シュガーポットの奥の奥
「こんなオシャレなカフェが近場にあったとは」
慧は感心しながらクリームソーダを吸い上げる。最近顔を出さない二人を追跡すると立ち上がった昭穂に同意してきてみたはいいものの席は離れており、窓からの逆光も相まってあえなくその目論見は潰えてしまった。
「図書委員はどうしてあのノートが必要なんですかね」
「あいつらがあのノートをほしがっているんじゃなくて、中継したのになくしたのがサービスの信用失墜に繋がるからだろ。でもノート自体には見た感じ有益な情報は載っていなかったし、交渉材料として使うには弱いんじゃないか」
「そもそも交渉ってなにを目的にやるんですか?うちの生徒ってお金に興味ないじゃないですか。となれば噂話だったり、テストの過去問だったりがメインで交換されると思うんですけど、それってそんなに勤しむものなの」
常々、慧はこのことに疑問を抱いていた。明澄の生徒は異常なほどこの学校生活に重点を置いている。だからか、学校内で起きたことが表に出ることもないし、隔絶された箱の中でのあれやこれや思いもしない価値がつく。
実際に放送部が持っている権利もそういった価値観から創出された、いわば存在しないお宝であり、他校の生徒から見ればどうして放送ができることや、部室がある事に意味があるのか理解できないだろう。慧もやっとその大部分の恩恵を感じることができるようになった。
しかし、やっぱりまだ理解できない事も多い。
「まあ、なんだ。例えば明澄では生徒会とかが生徒の処遇について意見を述べることができるようになっているだろ。学生自治ってやつだ」
「ああ、あの実質全決定権が終結されている謎の会議ね。おかげでかずまくんが処分されずに済んだやつ。お偉いさんがそうしてくれって頼んでるんでしょ、おかげで処分の全般が学生依存」
「そう、捜査能力とかないから証拠なんて集まるわけもなく、実質役職持ちの奴らの意向でどうにでもできる。どれだけ心象良く情報が耳に入るかが肝心になる。だからこそ俺等みたいな白の意見とか取り入れて公平性と信憑性を高めようとしているわけだけれども、そこを操作できれば気に食わない奴だって退学まで追い込める。校内での罪を不問にだってできる。閉鎖空間でのあれやこれやが外に漏れたとしても、みな学内での安全を選ぶ。学校の看板を選ぶ。つまり、何をしてもいい事になる」
「それはあんまりでしょ。そのために揺する情報とか、直接的な贈賄してるってわけ?将来有望だね、これは」
「今回の件がそれに当たるのかは分からない。図書委員の小枝さん以外がどれだけあの業務に携わっているのか分からないし、できれば彼女以外から情報を集めたい」
「小枝さんも一枚かんでいると思っているの?」
「ああ。荷物の預かり業務自体が今年になってできたばかり。それに加えて先月から匿名化が可能になり、今回のノート事件に至る。もしかしたらあのノートの本来の持ち主が、誰かに渡すためにシステムの変更を強行したんじゃないか?」
「渡したい相手がいるけど、相手は名前を知られたくない。それ、なんか変ですね。プレゼントとかは基本誰かに渡したいから準備するものですよね」
「組織相手にだとすればどうだ。東風派に渡したいがそれが誰に渡ったかは知られたくない。もしも寮生であれば目をつけられてバラシの危険性が高まるし、念には念をで慎重にいきたいとなれば考えられなくもない線だろ」
「ああ、なるほど。流れが知られたくないってのもありますね。受け渡しはどうやってしているんですかね。だってそうするって事は動きを見られたくないからじゃないですか。なのに図書委員には相手が分かるなんて馬鹿馬鹿しい話しですよ」
「放送で呼びたいとかいっているから、名前が割れているときは教室に声をかけに行ったりしているんだろうな。ただ番号で管理するとなると、それ専用の置き場が存在するかもしれない。受け渡しの現場がその都度指定されているとか」
ノート自体ではなく、その現場に行くことが目的の可能性か。差出人と受取人が、直接連絡を取り合わなくても密会することができることがメリットならば、ノートの元の保有者は寮生の誰かであろう。通学生であるならばケータイを使えばいい。
そこまでして何がしたいのだろうか。
氷の上のアイスクリームが溶けはじめたのでストローで吸い上げる。まったりとしたバニラの味が逆立つ心に膜を張る。
なんだか、中学生時代もこんな面倒ごとが跋扈していたな。
慧は思い出したくもない過去の自分とグラス内の氷の上で再会を果たす。正論を持論の様に盾にして苛立っているが、それで正しいのだろうかと問いかけられる。朱に交われば赤くなる、自分だって染まりかけている。それを棚に上げている。
そもそも自分が正しいなんて言い切れないのに…
「慧、戻ってこい。今は俺が話しているんだ」
おお!目の前の昭穂が苦笑いを浮かべている。
私は少し、悪意に弱すぎる。
慧は同じように下手くそに口角を上げた。
「別件に移ろう」
気を遣わせてしまっただろうか。自分ばかりに目がいって、大事な友だちを忘れてしまうのもいい加減やめにしたい悪い癖だ。
慧はクリームソーダを啜る。氷の隙間に潜り込んだ全てを吸い上げて、甘い幸せな気持ちを補充する。
昭穂は執拗に外を確認している。まだあの二人を気にしているのだろうか。慧にとっては都合のいい口実だったので別にいいのだが、相変わらず用事がなければ落ち着かない昭穂の性分は生きていくのですら大変そうである。
「…なあ」
「うん?なに」
昭穂がゆっくりとテーブルの下から何か取り出す。ノート、参考書、それと過去問も。
「勉強しようぜ。一緒に」
なんだこの昭穂に似合わぬかわいさは。
クスリと笑う。我ながらあまりにも上品な微笑み。
「いいの?学年で下から数えた方が早いけど」
「そっちの方が教え甲斐がある」
「教えてくれるんだ。優しいね」
「ああ、変に茶化すな」
昭穂はとてもバツが悪そうな顔をしていた。シュガーポットの中を確認し、グラスを指ではじき、とりあえず落ち着かない様子が面白い。私が昭穂の誘いを拒絶するとでも思っているのだろうか。間接キスでは狼狽えないくせによく分からない。それにどういう風の吹き回しであろうか、本格的に学力の低下が心配されてしまっているのだろうか。
よく分からないからニマニマしてしまう。まさか最初っからこれが目的だったの?そう聞きたいがそれは意地悪すぎるので自粛する。
「お姉さん嬉しいからドリンクおごっちゃう」
慧は元気に手を挙げて、アイスコーヒーを二つ頼む。もう甘いものは十分だ。




