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番外編1.ソルジールとケーキ(完結&ランキング記念)

このお話は、王都襲撃事件に駆けつけたソルジールが、帝国に無事帰り着いたところから始まります。

「おっかえり~~」


「……はあ」


 ソルジールは思わずため息をついた。というのも、久々の里帰りを終えて帝国大学寮の3階にある自室に戻ると、そこには見知った緑髪の青年が、我が物顔でソファーに陣取っていたからだ。


 里帰りはてんやわんやで、とある男爵令嬢が王宮を強襲するわ、最愛の妹と腹心の友が婚約するわの大騒ぎだった。やっと帰ってきたと思えば目の前のこれだ。当然ため息も出るだろう。


「なんでいるのかな? ジョシュア第七皇子殿下」


 そうソルジールが呼びかけると、目の前の青年は眉を顰め、ちっちと人差し指を左右に振った。わざとらしいぐらいに非難がましい顔を作っているが、目が笑っているのをソルジールは見逃さない。


「おほん、ソルジール・ルクレシア殿。外国人とはいえ由緒ある大貴族であろう君が、私のような皇族への敬称を間違えるとは嘆かわしいなあ? 私は『第五皇子』なのだが」


 不敬だ不敬だと手を叩いて喜んでいるジョシュアに、ソルジールは紙箱を押し付ける。


「ああ、また誰か亡くなったのかい? これお土産ね。我が家の女神ルナが大好きな期間限定ケーキですよ。そちらの護衛さんもどうぞ」


 ソルジールはおもむろに窓を開けると、向かいに見える大樹の枝に向かってひょいと包みを投げつけた。


 誰もいないように見えるそこからは、小さく「え、なんでバレた……」という声が漏れてきたような気がする。ただ、包みは確実にそこで消えて、枝木を通り抜けてポトリと落ちるようなことはなかった。


「そうなんだ。私の大切な兄上が、不運にも立て続けに事故にあってしまってね。そういえば、毎回偶然居合わせている第三皇子の兄上は、いつも奇跡的に生き残っているそうだよ。本当に運のいいことだ」


 あー悲しいと間抜けな調子でそう言ってくるものだから、ソルジールはあきれ果ててかぶりを振った。


「ジョシュア様だって同じくらい、散々命を狙われているのに呑気なことだよ」


 そう、ソルジールがジョシュアと出会ったのも、ちょうど彼が命を落とす寸前のところだった。



 ***



 帝国に留学して初めての休日に、ソルジールはぶらりと商店街まで足を延ばしていた。


 目指すはこの国でルナビアくらいの令嬢に人気だというブティックと、これまた流行だと言うパティスリーだ。


 何が欲しいと聞いても「別に。今ので十分よ」としか言わないルナビアに――そんな年頃の貴族令嬢らしくないところも大好きだ――、それなら兄が着せたいもの食べさせたいものをと、これまでも散々いろいろなものを買い与えてきた。


 ソルジールは物心ついたときから、神童鬼才と騒がれ、たいていのことは国で一番といった具合だった。それゆえ、メンツを潰されたくない大人たちからは腫れ物扱いされ、利用したい大人たちからは機嫌を取られることも多かった。


 そんな彼に、初めて屈託のない笑みを向けてくれたのはルナビアだった。


 今は亡き母親に促され、恐る恐る差し出した人差し指を、ルナビアがへにょりと笑って握ってきたあの瞬間は、一生忘れないだろう。砂糖菓子、それか綺麗にデコレーションされた可愛いケーキのような姿に、本気で天使が舞い降りたと思った。


 そんな愛しの妹は、クリストヴァルドとかいうポンコツ王太子と婚約させられている。ルナビアこそ婚約には興味がないようだけれど、確かクリストヴァルドの初恋はルナビアだったはずだ。相性はそこまで悪くないはずなんだけど。


 それにはまず、あの意地っ張りなクリストヴァルドが、ルナビアのことが好きだと素直に認められなければねえ。


 親友のウイリアムがずっと妹のことを想っているのは知っている。それを思うと切なくなるが、さすがのルクレシア公爵家とて王命を覆せるほどの権力はないのだ。


 ――今のところは。


 ソルジールはそっと拳を握る。


 ――きっと帝国で才能を磨き、次期当主として華々しく凱旋するのだ。王家さえも指図できない立場を得よう。そうして最愛の妹を自由にしてやろう。


 ――もしもルナビアが自由になれたならば、あの馬鹿みたいに実直で優しいウイリアムとかいう男に、悔しいけれども喜んで妹を任せよう。


 ソルジールはそんなことを考えながら、ルナビアに似合いそうなドレスや喜びそうな菓子を買いあさった。


 爽やかな微笑みで物腰も柔らかく、入る店ではことごとく「この棚のここからここまでをインフィオラーレ王国のルクレシア公爵邸へ」「期間限定スイーツを全部ください」と言い続けるものだから、密かに「爆買いサラサラ銀髪王子」というあだ名がついていたことには気が付いていない。


