第344話 冒険者ギルド
前回のあらすじ)ハーゼス王国のお金が使えず、ゼノス達は当面の生活費を稼ぐために冒険者ギルドに向かうことにした
「はぁ、やっとついたな」
最初の街についたのは、入国管理局を出て、一時間近く経った頃だった。
国の玄関口となる街らしく、ここまでは一応尾馬車で来れたが、道はそれなりに荒れており、尻がずきずきと痛む。
「ゼノスは来たことあるんだよね?」
リリが大きく伸びをしながら尋ねてきた。
「パーティにいた時にちょっと立ち寄っただけだけどな」
「結構な山奥じゃぞ。ちょっと立ち寄る場所ではなかろう?」
カーミラの疑問に、ゼノスは溜め息をつきながら答える。
「当時パーティリーダーだったアストンが熱を入れあげていた酒場の女の子がいたんだよ。何度か告白しては玉砕してたんだが、その子が酒場を辞めて実家に帰るってなって」
「まさかその実家がこの街じゃったのか?」
「ああ、アストンはそう聞かされて、わざわざ会いに行くことにしたんだ」
「うわぁ、気持ち悪いおじさん」
リリはアストンには遠慮がない。
「ただ、それはその子の嘘で、ここに実家なんかなかったっていう……」
「気持ち悪いおじさん、可哀想……」
「くくく……どうせ会いに来ると思って適当な嘘を言った訳か。正しい防衛手段じゃの」
「付き合わされた身にもなって欲しかったがな……」
ゼノスは嘆息して辺りを見回した。
「で、その時の記憶が正しければ、確か小さな冒険者ギルドがあった気がするんだよな」
山の中腹にある平地を切り拓いた町で、中央通りが真っ直ぐ伸びており、その先には噴水が設置された広場がある。
道の両脇には民家の他に雑貨屋や食事処、それに宿屋と思しき建物がぽつぽつと並んでいる。
往来を行き交う人の数は多くはないが、全くいないという訳でもない。ハーゼス王国では辺境の田舎町といった様相だが、この国では賑わっているほうだと思われる。
標高があるため、見晴らしはよく、気分は悪くない。
「お、ここだな」
目的の冒険者ギルドは中央広場にあった。
周囲の民家より一回り大きいが、外壁は煤けており、それなりの年季を感じさせる。
扉の前で立ち止まっていると、リリが訝しげに見上げてきた。
「どうしたの、ゼノス?」
「いや……俺なんかが冒険者ギルドに立ち寄っていいのかなって」
「卑屈っ⁉」
カーミラが杖から突っ込んでくる。
「今は正式な冒険者カードを持っておるんじゃ、堂々と入らんかっ」
「あ、ああ、そうだな」
「わらわ達はある意味文無しなんじゃぞ。今宵の飯代を稼がねば、末代まで呪うぞよ」
「そもそもアンデッドは食べる必要ないだろ……?」
なんだかんだ背中を押してくれてるのかもしれない。
そのまま中に入ると、少し薄暗い空間が広がっていた。
冒険者らしき者たちが数名おり、受付には顔色の悪い男がぼうっと立っている。
「クエストはあるか?」
目の下に隈のある受付に冒険者カードを見せて尋ねると、おもむろに壁を指さされた。
「あそこに依頼状があります。選んでください」
確かに奥の壁に案件がぺたぺたと貼られている。
そちらに足を向けると、冒険者たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「黒づくめの男に、エルフの幼女?」
「変わったパーティだな」
だからと言って特に絡んでくる様子はないので、気にせず壁際に立って、案件を吟味する。
だが――
「う~ん……」
ゼノスは腕を組んで唸った。
薪割り。
水汲み。
引っ越し作業。
なんというか、どれも雑用の延長のような案件ばかりだ。
というか、完全に雑用だ。
当然、報酬も雀の涙程度である。
「そもそもこれは冒険者の仕事なのか……?」
「ゼノス、草刈りはちょっとだけ値段が高いよ」
リリが壁の右上を指さす。
「草刈り……ギール草の密集地か。うーん……」
「駄目なの? 冒険者っぽくない?」
「いや、駄目という訳じゃないんだが……」
「あっ、あれは?」
次にリリが指さした先にあったのは、洞窟で鉱石を採取するという案件だ。
「おお、あれはいいな」
報酬も他に比べて数十倍はある。
早速受付の男に、この仕事を引き受けたい旨を伝えたが、首を横に振られた。
「ホワイトランクは対象外ですよ」
「え? あぁ、そうか」
