテルにて、ある高校の同窓会が行われていた。久しぶりに会う元同級生と、思い出話に花を咲かせる。
あの時よりも大人びた七子は、黒を基調としたドレスを纏い、壁の花となっていた。
「もしかして綾瀬さん?」
聞き覚えのない声に、視線だけを向ける。
「やっぱり綾瀬さんだ。僕のこと覚えている?」
さりげなく隣に立ってきた男に、七子は眉間に皺を寄せ、少し距離を取った。
「……ごめんなさい。覚えてないわ」
「あはは、だよね。だって二年生の二学期以降、誰とも関わろうとしなかったからさ」
それでも諦める気がないようで、男は話を続ける。
「ニュースで知ったよ。綾瀬さん宇宙飛行士になったんでしょ? すごいなー。同級生として誇らしいよ」
「それはありがとう。それで友達と話さなくていいのかしら。私より話が合うでしょう」
「つれないなぁ。ねぇ、いいバー知っているから一緒に行かない?」
男は七子の腰に、手を伸ばそうとした。しかし避けられたことで、空振りをする。
「いい誘いかもしれないけど、お断りさせてもらうわね。私、銀河の果てにいる人が好きなの」
七子は微笑みだけを送る。男が言葉を失っている隙に、七子は会場を後にした。
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久しぶりの裏山は、とても静かで心地いい夜風が吹いている。
七子は左薬指につけた指輪を撫で、寂しげに呟く。
「……私、もう二十七歳よ。いつまで待たせる気なの」
それでも返事はない。十年間、返事が返ってきたことは、一度もなかった。
きゅっと唇を噛み締めた後、夜空に両手をあげる。そして指先同士を合わせると、三角を作った。
そして声を張り上げ、シグナルを飛ばす。
「ベントラ・ベントラ、スペース・ピープル。こちら地球の綾瀬七子。近所の裏山にいます。そろそろ私の恋心返しに来なさいよ! 風間宙太っ!」
――ガサガサガサッ! ……ドサッ!
「えっ?」
「いってー! また着地失敗したとか、あり得ないだろ!」
忘れもしなかった懐かしい声。
七子はドレスが汚れることも気にせず、駆け寄っていく。
そこにいたのは、十年前から変わらない宙太の姿だった。
立ち尽くす七子に対して、宙太は困ったように笑いかける。
「ただいま。えっと、間に合った……? あの、七子。なんで黙ったままなんだ?」
無言で近づく七子に、だんだんと宙太は焦っていく。
「えっと、その、確かに待たせすぎたかもしれないが、俺なりに頑張ったというか。あのーそのー、七子さん! 真顔で近づくのは何故かな! 本当に針千本飲ませる気とかじゃないよね!」
冷や汗が流れる宙太を、七子は強く抱きしめた。
「よかった……。本当に、帰ってきてくれたんだ」
宙太は静かに抱きしめ返し、震える背中を撫でる。
「……約束したから。ちゃんと帰るって」
「おっそいのよ! 後三年遅かったら、針どころか釘を飲ませるところだったわ! 他の男からの誘いを断るのも、めんどくさいのに!」
「えっ! 他の男からの誘いって、ま、まさか、俺以外にデートとかしたの?」
恐る恐る尋ねる宙太がおかしくて、七子は少女のように可愛らしい笑い声を漏らす。
「あら、私の恋心を盗んだのはどこの誰だったのかしら? そのせいで地球の男に興味すら湧かなかったわ」
その言葉に、宙太は安堵するようにため息を吐く。
「よかったー……。それを聞いて安心したよ」
七子は思い出したような顔で、宙太の胸ぐらを掴む。
「あぁ、そういえば指輪のお返ししていなかったわね」
「えっ、お返し?」
返事など聞いてないとばかりに、勢いよく引き寄せると、触れ合う唇。
宙太の大きく見開いた目を見て、七子は満足そうに目を細める。
ゆっくりと離れる唇。余熱が本当に帰ってきたことを実感させてくれた。
そして宙太へ伝え忘れた言葉を口にする。
「これからもずっと愛し続けるから、二度と離れないでよね」
「……もちろん。もういなくならない。ずっと七子だけを愛している」
二人が笑い合う声。
共鳴するように指輪に秘めた小さな宇宙は、眩いほど輝いていた。