 ひと通りの買い物が終わると、足の速いクリームたっぷりケーキだけは自分で転移魔法を使って屋敷に直接送ろうと、ソルジールは大きな箱を小脇に抱えてトコトコと歩いていく。


 馬車はメインストリートの喧騒から少し離れた場所に待たせている。ちょうどそちらにつながる路地に差し掛かったところで、後ろからバタバタと必死で走る音が聞こえた。


「ちょおおおおっとごめんねええええ!!!!」


 振り向いてみると、緑の髪の青年が血相を変えて走ってくる。何故か背中にはぐったりとしたおじさんを背負っていて、息も絶え絶えだ。


 緑の青年は、ちょうど路地を塞ぐ格好で立ち止まってしまっていたソルジールの両肩をひょいと掴むと、くるりと回してできた隙間をぬって駆け去ろうとするが……。


 ……後ろから追いかけてきた黒いローブの男に首根っこを掴まれてぐるんと倒されてしまう。


 つまり肩を掴まれていたソルジールも巻き添えだ。ケーキの箱も宙に放り出されてしまう。


 カチャンッ


 金属が擦れ合う音に飛び起きてみると、ローブの男のナイフが緑の青年の短剣を弾き飛ばし、今にも青年の胸に突き立てられようとしている。青年は必死で男の腕を掴み、ナイフを胸から逸らそうとしていた。ソルジールは目の前で繰り広げられる光景に瞬きして、それから足元に目を向けた。


「……ケーキ」


「巻き込んで済まない!! 逃げてくれ!!」


「見たからにはお前も……」


 ソルジールがゆっくりと顔を上げる。爽やかな笑顔を浮かべたまま、しかし氷のように冷えた声でもう一度「ルナのケーキ……」と凄む。


 その異様な光景に、青年と男はその場に釘付けになる。いや、実際に全身が急速に冷え切って、手足がどうにもこうにも動かないのだ。


「「え、なんだこれは」」


「……天使に捧げる大切なケーキが台無しだよね?」


 ふたりがそう困惑するのと同時に、ソルジールはキラキラした笑顔のまま、顔の前で虫を払うように気軽にぱしりと手を振った。


 ズドオオオオオオオオオオオンンン


「「「……」」」


 轟音が鳴り響いたあとは、一転して静寂が訪れた。ソルジール以外の3人誰もが口をつぐんでいるからだ。


 ひとりは目の前で楽々と繰り出された魔術火砲の大技――ちなみに帝国の帝国魔法研究所でも、狭い道で人ひとりだけを的確に排除できる者は少ない――に唖然としている。


 もうひとりは、先ほど青年が転んだ拍子にその辺に投げ出されたおじさんで、苦しそうに呻くことしかできない。


 そして最後は黒いローブの男。さっきまで随分と威勢が良かった彼は、数十メートル先まで吹き飛ばされて壁にめり込んでいる。残念ながらしばらく話すことはできないだろう。


 数秒たってから、怒り心頭といった声が響き渡った。


「ねえ、ケーキが潰れたんですが? 何あいつ? ルクレシア公爵家への無礼で外交問題にしてやろうかな。ルナの口に入るはずだった神聖なケーキだぞ!!」


「あ、あの、ルクレシア殿。危ないところを助けてくれた……のか? いや、これから殺されるのかな。その、ケーキはすぐに弁償しよう」


「当然だろ。お前も消すぞ」


「あ、スミマセン。本当にごめんなさい」


 青筋を浮かべたソルジールに恐れをなして、惜しげもなくペコペコと頭を下げる青年。よくよく聞いてみれば帝国のジョシュア第九皇子だというではないか。理由は皆目わからないが、先ほどから妙にびくびくしているし、外出先で暗殺者に襲われ逃げまどっていたというのだから呆れてしまう。


「なんで殺されそうになっていたわけ? 護衛はどこ? ていうかそのおじさん誰?」


「いやあ、これが護衛なんだけど、最初にやられちゃったんだよねえ」


 屈託のない笑顔で笑うジョシュアに思わず目を回してしまう。


「だからって殿下がずっと背負って運んであげたの? ていうか、魔法で何とかしたらいいのに……」


「うちの陣営、皆魔法が苦手でさあ。そうだ、ルクレシア殿。是非私の家庭教師をやってくれたまえ。前の家庭教師はうっかりしていて兄上に殺されてしまってね。君のような国賓級の留学生なら、兄上も簡単には手を出せまい」