よく見ると、依頼状の下部にブロンズランク以上という記載がある。
冒険者のランクによって受けられる依頼に違いがあることを忘れていた。
しかもそういえばランクの見直しは年間の実績に応じて行われるため、当面はホワイトランク向けの依頼しか受けることはできない。
「うーん、困ったな。どうするか……」
依頼の数自体もそれほど多くないので、ホワイトランクができる依頼を全てこなしても滞在中の宿代すら怪しい。
前途洋々とやってきたのに、いきなり貧乏旅行が確定しそうになっている。
「ゼノス、大丈夫だよ。リリは野宿でも全然楽しく過ごせるから」
「まあ、そうなんだけど……」
貧民街出身者にとっては、別に野宿は珍しくない。
「ただ、その言葉に甘えるのは、保護者として駄目な気がするな……」
「それなら治療で稼げばどうじゃ? 治療院に就職じゃ」
「カーミラ、俺が無免許だと知ってるか?」
大陸においては、王立治療院も加入している大陸治癒師協会という団体が治癒師を管理しているため、大陸で治療院をやるにはいずれにせよ治癒師の免許が必要だ。
王女アルティミシアに頼めば、正規免許を獲得するためのルートは用意してくれそうだったが、一応今のルールだと数年間養成所に通わなければいけないようなので、そんな時間は費やせないし、そもそも正規治癒師になると色んなルールに縛られるので、あまり気が進まない。
「それにこの街には治療院自体が見当たらないしな」
前に来た時は広場にあった気がするが、今はそれらしき建物はない。
結構賑わっていた治療院だった印象があるが、もう営業していないようだ。
運営者が引退したのだろうか。
「ふぅむ……」
「仕方ない。こつこつ冒険者の依頼をこなすしかないか」
「おい、お前らホワイトランクか? 新人はちゃんと先輩に挨拶しろよ」
諦めて呟くと、奥の椅子に座っていた人物が、にやりと笑って立ち上がった。
口調からは柄の悪い兄ちゃんを連想したが、見ると女性のようだ。
無造作に伸びた褐色の髪を後ろで強引に一つに束ね、口元には八重歯が覗いている。
革の鎧をまとい、腰には剣をぶら下げていた。
よく日焼けした肌には戦いの傷痕が残されており、戦士といった出で立ちだ。
「ええと、あんたは?」
「おいおい、まじかよ? オレを知らねえのか? これだから新人は」
「オレ……有名な冒険者なのか?」
「オレはガーネット・タッカー。この国の英雄になる冒険者だ」
「へぇ、すごいな。どのランクなんだ?」
尋ねると、ガーネットと名乗った女は、得意げに胸を張って言った。
「聞いて驚け。なんとオレはブロンズランクの冒険者様だぞ!」
「……」
茫然としていると、ガーネットは腰に手を当て、高笑いを始めた。
「なんだ、びびって声も出せねえか。それはそうかもな、ルーキーからすれば雲の上の存在だ。あーはっはっは!」
「あ、いや……」
冒険者はホワイトランクから始まり、最高位は伝説と言われるブラックランクである。
ブロンズランクは中堅どころのランクだが、王都では何も珍しくもない。
それでこの威張りようとは、どうやらこの街の冒険者はかなり人材不足らしい。冒険者ギルドも小さいし、依頼内容を見ても、国家自体が積極的に冒険者育成に取り組んでいないもかもしれない。外国人の流入が少ないのも一つの理由だろう。
さりげなく距離を取ろうとしたところ、ガーネットは胸を張ったまま言った。
「お前ら。このブロンズランクの依頼、オレが連れて行ってやろうか?」
「え、まじか?」
ブロンズランク以上が必要な鉱物採取のクエスト。
確かパーティの一人が条件を満たせばよかったはずだ。当面の旅賃を稼ぐ上でも、それができるなら有難い。
「それは助かる」
笑顔で言うと、ガーネットは「ただし――」と指を立てた。
「お前が使える奴だと証明してからだ」
「……証明?」
「ああ。ホワイトランク向けの依頼、三つこなしてみせろ。ただし一日でな。だったら認めてやる」
にやにやと笑みを浮かべるガーネット。
周囲の冒険者たちが憐みの眼をこちらに向けてくる。
「またガーネットさんが新人に絡んでんぞ」
「無茶ぶりされて可哀想にな」
そんな声をよそに、ゼノスは明るい声で言った。
「え、たった三つでいいのか?」
「は?」
ゼノスはリリの頭にぽんと手を乗せ、笑って頷いた。
「わかった。やってくる」




