差し色
齋藤涙は不満だった。
「私は、あなたが告白するのを楽しみに待っている訳です。なのにあなたときたら一歩踏み出そうともしなですよね。これって契約違反じゃないんですか」
単語帳を読みながら昭穂はそれを聞き流していた。
「大体、なにをするべきか分かっているんですか」
「分からねえよ、好きでもない女の子を好きになるための方法なんて。それこそ雪山に遭難でもすれば恋に落ちれるかもしれねえな」
「とかいいながら、本当はそこそこに彼女のこと好きでしょ、恋愛感情かどうかはおいといて」
「当たり前だ。じゃないと友だちにならねえだろ」
むくれた涙は昭穂の机に腰を下ろした。最近の彼女は少し品の欠けた行動を多く見せる。それがきっと自分たちと関わっているからだろうと昭穂は申し訳ない気持ちになる。だが一方で高校生らしさは今の方が断然あり、初めて声をかけたあの日とは桁外れにとっつきやすい。
「なあ、お前がいると他の奴らの視線がこっちに向くんだよ」
「いいじゃない、放送部のよしみで話しに来ているんだから疚しい事なんて何もないでしょう」
「恋路についての話はもっと内密にしないか?これじゃあダダ漏れだ」
「私だってこんな酷いことはしたくないわよ。でもあなた、工でもしないと動かないじゃない。もう七月よ、夏休みまで一ヶ月ないのよ」
だからといって、人を好きになるためになにをするのかなんて知りやしない。それこそデートにでも誘うのが無難だろうが、慧とでは少しムードに欠ける。きっとただの楽しいくて疲弊する時間になる。
「相手の意外な一面がしれる機会ってなんだと思うよ」
そう、ギャップだ。それこそが彼女を好きにあるために必要な要素。とはいえ、ある程度彼女の性格の全貌は見えている。慧はちゃらんぽらんの割に奥の奥のそのまた奥の根は真面目だ。それは去年痛いほど知った。だから、もっと可愛いところが知りたい。調子のずれた、子どもらしさとかではなく、オシャレやふと見せる仕草や表情が琴線に触れれば、彼女を好きになれるかもしれない。
「うーん、難しいですね」
涙は天井を見上げる。
「例えば…」
そう言って、彼女は髪を一旦解く。そしてぐいっとまとめ首を横にかしげる。
「髪をむずぶ時の一点を見つめる表情とか私結構好きですよ。みんな凜とした表情になりますし、うなじと残り髪がキュートです」
それはお前の癖だろといってしまえば殺されるだろうか。
「そんな断片的なシーンじゃなくて、もっとマクロな部分で頼む」
「だったらやっぱり家庭的な一面じゃないですか。学校という環境と家では大きく役割が異なります。料理がおいしい、洗濯や掃除が早い、意外と母性が強いなどなど、魅力的な要素は目白押しです」
想像してみる。慧がいる日常。卵焼きを焼く。焦がす。洗濯をする。白のシャツが藍染めされる。掃除をする。酸性洗剤と塩基性洗剤を混ぜる、死ぬ。
どれもに失敗の絵がつく。そしてやっちまったと頭を掻いている姿も浮かぶ。
いや、だからこそのギャップ!
そうだ、ここで彼女が完璧に全てをこなせば、スタンディングオベーション間違い無しの感動ものだ。恋に落ちるのも不思議ではない。
「だが、それだとハードルが高いな。なんせあいつと生活をしなければならない」
「簡単ですよ、夏休みにうちのコテージに泊まりに来ればいいんです。高校生が4人で寝泊まりするのは健全ですし、昭穂くんが出来心で何かしでかそうものなら、かずまが打ちのめすと思うので安心です」
夏休みに泊まり込みで出かけるのは名案だが、すこし腰が重い。きっとあの日々を思い出してしまうから。
「今からできることはないのか」
「そんなこと言われましても。テストも近いことですし勉強会と偽って2人だけでお会いすればいいじゃないですか。リスニングの問題を片耳ずつイヤホンで聴くのも通なものですよ」
「そんな淋しいことしてんのか」
「近づくための口実ですよ」
文句しか言わないからか涙は机を指で打ち始めた。
「じゃあもう七不思議の探求でもすればいいじゃないんですか、浮世離れしたお話に身を投じるのも非現実的でいいものですよ。ちょうどそれらしいものが見つかりましたし」
昭穂は心当たりがあった。何でもその件があって以降、慧がダウジングを放送室ではじめるなどの異常行動が見られるようになったからだ。
「図書室の話か」
「うちは図書館ですけどね。まあ、ご存じなら話は早い。結構現実味を帯びているみたいですよ」
明澄のカラクリ通路
内容はこうだ。三十年ほど前、学内にいた政治家の息子が不毛な学生生活の三年間を捧げて作り上げた書庫への道だ。その頃の明澄は権威主義、権力主義の全盛期であり、筆舌に尽くしがたい所業の数々が横行していた。閉鎖的空間であったことも幸いしそれらの行いは公になることはなかった。しかし、その内容を記した書記、ならびに音声テープ、写真の数々がその書庫へと収められていることが卒業式に明らかとなった。これは伝説として老いぼれ教師が今も語り部となっている。
『卒業式の日、式典を終えて戻った教室に、書いてあったのだよ。犯行声明と、脅しの言葉が。ラビリンスに隠した爆弾を、後世に引き継ぐ。そう、ここを出た大人たちがなにかとここに顔を出すのはその不発弾を気にしているからかもな』
つまり、カラクリ通路ではなく、その隠し書庫にあるスキャンダルこそが宝なのだが、つい先日、学内にカラクリ通路が見つかったのである。
「その爆弾を隠した生徒って誰か分かるの」
「いや、誰かは特定されていない。噂では中退したとか、女子だったとか、起業家の息子だとか、設定が人によって変わるんだ。ただ言えることは誰の記憶にも残らないほど影の薄い人物ってことだ。そんな大がかりなことをしていたら普通は誰かにバレるだろ」
「へえ、でもいいわね。大人たちのスキャンダルが、まだここに眠っていて、それを見つけ出すことで今や日本のあちらこちらに散らばったお偉いさんたちの生殺与奪の権を握られるなんて」
そうだ。これは昭穂にとって非常に面白い話であった。上手くいけば慧との約束がスムーズに進む。
「俺も興味はあるが、いかんせん突き止めるまでに時間がかかる」
「じゃあそれを2人で探してください。時間がかかるならなおよし。存分に楽しんで」
そう言って彼女は鼻歌スキップに香水の残り香をばらまいて足早に教室を去って行った。尻切れトンボで終わった会話は宙ぶらりん。ただまあ、彼女のなかでは完結したようなのでどう文句を言っても聞く耳を持たないだろう。
涙はあの一件以降、かずまと過ごす時間が増えた。それは自然なことではあるが、ここまで露骨に慧を押しつけて来るだろうか。何か裏があると考えるのが普通だろう。しかしながら、昭穂は自分が約束を守っていないことも自覚していた。さっさと告白すれば終わるのに、それができない。それをしては自分が本当に嫌いになってしまうのだ。だからこうやって悩んでいる。できないことは約束するべきではないなと過去の行いを反省したりもする。
「まあ、今更悔やんでもか」
チャイムが鳴った。辻が席に戻ってきて、こちらに一瞥をくれる。そして一枚の紙をわざとらしく地面に落とした。
拾い上げるとご丁寧に昭穂の名前が書いてあった。
『昭穂
私が私を植えた場所
これが学校のどこだか分かるか?』