 ジョシュアはそれいいねと勝手に盛り上がりながら、壁から黒いローブの男を引っ張り出して――随分と深くめり込んでいたのでとても苦労していた――縛り上げている。


「それ、僕にメリットはあるの?」


「ルクレシア殿のメリット……。ルクレシア……月の女神か」


 正直ないだろう。そう思って断ろうとした瞬間、先ほどまでのらりくらりと呑気だったジョシュアの目が鋭くキラリと光った気がした。


「どうだろうか、帝国が後ろ盾になると言えば、妹君の立場が強くなると思うのだが。例えばそうだな……、王太子殿下との婚約を変えさせることだってできるかもしれない」


 ソルジールは思わず言葉に詰まって、先ほど自分の力が及ばず一瞬でぐちゃぐちゃになってしまった可愛いケーキを見下ろした。



 ***



(適当なのか、策士なのか。わからないのが面白くもあるね)


 そんなことを思い出しながら、ソルジールは目の前の皇子に文句を言う。


「ジョシュア様だって同じくらい、散々命を狙われているのに呑気なことだよ。やだなー、この国。不安だなあ?」


「まあ、私には最強の友がいるからね」


 ジョシュアはそう言うと、先ほど渡したケーキに迷いなくかぶりついた。


「『大切な兄上』がいなくなってご機嫌だねえ。この国、大丈夫かなあ? ああ、政争には巻き込まれたくないなあ」


 僕は外国人だから関係ないかとうそぶくと、ジョシュアはにやりと笑って封書を放ってよこす。


「でもさあ。ソルだって、書簡を見て血相を変えて出て行った割には、随分とご機嫌じゃあないか。あ、それは特別研究員証ね。帝国魔法研究所への出入りが自由になるし、今ならもれなく研究員用の屋敷が一軒ついてくる!」


 いえーいと、皇族から出たとは思えない能天気な声までおまけでついてきた。


 ソルジールが封筒を開けてみると、中には3枚の研究員証が入っていて、それぞれにルクレシア公爵家のソルジール、エドモンド、ルナビアの名前が刻まれていた。


 ご丁寧に、いかなる事情があっても安全を保証するという皇帝陛下の勅命入りだ。


「いやあ、妹君の元婚約者って王族だろう? うっかり殺しちゃったら亡命せざるを得ないかなあって、準備してあげたんだよお」


 その様子じゃ必要ないみたいだけどとジョシュアは不敵に笑う。


「あー、そういう感じ? さすがに殺しはしないよ、たぶん」


(いや、ちょっとだけあの男爵令嬢ごとクリスのことも消そうかと思ったけど)

 

 でも、もう良いのだ。ルナビアとクリストヴァルドは和解しているようだし、何よりあの幸せそうなふたり――誰よりも大切な妹と親友――を見ていると、そんな思いは頭からすっかりなくなってしまった。


 ソルジールがサラサラと流れる銀髪を優美に輝かせながら、屈託のない表情で微笑むと「笑顔が怖い」と心外な言葉が返ってくる。うるさいぞ。


「それにしても、よく皇帝陛下からのこんな書状を手に入れたね」


「まあ適当にねえ?」


 へらへらと笑いながら、乙女のような仕草でわざとらしく小首を傾げて見せる第五皇子の目は、あの日見た鋭い光を宿している。


「さあ、私にも何があったか教えておくれよ。馬鹿な男爵令嬢が修道院から逃げ出して王都を襲ったんだろう? 話によると、なかなかのご活躍じゃあないか」


 わくわくと目を輝かせるジョシュアの向かいに座る前に、ソルジールはパチンと指を鳴らす。それから窓をもう一度開けて、先ほどの木に向かって呼びかけた。


「護衛さーん。裏口のアレ、片付けておいてくださいね」


 その後しばらくして、わいわいと歓談するソルジールとジョシュアのもとに、第三皇子からの刺客が裏口で倒れていたとの報告が入る。その刺客には「急所だけを見事に外して」氷のナイフが複数撃ち込まれていた。

完結に際してたくさんの応援をいただいて嬉しくなって、記念に番外編を書きました。

今後も機会があれば番外編を書こうと思います。リクエスト歓迎ですので、どこかしらにご連絡ください!


ソルジールくんの活躍回を書こうと思ったのですが、どんどん暴走してこんな感じになりました。お許しください……。

あのソルジールが大人しく留学しているはずがない!というお話でした。


21/6/30追記 思ったより護衛おじさんへの注目度が高くて驚いています。感想で熱意をぶつけていただければ何か書くかもしれません。

感想返しでも書きましたが、お給料が高くて良い職ですよ、死にかけるけれど。

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― 新着の感想 ―
[一言] ソルとジョシュア殿下の会話が楽しくて、ふふふってなりながら読みました笑 出会ったきっかけのシーンが映画みたいで、とても好きです。 ソルの規格外っぷりとジョシュア殿下の鋭さを隠してる感じが …
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